立ち向かう勇気ー2

  国営科の男に連れてこられたのはデジタルフロンティアの試合や式典が行われるドーム付近にある倉庫地帯だった。

 日は沈み始めており、人気の少ないこの場所は少し不気味な雰囲気を漂わせていた。こんな場所に呼び出して何の用事だろうか。

 すると倉庫の影から三人が姿を現し、その中に襟裏を掴まれた小柄な男が見えた。

「古屋君!?」

 視力が悪い古屋は眼鏡を掛けているはずなのにその姿は存在しておらず、代わりに頬に痛々しい傷がひとつ出来ていた。

 頬以外にも怪我を負わされているのだろう、視認できないが古屋に抵抗する力は残されていないようでぐったりとしている。

「なんだやっぱりお友達までついてきたのか」

「鴻君!どうしてこんな酷いことを!?約束が違うじゃない!!」

「僕は約束を守っているさ。彼に危害を加えたのは僕じゃない」

  おそらく直接手を下したのは古屋を掴んでいる国防科の生徒だろう。

 そいつは鴻の召使か護衛なのか。主人の言うことに忠実そうだ。

 金持ちの子息にはよくある話だ。

 自分の手を汚さない手法が気に食わない。俺は嫌悪で苛立ちを覚えた。

 どうやらそれはここに居る二人も同じようで鴻を睨み付けていた。

 俺達の敵視など意に介せず鴻は天沢を見てにたりと笑った。

「驚いたよ、天沢千沙。君、"戦鬼せんき"なんて物騒なお名前を頂戴しているそうじゃないか」 

「どうして、それを…」

 その名を聞いた途端、天沢の顔は強張り小さく震えていた。

「先の戦争時にたった一人で千人以上もの敵を薙倒し、戦う姿はまさしく鬼そのものだったとか…恐ろしい女だな。今は猫でも被っているのかい?それとも戦場じゃないと本性は出ないのだろうか」


  "戦鬼"その異名を俺は聞いたことがあった。

 小さい抗争は国によってはあるが、世界史上、国同士で戦争に発展することは500年近くなかった。

  しかし、二年前。当国アルセアに侵攻してくる国があった。

 停戦協定を交わしている同盟に非加盟の隣国カルツソッドに攻撃をしかけられ、止む無く防衛に徹したアルセア。

 けれど圧倒的な戦力差があり戦地に近い国民がシェルターでわずか二日間避難生活をした程度で実害は少なかった。

 我が国防軍にW3Aの戦闘技術が高い人間が多く在籍していたのが勝因だ。

 功績を残した何名かは英雄扱いされるほどになった。

 しかし一般公表はされていないが、戦地に居た軍人は目にしており誰よりも戦果を挙げた者が一人居た。それが戦鬼その人だ。

 そいつの素性は知れず、特殊な飛行鎧を身に纏い戦場を駆け抜けた。

 誰なのかは軍人でも知り得ない。上層部の秘密兵器と聞いた。

 正体を気にする人間はもちろん居たそうだが、機密もあり何より戦いぶりが常人外れで恐ろしく、軍内でも触れてはいけないタブーのような扱いになっている。


  まさかそれが今隣にいる一学生である天沢だと言うのは正直信じ難い。

 仮にそうだとしてもそんな機密情報を何で鴻が。

 確たる証拠が提示されてない以上、天沢も自分ではないと白を切れば済むだろうに。かなりのトラウマなのだろうか、彼女の綺麗な肌は血の気を失っている。

「どうしようか?殺戮兵器の天沢」

 狡猾な笑みを張り付けた鴻は随分と活き活きとしていた。

「私に…どうしてほしいの」

「話が早くて助かるよ。君にデジタルフロンティアでの決闘を申し込む」

「…申し訳ないけど私は選手登録をしていないし、登録する気もないの。勝負なら受けるから別の形に―――」

「君に選択の余地があると思っているのかい?」

 鴻の取り巻きが古屋の腹を容赦なく一発殴る。

 古屋は朦朧としている意識の中、痛みで声を上げた。

「わかった!デジタルフロンティアに登録して決闘にも応じる。だから古屋君を今すぐ放して!」

  鴻が軽く頷いて合図を送ると、取り巻きは物でも捨てるかのように地面に古屋を放り出す。

 俺と東雲はすかさず古屋へと駆け寄る。

 しかし真っ先に動き出しそうな天沢は立ち尽くしていた。

「決まりだな。来週末、楽しみにしているよ」

 愉快そうに鴻達は去って行った。


「古屋、大丈夫か?」   

「っ…僕は、大丈夫。それより…」

  言葉を濁した古屋の視線の先は天沢だった。

 酷い怪我を負っている古屋よりも天沢の表情は痛々しいものだった。

「軽蔑したよね。私が過去に沢山の人を傷つけたのは事実だから…」

 天沢はやっと笑顔を見せたが明らかに作っているのが分かる。 

「ごめんね、古屋君。私のせいで怪我させちゃって。もう迷惑かけないようにするから」 

  力の無い声でそう告げると天沢も静かにこの場を去って行った。

 まるで正反対のように後姿が付いて来るなと強く語っていた。

 中途半端な呼び止めでは天沢を説得することは不可能だろう。

「あま、さわ…さん…!!」

 何とか呼び止めようと動き出す古屋だが怪我は酷いようで思ったように喋ることもままならない。

「無理に動くな。…っし、医務室まで我慢しろよ」

 俺は古屋を背負い慎重にかつ早足で歩き出す。

「でも…天沢さん…責任…感じてる」

「だろうな。けど今のお前は天沢を追うより怪我の手当が優先だ。それに追いかけてお前はどうするんだ?」

 すると古屋は黙り込んでしまった。

 古屋は真面目な良い奴だ。天沢の過去を聞いて思う所が色々とあるのだろう。 

「東雲は天沢についてやらなくていいのか?」

 俺達に付いてくる東雲はいつもと変わらず感情が読みづらい飄々としたままだった。

「ありゃ今何言っても効果ないね。あの子大人しそうに見えて結構頑固よ。それに付き合いの浅い私が味方ぶった発言したって、ただの偽善にしか見て貰えないわ」

 東雲の意見は分からなくないが、女にしてはえらくドライな考え方だと改めてこいつの変わり者さを認識する。

「にしても鴻は千沙を大勢の前で屈服させたいようだね。いっそ公の場で一発ギャフンと言わせたほうがいい気もするけど。あのプライドの高さと執念深さは異常よ」

「それを選択すれば、天沢が望む穏便な学園生活は捨てることになるな」

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