立ち向かう勇気ー1

 アルフィード学園には"デジタルフロンティア"という仮想空間での模擬戦闘試合が行える最先端の設備がある。

アルフィードの生徒なら選手登録さえ行えば誰もがプレイヤーとして試合が行える。

選手にはランクが設けられ下はCランク、上はSランクまであり試合結果でランクは変動され選手達は皆、己の戦闘技術を磨き切磋琢磨している。

試合は毎週末に開催され、通称ランク戦と呼ばれており、生徒の中でも腕自慢や試合好きが集まる競技だ。

そしてアルフィード学園に入学してから一月経とうとしている今月最後の休日である本日、ようやく新入生の選手登録が開始される。初戦は来月からとなるわけだ。

 俺は自分の能力向上を期待してデジタルフロンティアの選手登録をした。

授業とは違い、本気で純粋な力比べができるとあれば好奇心が擽られる。

さらに学年の違う先輩ともランク戦であれば手合わせが可能になる。

そんな格好のチャンスを逃す手はない。


  登録手続きを済ませ、自室に戻ろうと歩いていると寮の前に見知った顔が道端で空を見上げて立ち止まっていた。

「天沢、何してるんだ?」

「わあ!あ、飛山君。こんにちは」

 驚いた拍子にズレた眼鏡を直してお辞儀してきた。律儀な奴だ。

「あのね、鳥を見ていたの」

  彼女の視線の先には白い鳥が空を自由に飛び回っていたが、これといって珍しい光景ではない。わざわざ立ち止まり夢中になって見る程の物には感じない。  

「鳥が好きなのか?」

「んー…どうだろ。でも気持ちよさそうだなーって」

  同じ班で何度か行動を共にしているが、毎度変わった奴だと思う。

 考えや行動がどこか世間ズレしている。


「飛山君はお出かけ?」

「いや、デジタルフロンティアの選手登録を終わらせたとこ」

「なんだっけ、一対一で試合するゲームみたいな物だよね?」

  デジタルフロンティアは設備数が各国の軍事養成学校に一つずつと少ないが、試合風景は放送もされ夏に行われる国別軍事養成学校対抗の体育祭では競技としてある。

 熱狂的なファンも居る位に人気もあり知名度は世界的と言っていい代物なのだが、天沢はよく理解していないようだ。

 相当田舎に住んでいたのか。それにしたってアルフィードに入学を志せば誰でも知り得る情報だけどな。

「あれ…私間違ってた?」

 俺が反応を一切示さないことに不安になったのか天沢は焦り始めた。

「間違ってないけど。天沢は登録しないのか?お前ならいいとこ行くと思うけど」

  授業での実技を見る限り天沢自身手加減しているみたいだが筋は良いし、任務では身体能力の高さを存分に発揮している。

 本気を出せば1年のトップ圏内など簡単に入れると俺は感じていた。

 彼女が自分の実力を出し切らない理由は知らないが、アルフィードに入学した以上、勿体無いことをしていると思った。

「し、しないよ。私人前苦手だし争い事はあんまり…」

  たしかに彼女の普段の性格を見れば試合事は向かないのかもしれない。

 けどそれは表面上であって、違う天沢も別にある。そんな感覚を俺は持っていた。

 控えめで消極的に見えて時折覗かせる度胸の良さや抜群の戦闘センス。

 絶対に何かある。

  本人が隠したり、話さないことをずかずか詮索するのは趣味ではない。

 それでも、ひとつ気になっていることを聞いてみようと思った。


「そっか。ところでさ、天沢は何で眼鏡してるんだ?お前視力良いだろ」

「ええっ!?ど、どうして!?視力良いってわかるの?」

  気づかれていないとでも思っていたのか、かなり動揺したようで声が裏返っている。お洒落だとか言って伊達眼鏡を着用する人はたまに見かける。

 俺はてっきり女である天沢が眼鏡を掛けているのはそういう理由かと何となく見当をつけていたのだけど、やはり違うのか。

「いや、お前遠くを見るの辛そうじゃないし。古屋が見えてない文字とか普通に読めてただろ。だから視力悪くないんだろうと思ったから」

 盲点だったと言わんばかりに青ざめた顔をした天沢の目は泳いでいた。

「み、みんな気づいてるかな…?」

「さあ…皆が皆気づいてるかは知らないけど。大半は目が悪いと思ってるんじゃないか?」

「そ、そうだよね!よかったー」

  感情表現が控えめな天沢にしては珍しく、やたらコロコロ顔が変わる。

 こいつ結構単純だよな。この様子だと確実にお洒落が理由じゃないな。


「まさか変装のつもりで眼鏡をかけてるのか?」

  俺が冗談のつもりで発した言葉に彼女の表情が急に固まった。

 図星かよ、隠し事できないタイプだな。

「い、言わないでください!お願いします!」

「お、おぉ。別に言いふらしたりしないけど」

  今までにない天沢の必死な懇願の勢いに気圧された。

 俺の服を掴む力が強すぎる。どんな馬鹿力隠してるんだよ。

 じゃあ授業でも本気を出さないのは自分の力を隠してるつもりだったてことか。

 自分の素性を偽る理由とは何だろう。

 コンプレックスか?はたまた何かから逃げている?


「……やっぱり狡いかな」

 そう言って眼鏡を外した天沢は酷く脆く見えた。 

「力のある自分が嫌でね…ありのままで誰かと話すのが怖くて…物に頼ったって変われる訳じゃないのにね」

  天沢はぽつりぽつりと呟く。

 俺にではなく自分を自傷するかのようだった。

「誰にだって外面くらいあるだろ。それにどんな場面でも自分を全部曝け出してる奴なんて居ないよ。そんなに気にすることか?天沢がしたいとおりにしてればいいだろ」

 こいつをそこまで悩ませる原因は何か知らないが、自分を偽るなんて大なり小なり誰しもがしていることだ。

 学校と家じゃ態度が違う。友人や先生、家族に見せる顔は全て同じではない。

 誰しも隠し事だってある。自分を少しも偽らずに生きている人などいないと言い切れる。そんなのは皆同じだ。


「そう、かな…?」

「お前誰もが馬鹿正直に生きてると思ってるのか?」

「…飛山君はいつも言いたいこと言えてるイメージ」

「俺はそのほうが楽だからそうしてるだけでな…天沢が正直でありたいならそうすればいい。ただ無理にそうなる必要もないってことだよ。どちらにしようが俺はお前を狡いとは思わない」

「本当?」

「ああ。大事なのは天沢自身がどうありたいかだろ」

「そっか…私がどうありたいか、か」

  俺は深く考えずに自分の意見を述べてしまったが、これは天沢にとって大事な悩みだったかもしれない。

 今更ながらにもっと考慮して発言してやるべきだったかと思ったが、もう遅い。

 いちいち人の顔色を窺うのに疲れ、周囲の評価など気にせず生きてきた俺には他人を思いやってやるなど上手くできない。 

 それでも「ありがとう」と感謝をしてきた天沢は笑顔を浮かべていたから、これで問題なかったのだろう。


「私お邪魔かな?」

 気の抜けた声が聞こえた方向を向けば東雲が噴水の縁に腰かけていた。

「東雲さん、遅いから心配したよ」

「本当はそこに居たんだけど、割り込むのは忍びないかなーと」

 東雲が指さしたのは俺達から見て噴水の裏側だった。居たなら声かけろよ。

「買い物も二人で行ってくる?」

「駄目だよ、飛山君に押し付けちゃ。東雲さんサボりたいだけでしょ」

「ちっ」

 デカい舌打ちだな。

「すぐ部屋に籠りたがるんだから…週末はきちんと二人で食料の買い出しに行こうって決めたじゃない」

「千沙だって暇さえあればずっと部屋で勉強してるじゃない」

「それは、その…私が授業に追いついてないの飛山君に知られちゃうじゃない!」

「まさに脳筋ですな。頭の良い家庭教師探せばー?」

「もう!お昼の3時まで寝といて、私待ってたんだからね!?」

  天沢は眼鏡を掛け直し忘れたまま東雲と話しているがいいのだろうか。

 気にはなったがツッコみを入れれば、だらだらと二人のペースに巻き込まれそうだ。

 もう用はないだろうとその場を去ろうとしたのだが、俺の進路を塞ぐように国営科の生徒が立ちはだかった。

「天沢千沙、お前に話がある。付いて来い」

 一方的な有無を言わせない態度に腹が立つ。

「ここじゃ話せない内容なのかよ」

「黙って付いてこい。取り巻きも来るなら勝手にしろ」

  呼び出しているわりに何でそんな偉そうなんだよ。

 名指しされた天沢は心当たりがないようで困惑していた。

 男の口調からも楽しい内容は期待できない。俺と東雲も付いて行くことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る