負けられないー1


  天候にも恵まれ青空の下、第九回四ヵ国学園対抗体育祭の開会式は華やかに行われた。

 離れ小島の式典会場で代表選手の入場パレード、各校のリーダー選手達による選手宣誓、代表選手を除いたメンバーで行われるW3Aによる飛行演舞で入学式以上の盛り上がりになった。

  続けて周囲の二会場でW3A飛行演舞の課題演舞の競技と旗取り合戦1年生の部の試合がそれぞれ行われる。

 試合に出場しない通常の生徒は自校を応援するべくどちらかを観戦しに行く形になる。

 飛行演舞は直に観戦可能だけれど、旗取り合戦においては性質上、直には見られないので隣接の小島の会場で多くのモニターで様々な視点を観る形になる。


  私は皆と一緒に古屋君達を応援する為に旗取り合戦の観戦会場に来ていた。

 代表選手として入場パレードに参列していたので皆のいる客席に遅れて合流すると疲れてぐったりとしている愛美ちゃんを真っ先に見つける。

  開会式が始まる前の更衣室で代表選手全員の服装の微調整を最後まで行っていた愛美ちゃん。

 代表選手の基本正装から試合の衣装までデザインを一人で行い、製作も携わっていたみたいで全て完成したのは昨日の深夜。

 完成するまではほとんど休んでいなかったらしく、完成後は眠り込んでいたそうだ。

「愛美ちゃん、大丈夫…?」

「平気だよー、緊張が一気に抜けちゃってさ。…えへへ、やっぱり着てもらえるのは嬉しいね」

 愛美ちゃんはしみじみと私の服を見て笑みを浮かべた。

「本当に素敵な衣装です。千沙さんによくお似合いですよ」

「ありがとう、麻子さん」

  体育祭中は代表選手はこの正装を着用しなくてはいけない。

 一目で代表と分かってしまうので少し気恥ずかしい一面もあるが、花宮先輩に堂々としなさいと怒られたので胸を張っていようと心がける。

  私はデジタルフロンティアのランク戦以外の日常生活でしていた眼鏡と三つ編みの変装を代表選手に選ばれたのを機に止めた。

 自分が思っている以上に生徒間で名が知れ渡ってしまったし、姿を偽ろうとするのは逃げになる。

 弱さとの決別も込めた。

 最初はクラスの人に驚かれたけど、デジタルフロンティアが好きな人は私の変装なんてとっくに気づいていたみたいで「眼鏡止めたんだ」くらいの軽い反応に留まった。

 実は眼鏡を外すと性格が変わるんじゃないかと変な噂まで出回っていたそうだ。

 私自身は落ち着かなかったけれど、一日もすれば周囲は慣れてしまい私も数日で変装しないことに馴染んだ。今も普段は教室の隅で静かに過ごせている。


『さあさあお集りの皆さん、お待たせ致しました!未来の実力者が集うルーキー達の戦い、旗取り合戦1年生の部が始まりますよー!!』

  実況の一際大きな声が会場を突き抜けると歓声が湧き上がる。

 耳を突き裂くような大きな歓声は初めて聞いた。

 単純に観客の人数が多いのもあるけど皆の期待値が高いせいもあるだろう。

  旗取り合戦は総当たり戦で勝ち星の多い二校で決勝を争い、残りの二校で3位決定戦を行う。

 初日の今日はその二校ずつを決める総当たり戦の試合が行われる。

  試合自体に制限時間はないものの、勝ち星が同数になった場合勝った試合の終了時間の合計が短いチームが優位になるのでなるべく短期決戦で終わらせたいところだ。

 試合マップも代表選手決定戦の時とは比べ物にならない位に入り組んだ場所になっている、体育祭の為だけに作られた特製の建築物だ。

  初戦のチームが各々自陣の旗の元にやって来た。

 古屋君達も愛美ちゃんが旗取り合戦用にデザインした揃いの衣装を着て現れた。

 いよいよ始まる、三人とも頑張れ!



      * 



  作戦通り試合開始の合図と同時に飛山君と鷹取君の二人は駆け出して行き、僕は一人で旗を守る。

 とうとう本番ということもあり、いつも以上に身体が強張っているのが分かる。

 こんな大舞台人生で初めてだ。練習もしたとはいえ、やはり緊張する。

「頑張らなきゃ…!」

『声震えてるよ、大丈夫ー?』

「あ、うん、大丈夫…!」

『任されてるんだからしっかりー』

  僕らのチームのオペレーターを務めてくれるのは僕と寮が同室である国防科の笠原かさはらさとし君だ。

 のんびりした口調で緊張がまるで感じられなくて羨ましい。

 マイペースな彼だが視野が広く、頭の回転も状況判断も早く優れている。

 だからこそ本来はメカニックを得意とする彼にオペレーターを頼んだのだ。

『一発蹴りでもいれときゃよかったか?』

  会話は全てチーム内の通信で繋がっている。

 笑いが含まれていると分かっていても鷹取君の言葉がズキリと胸にくる。

 話すくらいどうして気楽にできないかな、自分の余裕のなさに泣けてきそうだ。

「勘弁してよー」

『冗談だって。心配しなくても隼人が全員ぶっ飛ばしてくるって』

『全員相手にしてくれればそうするけど、そうもいかないだろ。油断するなよ』

『イケメーン!頼もしい!集中攻撃されれば一人で全員やっつけるってよ!よかったな勇太!』

「あはは…さすが飛山君かっこいいー」

『茶化すならしっかりしろ』

「はい、すみません」

 

  最初はこんなやりとりをしていたものの、やがて笠原君はナビで二人を導き、鷹取君は狙撃位置に着き、飛山君は相手を発見したようで誰も無駄口を開かなくなる。

 まだどこも戦闘に発展していないようで酷く静かだ。

  今回は廃墟をイメージしたマップでその雰囲気もあいまって静けさが不気味である。

 数あるビルの一室に僕らの旗は配置され、たった一つの出入り口を前にして旗を背に僕は立っている。

 背後には窓があるけど隣のビルまで3m程距離がある。狙撃の恐れはあるが旗を取られることはないだろう。

 周囲に気を張ってみるがまだ人の気配はなさそうだ。

 それでも実は相手が近くまで来ているんじゃないかと不安になったりする。

  やがて銃声が一発聞こえた。

 ここからでは戦況は窺えないが、とうとう戦闘が始まったようだ。心の中で二人を応援する。

 誰かのマイク越しから相手チームの気合の乗った声や悔しがっている声が聞こえる。

 相手の声を拾う程近距離ということはきっと飛山君が応戦しているのだろう。剣を交える音が生々しく耳に届く。

 向こうで戦闘が行われているとはいえ、こちらの陣営に攻め込まれる可能性はゼロではない。神経を研ぎ澄ます。


『あ、終わった』

 そんな笠原君の気の抜けた声に僕は一瞬呆然とした。

「え!?終わったって何が!?飛山君負けちゃったの!?」

『負けるかよ』

 僕の発言に少し不機嫌そうに飛山君が答えた。

「じゃあどうなってるの?終わったって何が?」

『試合終了ー!勝ったのはアルフィードです!圧倒的実力を見せつけてくれましたー!!』

 本来聞こえない筈の実況が高らかに聞こえてくる。

 …試合終了!?早すぎやしないかい!?まだ10分も経っていないのでは。 

『向こうが三人で速攻仕掛けるべく移動しているのを見つけてさ、阻んでやったら数で勝とうとしたんだろうね、全員で飛山に総攻撃。隙を狙って鷹取が一発狙撃で一人討ち取って、そっから飛山が二連取で終わり』

『情報通り喧嘩っ早いチームで助かったな』

『全員近接戦闘を得意としたチームでパワーが脅威だけど戦術が雑だったかねー』

『マッチョに骨折られるかと思った』

  僕らの初戦の相手はリーフェン学園。力こそが全てといったチームみたいで三人中二人が体術を主な戦闘スタイルとしていて身軽な動きや素早く繰り出される拳や蹴りが持ち味。

 もう一人は2mある長身に全身鍛え抜かれた筋肉が自慢で剛腕から繰り出される棍棒の攻撃が猛烈である。

  リーシェイ国の人は自分の実力に自信があり、負けを恐れず突撃する傾向があるとは思っていたけど。

 熱くなって銃への警戒を怠ったのかな?

  こうもあっさり勝ててしまうとは…。いや、二人が強すぎただけか。まったく勝った実感がわかない。

 僕は任務での班行動同様、お荷物にならないよう気をつけねばと冷や汗をかかずにはいられなかった。

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