それぞれの戦い方ー2
試合が開始されて5分。私と鈴音ちゃんは警戒しながらも森の中を直進していた。
これだけ自然豊かだと言うのに生き物の鳴き声などは一切なく、風で葉が揺れる音と私達の足音くらいしかない。
この森が人工物である証拠であろう。
デジタルフロンティアだと試合中でも観客の歓声や実況の声が聞こえたりもするのだけど、旗取り合戦に関しては隔離された会場なのもあるが、試合が開始されると外界の音は全て遮断される。
同じフロアに対戦相手がいるのはたしかなのに、静けさが緊張感を煽る。
急に立ち止まった鈴音ちゃんは私にも止まるよう合図した。
どうやら周囲の音を集中して聞いているようなので私も周りの音に耳を傾ける。
微かだけど私達以外の草を踏む音が聞こえる。
相手もこちらに気づいているのだろう音は最小限に抑えているみたいだ。
「…二人居ます。気を付けて」
抜群の洞察力で鈴音ちゃんは気配を察する。
二人。一体誰だろう。今まで通りなら飛山君と鷹取君が妥当な組み合わせだ。
しかしまだ姿は確認できない。
『11時の方角、来る!』
直径3㎞圏内で敵を視認した理央ちゃんの素早い警告通り11時の方角から銃弾が飛んできた。
私は警告のお蔭で銃撃を避け、狙撃者の位置を割り出せた鈴音ちゃんは、すかさず光弾が飛んできた方向に銃を一発放った。
すると狙撃主付近の木に当たったのだろう、誰かが走り出す音が聞こえる。
「逃がさない!」
鈴音ちゃんはすぐさま追いかける。私も一緒に追いかけようと走り出す。
もう一人は逃げ出さないのだろうか、そう疑問に思った矢先だった。
『千沙さん、そちらの相手は頼みましたよ』
少し前を行く鈴音ちゃんが通信機能を使って話しかけてきた。
そういうことか!
私が立ち止まるなり背後から剣撃が襲い掛かってきた。
動作の物音で存在は気づけていたので、振り向きながら剣で攻撃を防ぐ。
「相変わらず反応速度が尋常じゃないな。今の不意打ちは決められたと思ったけど」
「残念。戦うっていう気配がすごかったよ」
木に隠れて私が通る所を見計らっていたのだろう、たしかに直前まで気づけなかったが、銃の音はまだ聞き慣れないけど剣の音には自信がある。
「そうかよ。ま、あっさり終わってもつまらないしな」
さて、予想はしていた展開ではあるけれど、これはチーム戦。
ゆっくりもしていられない。
もう一度気を引き締め直し剣を構える。
「…参ります!」
*
狙撃主を追いかければ、彼は足が遅く想定していたよりもすぐに追いついた。
逃走を止めるべく銃で足元を狙えば、狙い通り逃げ足を止められた。
これまた思った以上に彼は情けない悲鳴を上げて転んだのだ。
授業では同じ班員で任務を共に何度もこなした仲間でもある彼に思わず心配の声を掛けたくなったが、今は敵同士だ。
情けは無用なのだが、それでもここまで無防備な彼を立て続けに攻めこむのは何だか気が引けてしまい、近くまで歩み寄り立ち止まってしまう。
彼の片手にはハンドガンが見える。
私は今まで彼が銃を使用した所を見たことがない。
けれど先程の銃撃の筋は悪くはなかった。
頑張り屋な彼のことだ、きっと銃も相当練習したに違いない。
それでも残念ながら自分には劣る。
急いで体勢を立て直した彼は私と正面から向き合った。
これ以上逃げる気はないようだ。
「どうして攻撃しなかったの?今の僕、隙だらけだったと思うけど」
私は正々堂々と戦いたいと思い待った。
決して彼を馬鹿にしたわけではない。
「きちんと勝負したかっただけですよ」
銃口を彼の胸元にあるライフサークルへと向ける。
この距離なら外しはしない。
「そっか。なら僕も正々堂々戦うよ!」
古屋さんが銃を構えたので銃弾を放つ前にこちらが先に光弾を放った。
確実に撃ち勝ったと思ったのだが、どうやら私の攻撃は読まれていたようで彼は銃弾を放たず、横へと転がり込んで私の光弾を避けてみせた。
そしてそのまま私へと突進してきた。
近距離戦に持ち込むつもりか?
でもそれだと益々私は古屋さんに勝てる要素が増えてしまう。
そこで危機感を持つべきだった。完全に失態だった。
形振り構わず私のライフサークル目掛けて古屋さんが強引に手を伸ばしてきた。
彼の手が届く前に彼のライフサークルを撃ち抜こうと銃の狙いを定めた時だった。
遠くから一発銃声が聞こえ、私のライフサークルが弾けた。
―――しまった、やられた!
狙撃の方向を睨めば、人が木から降りる音が聞こえた。
初めからこれが狙いだったのだ。
すると勝ったはずの古屋さんが目の前でしゃがみこんだ。
「…大丈夫ですか?」
「大丈夫。いつ北里さんにバレやしないかとハラハラしたよ」
「私はすっかり騙されました。と言いますか古屋さんを甘く見ていました。ごめんなさい」
彼になら必ず勝てると慢心した自分が敗因だ。
「謝らないでよ!僕が北里さんと差しで戦ったら勝てないのは事実だしさ」
「いえ、見事でした。私もまだまだ未熟ですね」
悔しいが負けを認めるしかない。
彼らの作戦勝ち。まんまと私は嵌ってしまった。
『おいおい平気か?試合はまだ終わってないんだ、次行くぞ!』
距離が近かったからか古屋さんの音声通信が聞こえた。
これはきっと鷹取さんの声だろう。
木から飛び降りた足音は私達の陣営がある方向へと向かっていた。
「わかってる、すぐ行くよ…それじゃあ僕行くね」
まだまだ頼りなさが残っているけど、走り去る彼の背中は立派な戦士だった。
*
「北里さんは誠実な人だ。僕に注意を向けられれば周囲への警戒を少し緩められると思う。だから一番油断しているタイミングで鷹取君に狙撃してほしいんだ」
「勇太が囮になるのか?」
「そういうことだね」
「大丈夫か?」
「僕だって北里さんの攻撃一発くらい避けてみせるさ」
北里が銃を選んできたのは想定外だったが、俺からすれば好都合だった。
銃は狙いを定めて撃つので集中力を使い隙が生まれやすい。
ただ、勇太にとっては更に分が悪くなったことだろう。
銃を使う北里のデータはないし、遠距離攻撃をされれば戦闘能力の低い勇太には対応が難しい。
それでも勇太は予定の狙撃ポイントまで北里を誘き寄せ、なるべく自分に注意が向く様仕向け見事自分の作戦を成功させた。
実際少し不安でもあったのだが、男が成し遂げると言い切ったんだ信じてやらないとな。
北里は右背後からの反応が少し鈍いと勇太が言っていたので、その位置から狙撃できるよう身を潜めた。
そして気づかれずに北里のライフサークルを無事撃ち抜いた。
最初は勇太と同じ班員の隼人から、あいつの記憶力はすごいと言われたのがきっかけだった。
そこから勇太に興味が湧き、行動を共にしたり、授業での勇太の姿、言動を見る中で、もうひとつ驚かされる能力が勇太にあることに気づいた。
それが観察眼だ。
人の仕草をよく見ていて、そこから苦手とする動きや死角、本人が無意識でよくする動きの癖までも見抜くのだ。
本来それは長い時間かけて相手を研究したり、対峙したり行動を共にして初めて気づくようなものだ。
それを短い時間観察しただけで気づける。その能力は充分に脅威だ。
おまけに常人ではない記憶力。
相手が得意とする動きや癖もしっかりと覚えているので、ある程度行動の予測が立てられてしまう。
勇太は自分の明確な記憶力も相手の弱点を見抜く観察眼も大したものではなく、優秀な人なら誰でも出来ると思い込んでいたのだから勿体ない。
そんなこと誰もができたら今頃もっと戦闘の天才が増えている。
彼の能力をもっと生かせる場所があるはずだ。
だから俺達は勇太を旗取り合戦のチームに誘った。
たしかに戦闘能力では同学年の中でも並の下だろう。
それでも不器用だが頑張り屋で憎めない、ビビりなのに意外と度胸がある、
そんな勇太に賭けてみたくなった。
北里を仕留めた、後は南条だ。天沢は隼人が足止めするだろう。
本人は勝つつもりのようだが、俺は二人の勝敗がつくまで旗を取ることを待ったりはしない。
チャンスが巡ればすぐにでも旗を取って試合を決着させる。
とっくに相手チームには北里の戦闘不能が伝わっているだろう。
まだ姿を見せない南条はどう動くだろうか。
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