負けられないー2


  三人の快勝を見て喜んだのも束の間、デジタルフロンティアの最終確認とトーナメントの抽選をするべく集合がかかっているので観戦会場を後にする。

 本島に戻ると、スタジアムに向かう途中の交差点でキョロキョロと辺りを見回す少年を見つける。

「道に迷われたんですか?」

「あ、はい」

  彼の隣に立つと身長の高さがよく分かる。

 見上げなくては彼の顔を見られない、空閑先輩くらいはありそうだな。

 清潔感のある神聖な制服はルイフォーリアム学院の生徒だ。

 でも彼は穏やかでふんわりとした雰囲気で戦いを好まなさそうな人に見えた。

「アルフィード広いですよね、私も時々迷います。どちらへ向かわれるんですか?」

「えっと、デジタルフロンティアを行う会場に行きたいのですが…」

  申し訳なさそうに眉を下げる彼は人の良さが滲み出ていた。

 私はそこでようやく思い出す。彼は先日ルイフォーリアムの人達が見学の際に試合していた人だ。

 その時の彼はもっと勇ましく鋭い目つきをしていた気がしたけれど…試合中と別人みたい。

「ちょうど私もスタジアムに向かってるところでした。よろしければ一緒に行きませんか?」

「助かります」

 

  そうして二人で歩き始めたのはいいのだけど、彼はずっと私を心配そうに眺めてくる。正直気まずい。

 私の身なりが可笑しいの?それとも信用されてない?道は間違えてないけどな…。

「…私、何か変ですか?」

「い、いえ!その随分小柄だなーと…あなたも戦われるのですよね?」

  耐えきれず質問すれば彼は小動物みたいにびくっと肩を震わせてから申し訳なさそうにこちらを見る。

 たしかに長身の彼から見れば私は小さく見えるかも知れないけれど私の身長は女性の平均である。

 決して小さくはないと思うけど。

「はい」

「その…アルセアはあなたのような可憐な方まで戦う必要があるのですか?」

「必要、ですか?えっと…それは分からないですけど…私、試合は好きですよ」

 弱そうだと言われたことは何度かあるけれど、まさか必要性を問われるとは思わなかった。

「ルイフォーリアムでは女性や子供は守るべき存在です。戦うのは男の務め」

「でもそちらのリーダーは女性ですよね…?」

「クラウディアさんは特別です。聖騎士団にも女性は数えられる人数しか在籍していません。普通の女性は決して先陣に出ません」

  なるほど、そういう国の文化があるんだ。アルセアは性別や年齢よりも能力を重視する。

 軍人に女性は多くはないけれど、戦闘に限らず様々な分野で活躍する人材が国防軍には所属しているので決して珍しくはない。

 私にはいまいち分からないけれど、彼にとって女性である私は到底戦士にはなりえないと言いたいのか。

「そうですか…。でも私は守られるより一緒に戦って力になりたいです。それじゃ駄目ですか?」

  すると彼は固まってしまった。まずい、否定するのは良くなかったかな。

 ルイフォーリアムではそれが当たり前なんだもの、それを嫌だと言われるのは気分が良くないよね。

 どうしよう、今度は私の視線がキョロキョロと泳いでしまう。


「ごめんなさい、気を悪くさせてしまって」

「いえ、素敵な考え方ですね」

 慌てて謝ると彼はにこりと笑って怒りも咎めることもしなかった。

「そんな…出しゃばった言い方をしてしまって…本当ごめんなさい」

「こちらこそ、あなたを困らせてしまいましたね。申し訳ないです。…きっとそれが天沢さんの強さの秘訣かもしれませんね」

「あれ、私の名前言いましたっけ?」

「すみません、挨拶がまだでしたね。僕はルイフォーリアム学院1年のリヒトと言います。あなたと同じでデジタルフロンティアのトーナメント出場者です」

  事前にもらった資料に他校の代表選手のデータはあって見ているはずなのに。

 知っていて当然の情報。どうにも人の名前を覚えるのが苦手だ。

「そ、そうなんですね…私のほうこそ遅れてすみません。1年の天沢千沙です、宜しく願いします」

「気になさらないでください。天沢さんは優しいですね」

  なんだかリヒト君と居るとお互いに謝ってばかりだ。

 謙虚で優しい人。それこそ彼のほうが戦いとは無縁に見える。

 そんな彼でも守りたいものがあるのかもしれない。



  スタジアムに着くと既に各校の代表選手が勢揃いしていた。

 時間には遅れていないけど、仲間同士で話し込んだり他校の様子を窺ったりと少し緊張感のある空気だ。

「千沙だ!千沙ー!」

  こっそり自分の学園の人達に混ざろうとしたが元気な声に阻まれ周囲の注目の的になってしまう。

 飛び跳ねながらやってきたシエンちゃんは私の目の前で綺麗に着地を決めた。     

「抽選、千沙と戦えるように頑張るな!」

「抽選は運だから…どうだろう」

「なんで?千沙も頑張って!気合入れて!」

  試合の対戦相手が誰になるかはランダム。抽選は自分のトーナメントの始まる場所を決める為の物だ。

 番号が書かれたボールを各自が引いて決まっていく、くじ引きの要領だ。

 思い通りに狙える物ではないけれど、きっと根性や気持ちでどうにかしようとシエンちゃんは言っているのだろう。

「お前大きいな!強いのか!?」

 隣に立つリヒト君を見てシエンちゃんは新しいおもちゃを見つけたみたいに瞳を輝かせていた。

「さあどうですかね」

「ケンソンはよくないぞ。ここに居る奴はみーんな強いってリュイシン言ってたからな。あー全員と戦いたいなー!」

  相当試合が好きなのか、腕に自信があるのか。

 シエンちゃんは居ても立っても居られないといった感じだ。


「道を塞ぐな、邪魔だ」

 すると出入り口で止まっていた私達の後ろに苛立った様子のタルジュ君が居た。

「ごめんなさい」

「すみません」

「お前態度悪いな!べつに横からも通れただろ!」

  素直に退こうと私とリヒト君は横にずれたのだけど、シエンちゃんは気に食わなかったようでそのままタルジュ君の前に立ちはだかった。

「通路のど真ん中で喋ってる奴のほうがよっぽど悪い」

「礼儀がなってない!私より大きいくせにこいつガキだ」

「誰がガキだ、クソチビ!」

「私はこれから大きくなる!馬鹿にするな!私のほうがお前よりよっぽど大人だ!」

「その減らず口、今ここで使い物にならなくしてやろーか」   

「やれるもんならやってみろ!」

  まずい、頭に血が上ってる二人は今にも手を上げそうだ。

 代表選手が集まっている場所で喧嘩なんて今後の全体の空気が悪くなりかねない。

「駄目だよシエンちゃん!」「喧嘩は止めましょう!」 

「うるさい!」「うるせえ!」

 私はシエンちゃんを、リヒト君はタルジュ君を宥めに入るが二人は聞く耳を持ってくれない。 


 二人は相手を殴りかかるべく踏み込んだ、その時だった。

 シエンちゃんは膝裏に手刀が入り地べたに座り込み、タルジュ君は眼前に飛んできた短剣を寸前で避けた。

 短剣は壁に深く刺さっていて、その威力を物語っていた。

「あぶねえな!チームメイトを殺す気かよ!」

 タルジュ君は短剣を投げた主に向かって怒鳴った。

「チームだと思うならチームと周囲の迷惑も考えなよ、タルジュ」

  バルドザック国には珍しい白く透き通った肌をした彼はバルドラ学園リーダーのマリクさんだ。

 マリクさんは私達の間を通り壁に刺さった短剣を引き抜くとホルダーにしまい、にこりと笑って見せたが少し怒っているのが私でも分かった。

 それはタルジュ君が一番理解したのか、それ以上喧嘩を続けるのは止めてくれた。

「いけませんね、シエン」

「リュイシン、だってアイツが…!」

「シエン。約束しましたよね、他所に迷惑はかけないと。どうしますか?もう祖国に帰りますか?」

  こちらはまるで先生と生徒だ。叱りつけられたシエンちゃんはすっかり落ち込んでいる。

 リーフェン学園のリーダー、リュイシンさんは怒鳴りつけるわけではなく、あくまで落ち着いた口調でシエンちゃんを言い聞かせていた。

「ごめんなさい」

「謝る相手が違うでしょう?」

 素直にリュイシンさんに謝るシエンちゃんだったけど、リュイシンさんはすかさずタルジュ君に視線を向けた。

「……悪かった」

  渋々謝ったシエンちゃんだったが、対するタルジュ君はそっぽを向いた。

 シエンちゃんはその態度がまた癪に障ったみたいで怒りで震えているのをリュイシンさんが肩を叩いて宥めていた。

「タルジュ、それじゃあお前のほうがよっぽどガキだぞ」

「けっ、そんな簡単に謝るなら喧嘩なんかしねーっての」

 タルジュ君は収まらない苛立ちを隠すことなく奥へと進んで行ってしまう。

 そんな姿にため息をひとつついたマリクさんは向き直って何故か私の所までやって来た。

「すまないね、どうも気性の激しい奴で。怪我はしていないかい?」

「私は全然」

「ならよかった。せっかくの綺麗な肌に傷でもついたら大変だ」

「はあ…」

「写真で見るよりもずっと可愛らしい子だ。よかったら今晩一緒に食事でもどうだろう…痛っ!」

 いつの間にか現れた男の人がマリクさんの耳を引っ張っていた。

「おやおや、アラムも一緒に夕飯が食べたかったかい?」

「違う。そのくらいにして戻れ。今度はアサドとタルジュが喧嘩を始めた」

「それは困った。うちが問題校みたいになってしまうね。名残惜しいけどまた会おう」

「は、はい…」

  爽やかに手を振るマリクさん、掴みどころが分からないマイペースな人だ。

 少なくてもアルフィードでは見かけないタイプだ。

「さあ、私達も戻りますよ」

「分かった。千沙、またね!」

「うん、またね」

  元気いっぱいに手を大きく振るシエンちゃん。丁寧にお辞儀をするリュイシンさん。

 あの人がシエンちゃんやフェイ君を上手くコントロールしているのがよく分かった。

「僕も行きますね。案内ありがとうございました」

「いえいえ」

「天沢さんとはまたお話したいです」

  リヒト君は終始落ち着いていて同じ1年生として羨ましかった。

 ルイフォーリアム学院の教えがそうさせるのかな。

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