立ち向かう勇気ー3

  寮の自室に居ても落ち着かなくて、W3A飛行訓練場近くのベンチでぼんやりと月を眺めていた。

 夜は誰も飛行していないこの場所にやってくる人など居らず、考え事をするにはうってつけだった。

  夕方に怪我をした箇所は主にお腹や背中で歩きを含む日常生活において大きな支障はなかった。

 保険医の先生に怪我の理由を問われたが正直に答えることもできず、派手に転んだと言い張った。もちろん納得はしてもらえなかったが、深くは追及してこなかったので助かった。

 素直に話したところで証拠もないし、先生達や大人に知られれば事態は大きくなってしまう。それは僕にとっても天沢さんにとっても喜ばしくはない。

 鴻君との問題は自分の手で解決しなくてはならない。

 そうは思うが解決策なんて浮かばなくて深く息をすると怪我が痛んだ。

 散々痛めつけられたけど幸い骨折には至っておらず、痛みや痣は残るがそれもしばらくすれば治るそうだ。

 肉体派の国防科に所属しておきながら殴られる一方だったなんて情けない話だ。


  鴻君が言っていた、"戦鬼"。

 二年前のカルツソッド国との防衛戦で多くの命を奪った人。それが天沢さん。

 僕の知る控えめな彼女からは想像もできなかった。

 けれど、そうなると彼女の人並外れた強さやW3Aでの飛行の上手さを裏付けられてしまう。

 天沢さんが眼鏡をかけているのは過去の自分を隠すためではないかと飛山君から聞いた。

 もしかしたら実技で力をセーブしていたり、目立たないようにしていた理由はそこにあるのかもしれない。

  眼鏡をかけていない彼女を見てようやく気づいた。

 入学式の前に鴻君から僕を庇ってくれた生徒は天沢さんだ。

 彼女は理由もなく人を傷つけたりしない、強くて優しい人。

 本当に"戦鬼"だとしても反省し後悔しているからこそ、彼女はここに居るのではないか。そう信じたい。 


「どうして一人で居るのさ、警戒心が足りてないな」

「東雲さん」

「こんな人気のないところに一人で居たら襲ってくださいと言ってるようなものじゃない」

「僕、女の子じゃないからそんな心配はいらないと思うけど」

  東雲さんは軽くため息をつくと僕の隣に腰かけてきた。

 僕がまた鴻君達に絡まれるのではないかと心配してくれていることにそこで気がついた。

「怪我は痛まないのか?」

 僕の前に立った飛山君も気に掛けてわざわざ様子を見に来てくれたのか。

「動くとちょっと痛いけど、普通に歩けるよ」

  僕が保険医の先生から手当てを受け自室で安静にしているよう指示をされたところまで、飛山君と東雲さんは一緒に付き添ってくれた。

 それなのに夜になってもこうして二人が会いに来てくれたのは嬉しかった。

 でも東雲さんの真剣な顔つきを見た途端、二人は大事な話をしにきたのだと察した。


「…千沙の過去について調べたら、分かったよ」

  天沢さんの過去、それは"戦鬼"についてだろう。

 他人の事を自分の事以上に喜んだり悲しんだりする優しい天沢さんが容赦なく大勢の人間を傷つけるなんて。どうしても信じられない。

「私は"戦鬼"なんて言われても理解できなかったんだけど、飛山が聞いたことがあるって言うからさ。古屋と別れた後に調べたんだわ。飛山の知ってた情報は二年前のカルツソッドとの防衛戦。そこで活躍した軍人が呼ばれた異名が"戦鬼"。けど、それは一切公表されなかった人物。ってことだけでね。データ検索しても全くヒットしないし、"戦鬼"も一部での呼び名でかなりの機密情報みたい」

「そうなんだ…よく飛山君は知ってたね」

「俺も戦地に居たんだ、かなり後方だったけどな。"戦鬼"は前線を中心にその力を振るっていたが、W3Aを上回る機動力を駆使して戦場を飛び回り前線で仕留め損ねた敵兵すらも俺の目の前で仕留めて行ったよ。俺はその速さと動きの正確さを今でもはっきり覚えてる。確実にあの戦で一番働いていたのは"戦鬼"だ。それなのに戦果を挙げた軍人に一切名は連なっていないどころか、同じ軍人ですらあの機体の搭乗者を知らなかった。特殊な飛行鎧を使っていた"戦鬼"は軍上層部の秘密兵器だとか言われて投入されていたらしい。情報の少ない腕の立つ搭乗者が気になって当時の俺も調べたんだ。それでも名前どころか性別も歳も分からない、"戦鬼"という異名を持つ者ということしか辿り着けなかった」


「で、私の腕の見せ所」

 そう言って東雲さんは手にしていたタブレッド型端末を操作し始めた。

 そして僕の目の前に画面を持ってくる、どうやら後は再生ボタンに触れれば動画が再生されるようだ。

「この動画を見てしまえば千沙への感情が大きく変わってしまうかもしれない。もう今までの様にあの子と友達として付き合えないかもしれない。これはあの子にとって誰にも知られたくなかった過去に違いない。それでも私は友達として千沙を知りたかった、何も知らないままじゃどんな言葉も届かない。助けになりたいから嫌がると分かっていても知った。上辺の綺麗な関係を保って生活していきたいならこれ以上は知らないほうがいい。今なら付き合いの浅い関係だ、切り捨てるのは簡単なはずよ。決めるのは古屋自身。どちらを選択しても止めはしない。どうする?」

 たしかに今ここで僕には関係のないことだと割り切れば鴻君からの嫌がらせはこれ以上続かなくなるかもしれない。

 まだ天沢さんと知り合って日は短い。軍の秘密を知って平和な生活が送れなくなる可能性も考えられる。

 天沢さんの過去は平凡な生活を送ってきた僕が今まで知り合った人の中で一番壮絶な出来事だろう。

 過去を知って僕に何ができるかと言われればすぐに答えは出ない。

  それでも僕は、僕を何度も助けてくれた大切な友達を失いたくない。

 どんなに酷い過去でも天沢さんは自分の犯した過ちを悔やんでいるし、今も苦しんでいる。

 彼女はずっと一人で辛い気持ちを抱えていたに違いない。

 それならば友達が支えてやらなくてどうするんだ。

 出来る事なら心を軽くしてあげたい。

 二人だって同じ気持ちの筈だ。

 だから天沢さんの過去を調べ、秘密を知る覚悟を持った。迷いなんかない。

「見るよ」

「…分かった」

 東雲さんから携帯端末と繋がったイヤホンを受け取り耳に付け、再生ボタンに触れる。


  動画が再生されると映し出されたのは山脈地帯だった。

 宙に浮いていてどうやらこれは飛行鎧の搭乗者視点の映像のようだ。

『もう間もなく標的が現れる。準備はいいかい?』

『はい、大丈夫です』

『今日の訓練は特別なメニューなんだ』

『いつもより起動時間が長くて驚きました』

『それだけ今回は気合が入っているんだ』

  音声通信での会話も録音されていた。声色の柔らかい男性の声と明るい少女の声。

 聞き覚えのある少女の声は天沢さんだと思われたが、今の控えめな印象を与える話し方ではなく、ハキハキとした活発な口調に驚かされた。

 やがて谷の隙間を縫うように見慣れない飛行鎧で飛行する人影が続々と現れた。

『今日も期待しているよ』

『任せてください』

  すると機体は勢いよく動き出し、視界に捉えた人を次々に迎撃していった。

 視界は搭乗者である天沢さんのものだろう。彼女が飛行中に見ている景色はこんなにも速いのかと感心してしまった。

 どの標的も全て一撃で仕留めていく、この速度でよく正確に攻撃できるものだ。

 しかし、周囲から悲鳴や怒号が上がり始めると天沢さんは戸惑ったようで動きを止めた。

『今回の訓練は随分リアルですね…いつも声なんてないじゃないですか』

『より現実に近づけたんだよ』

『…そうですか』

『お気に召さなかったかい?』

『いえ、その…気分はあまり良くないです』

『けど、これもデータ収集の為だ。ほら、どんどん出てくるよ』

『分かりました』

  天沢さんは男性の言葉に返事をしつつも躊躇いが生じたのだろう、最初よりも速度を緩め急所を外して攻撃をしていた。

 当然相手側も反撃してくるが、遠くからの銃撃すらも見事に防ぎきってみせた。

 しかし相手側の攻撃は数が増え、過激になっていく。


  ――これは本当に訓練なのか?

 天沢さんが先程から繰り出す攻撃は確実に重傷を負わせる一撃だ。

 僕は二人の会話から、この訓練をデジタルフロンティアのような仮想空間でデータ相手に行われているものだと思ったが、やけに相手の動きや感情が人間臭い。

 データにしては精巧で仮想空間の出来事にしては重傷を負った相手は長時間留まり過ぎだ。

 これは現実、本物の戦い。二年前の防衛戦、"戦鬼"と異名を付けられてしまった天沢さんの体験した事実なんだ。


 やがて天沢さんは攻撃することなく守りや避けに徹し始めた。

『どうしたんだい、千沙。それではいつまでも標的は減らないよ』

『攻撃できないです…今日の標的はまるで生きているみたい…』

『すると千沙はやられてしまう。いいのかい?』

『それは…』

『僕の言うことが聞けるね』

『……わかりました』 

  男性の口調は一貫して穏やかなのだが、どこか冷たく威圧感すら感じられた。

 促された天沢さんは再び攻撃を続ける。

 動きの速い天沢さんを相手は捉えることが出来ないのか変わらず反撃は届かない。

  罵声や泣き叫ぶ声を浴びせられる程に天沢さんの息遣いが乱れてきた。

 やがて山地には負傷者が大勢蹲り、逃げ出す者が大半を占めた。

 反撃してくる戦士は誰もいない。

 悲惨な現状に僕は視線を逸らしたくなるのを必死に堪えた。

『千沙、あれらにまだ息があるよ』  

 驚くことに天沢さんは今まで誰一人として致命傷を負わせていない。

 きっと彼女の良心がそうはさせないのだろう。

『おかしいです!だって誰一人消えません、これ本当にデータなんですよね!?』 

『言っただろう?より現実に近づけた、と』

『私にはできないです…例えデータでも必要以上に傷つけるなんて。彼らはもう抵抗できません』

『果たして本当にそうかな』

  男性の言葉を肯定するかのように銃声が轟く。

 弾丸は真っ直ぐに天沢さん目掛けて飛んできた。

 天沢さんはギリギリで避けようとしたが、耳元を掠めたのかフルフェイスに当たり甲高い音が響いた。

 すぐに射線を追えば、狙撃してきたのは負傷して飛行も歩行もできなくなってしまった敵勢の兵士だった。

『やらなければやられる、それが現実だ。さあ千沙の力を見せてごらん。僕の開発したNWAの成果を見せておくれ!』

『でも…』

『君はその為の存在だろう?強くなくてはならない。多くのデータが欲しい!さあ早く!』

  昂る男性の熱に押され天沢さんは狙撃者目掛けて一直線に飛んで行った。

 狙撃者は動揺して銃を乱射したが定まっていない銃撃は一撃も彼女に当たることはなかった。

 負傷兵の前に辿り着くとすぐさま剣を振り上げる。見下ろした先には怯え切った男の顔がハッキリと見えた。

『やめろ…!来るな!まだ…死にたくない!』

 兵士の懇願に彼女の振り上げた腕が止まる。

『千沙』

 彼女の躊躇いを察したのか男性は支配するかのように名前を呼び、残酷な催促をする。そして、天沢さんの斬撃が負傷兵を絶命に追いやった。

 血が飛び散り、視界が赤に染まっていく。横たわり動かぬ一人の人間を天沢さんは呆然と見つめていた。震えているのだろうか、僕の見る映像が微かに揺れている。

『おやおや、撤退して行ってしまったね、次へ行こう。後方の山を越えた先にも標的が居るんだ、次はそれが相手だ』

 天沢さんは上手く喋れないのか呻き声のような声を小さく上げている。

『千沙、できるだろう?』

 視点は動かず、亡骸を捉えている。

『千沙』

  男性の一際低い声でようやく天沢さんは宙へ飛んだ。

 宙に浮いた拍子に透明の雫が視界に溢れた。


  戦鬼は後方の陣に攻め入っていた大軍をたった一人で壊滅させた。

 自らの感情と潰える命に気がつかないよう、鬼の如く命を屠っていく。

 映像は数多の消えゆく命の嘆きと共に少女の泣き声にも似た悲痛の叫びが絶え間なく響き続けた。


  僕は見るに堪えられなくなってしまい、とうとう一時停止ボタンに触れた。

 映像はまだまだ終わりを迎えないみたいだったが、友達の苦しんでいる姿をこれ以上見るのは辛かった。

 携帯端末の画面にぽたぽたと数滴雫が落ちて来て初めて僕は自分が泣いていることに気がついた。

「"戦鬼"は精神に限界が来たのか男性が満足したのか、アルセア優勢に傾き出した辺りには戦場から姿を消した。ロックが厳重で多くの情報は入手できなかったけど、千沙は何かの実験の被験者みたい。軍、それもかなり一部の上層部は何か良くない物を開発しているようね。そして戦場でNWAとかいう物を着用させてデータを取っていた」

「…どうして…こんな酷いこと…」

「わからない。でも千沙は実験自体には協力的だった。何か理由があるみたいね」

 映像の内容はたしかに衝撃的で恐ろしかったが、僕の天沢さんに対する評価や感情が変わることはなかった。

 大勢の命を奪ってしまったが、やはり天沢さんは優しいままだったから。

  益々謎が深まった所もあるが、彼女が苦しんでいる過去は分かった。

 だからと言ってどうやったら天沢さんの気持ちが楽になるかなんて分からない。

 簡単にどうこうできるものじゃない。

 それでも何とかしてあげたい。欲しいのは同情でも慰めでもない筈だ。

 僕が泣いている場合ではない、乱暴に涙を拭う。

「それでも、僕は天沢さんの力になりたいよ」

 僕の言葉に東雲さんは満足そうに笑った。

「あ、ちなみにこの動画すーごいパスワード掛かっててさ、ハッキングして入手したのよ。痕跡残さないようにはしたけど、飛山と古屋は私の共犯者だから。これからもよろしくね」

  天沢さんを勇気づける前に自分が踏み入れてしまった犯罪に竦んでしまう。

 だけど関わると決めたんだ。もう後戻りなんかしない。

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