頼れる仲間ー4
僕は状況についていけず若干混乱しつつ辺りをきょろきょろと見回してしまう。
ところが僕以外の全員は物怖じせず、きちんと警戒態勢に入っている。
「おい、南条麻子。これはどういうことだ?」
「どういうこととはなんでしょう?」
一際低く、いかつい声の男性相手に南条さんは変わらず柔らかい物腰のままだ。
「掟に倣うならお前一人で我らと戦うのではないのか?」
「あら、"腕試し"は代理人を立てるのも可能なはずですよ」
「たしかにそうだ。しかし代理人なら一人の決まりだ。何故4人も居る」
「誰も全員が代理人だなんて申しておりませんわ」
「では誰が代理人だ」
「この方です」
「…へ?」
リーダー格の男と親しげに話していた南条さんは天沢さんを自らの前に出した。
事態が飲み込めていないのは僕だけではなく天沢さんも飛山君も、北里さんですら困惑の表情だ。
「天沢さん、この方々が私の命を奪おうとなさっている犯人集団です。ですからどうかお一人の力で全員を行動不能にして欲しいのです」
「私一人で!?」
「はい。私がお相手しても構わないのですが、ぜひ天沢さんにお願いしたいのです。よろしいですか?」
南条さんの矛盾だらけの説明を天沢さんは精一杯理解しようとしているが、答えは出ないみたいだった。
「えっと…よく分からないけど、この人達が南条さんに危害を加えようと言うなら仕方ない、ですかね…?」
「では決まりです!くれぐれもみなさんは手を出してはいけませんよ」
南条さんは僕ら三人に注意してくるので従い、南条さんの近くに集まり大人しくすることにした。
何故僕らは手を出してはいけないのか。
相手集団が本当に犯人ならば全員で対処すべきだろう。
必ずしも彼らが天沢さん一人に襲い掛かってくる訳ではないかもしれない。
それに危険を天沢さんに押し付ける形なのは気が引ける。
でも、南条さんはずっと余裕そうだ。どうやらこれには裏がありそうだ。
「天沢さん、なるべく大怪我は負わせないであげてください、どうかお手柔らかにー」
「ぜ、善処します」
集団に一人で相手しろだの、お手柔らかにだの、変な注文だ。
天沢さんは未だに戸惑っているようだ。
「嘗められたものだ。本気でこないと痛い目に遭うぞ…やれ!!」
男の掛け声と共にその場に居た黒装束の集団は一気に天沢さんへ襲い掛かる。
天沢さんは剣も抜かず、身体一つで黒装束達の攻撃を全て躱したり受け流したりしていき無傷ですり抜けていく。
黒装束達が決して弱い訳ではない。動きは機敏だし、複数での連携が上手くとれている。攻撃一撃の威力だって軍人に劣らないだろう。
単純に天沢さんがそれ以上に凄いのだ。
「わっ!?」
天沢さんが何人かを手刀や蹴りで気絶させたり、痛みで蹲らせたりさせると、素手だった黒装束達はとうとう武器を取り出した。
あの鋭利な刃物は苦無だ。武器図鑑などで目にしたことはあるけど、実物を、それも使い手を見るのは初めてだった。
攻撃に激しさが増し、天沢さんは苦無の登場に一瞬驚いたようだが、すぐに避けつつ苦無を蹴り落としたりと鮮やかに対処していき、まるでアクションショーを目の前で見せられているかの様だった。
ものの5分も経たないうちにあれだけ居た黒装束集団は地べたに這いつくばり、南条さんのリクエスト通り大怪我を負わせず行動不能状態になった。
残りはリーダー格の男一人となった。
「ここまでの手練れとは…麻子。良い護衛を捕まえたな」
「護衛ではありませんわ、友人です」
「そうか。そこの者、名を何と申す」
「え、あ、天沢千沙です」
「ふむ…
「…ごめんなさい、女です」
南条さんが施した完璧な変装は激しい戦闘間にも崩れることなく見事に相手も勘違いしてくれたようだ。
でも、これだけ強ければ女性だと思うほうが難しいとも言える。
「それは失礼した…我が名は
咳払いをして気を取り直し、北里景虎と名乗った男は黒装束達の中でも一際速い連撃を仕掛けてくる。
天沢さんはそれを全て避け切り、手を軸に身体を浮かせ放ったカウンターの蹴りを見事成功させる。
今日一番の威力が出た蹴りは北里景虎を1メートル近く吹っ飛ばした。
北里景虎が立ち上がる様子はない。どうやら急所に入ったのだろう。
天沢さんの完全勝利だ。
「わあああごめんなさい!攻撃が速かったのでびっくりしちゃってつい思い切り…」
天沢さんは真剣に心配しているようだが、僕は天沢さんの本気がどれ程なのかと怖い想像をしてしまった。
どうやら黒装束達に反撃してくる様子はなさそうなので僕らは北里景虎に駆け寄る。
すると北里景虎は宙を仰ぎながら呟いた。
「…情けない。完敗だ」
「それでは"腕試し"は私の勝ちですわね」
「ああ。ここまで手も足も出ず、おまけにそれが南条家の者に負けたのではなく代理人、それも
「ふふふ、落ち込むことはありませんわ。今日実際に目の当たりにして確信しました。彼女は私以上にとてもお強いですもの。同年代の女の子でこれほどまでに強く美しい戦いをする方を私は知りません。見込んだ通りのお方で嬉しいです」
「そうか。天沢千沙、覚えておこう」
南条さんと景虎は二人だけが分かる会話をしていると、意識を取り戻した黒装束達は景虎の元に集まって来た。
「"腕試し"の結果はこちらから報告しておこう。麻子、学業に励めよ。それでは我らは失礼する」
黒装束の集団は一礼すると本当にそのまま音も無く素早く去って行った。
「……さて、きちんと説明してもらおうか」
自分達はまんまと利用されていたのを悟ったのか、飛山君はため息交じりだった。
南条さんはことの成り行きをようやく僕らに説明してくれた。
南条家には18歳になるとその歳の間に"腕試し"なる子供の実力や器量を試す仕来りがあるそうだ。
その"腕試し"を担当するのが南条家と深い縁のある北里家の忍者、先程の黒装束集団だ。
将来、各々の家を担っていく若者同士が切磋琢磨し合うのも目的らしい。
北里景虎は北里家現当主の子息にあたる。先程"腕試し"にやってきた他の忍者も次世代を担う若い者のみで構成されているそうだ。
北里家は昔から南条家とは主従関係のようでありながらも互いを意識して武道を極める者同士刺激し合っている。
そして"腕試し"の裏の意図としては未来の南条家の上に立つ者が北里の一族が仕えるに値する者かを直接評価する場でもあるようだ。
しかし近年、南条家は開発方面でも才を開花し始めた。開発となれば武術の出来は当然劣ってくる。そこで設けられたのが"腕試し"における"代理人"だ。
南条家の上に立つ者として人を見る目はあるのか、器量があるのかを"代理人"で判断しようと言うのだ。
この"代理人"、誰でなければいけないという決まりはないそうだが、ほとんどが当時の付き人が務めるそうだ。
北里家には忍者として南条家全体を守る生涯を送る者と、南条家個人の付き人として生涯を送る者に分かれるそうだ。ちなみに北里さんは後者にあたる。
南条さんの付き人にあたっていたのは少し前までなら北里さんになるわけだ。
しかし南条さんは最初から自身が"腕試し"を受けて立つ気でいたし、北里さんを付き人から解雇する気でいたから"腕試し"について教えていなかった。
(これに関して北里さんは少し怒っていた)
ところがアルフィード学園に入学したら興味を引く人物を見つけた、それが天沢さんだった。飛山君にも興味はあったみたいだが、天沢さんは同じ女性として一際興味をもっていたみたい。
そんな気にかけていた人物が北里さんと同じ班を組まされていることを知り、北里さんの様子を窺うのと同時に天沢さんのお手並みも見てみようではないかと、今回の護衛任務を思いついたそうだ。
護衛任務の指名を1年生である僕ら第9班にし、"腕試し"の日時と場所を南条さんが指定、殺人予告は南条さんの狂言だったのだ。
南条さんは説明の最後を自分の我儘で迷惑をかけた、と僕らへの謝罪の言葉で締めた。
「だったら変装なんていらなかったじゃねーか」
開口一番、利用されたことではなく変装に文句をつける飛山君。
そんなに嫌だったのかな。
「あら、ムードが盛り上がるじゃありませんか」
僕は苦笑いしかできなかった、南条さんはなかなかに掴めない人だ。
「そうですわ、天沢さん。私とお友達になってほしいのです」
南条さんは天沢さんの両手を取り熱い視線で懇願する。
「へ!?私とですか?」
「皆さんを私欲の為に利用した私をお嫌いになってしまいましたか?」
「いえ!私でよければ、嬉しいです」
「それでは千沙さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
「嬉しい!私のことも下の名前で呼んでいただいて構いませんわ」
「わかりました。…ま、麻子さん」
「お友達ですもの、敬語でなくても大丈夫ですよ。ぜひ鈴音のことも鈴音ちゃんと呼んであげてくださいな」
すっかり南条さんのペースに巻き込まれている天沢さんは発表の場で緊張している生徒みたいだった。
本当に先ほどまでキレのいい戦闘を繰り広げていた人物とは思えない。
天沢さんの戦う姿は堂々としていて羨ましかった。
「麻子様!天沢さんをあまり困らせては…」
「あら、千沙さん、鈴音ともお友達ですよね?」
「はい……鈴音ちゃん」
「さあ鈴音も!」
「あ、その…私も千沙さんとお呼びしても…」
「うん。これからもよろしくね、鈴音ちゃん」
南条さんのペースに戸惑っていた天沢さんだが次第に南条さんの意図を察したのか、少し恥ずかしそうに三人で笑い合っていた。女の子が仲良さそうで何よりだよ。
僕は南条さんに利用されていたことなんてすっかり忘れ、三人を温かく見守っていた。
「そういやさ、古屋はどうして南条が変装してるって気づいたんだ?俺はお前が指摘するまで分からなかった」
「初めから南条さんだって気づいてた訳じゃないよ。パーティーが始まる前に国営科の名簿を見させてもらったからその中にあんな女の子居なかったなーと思ってさ」
「…お前まさかあの短時間で名簿の生徒全員の顔を覚えたのか…?」
「ははは、名簿なんて普段わざわざ見ないからさ、おかげで今年度の国営科1、2年生網羅しちゃったよね。僕ら国営科マスターだね、なんちゃって」
僕は冗談を言ったつもりだったのだが、飛山君は笑うどころか思い切り引いていた。
ツッコんでも貰えないとは…気持ち悪いとか思われたのかな…。
「言っとくけどそれ普通じゃないからな」
「え!?僕のセンスそんなに駄目!?」
「センス?何のことだ?俺が言ってるのはお前の記憶力のことだからな」
「僕の記憶力?」
「そ、古屋それ立派な特技だぞ。もっと誇れ」
僕は特別自分の記憶力を特技だと思ったことなどない。
名簿や館内図を見る時間は20分もあったのだ、覚える時間としては充分だ。
けれど褒められるのは悪い気はしない。少しでも役に立てたのならよかった。
南条さんは今回のことを自分の我儘だと言っていたが、きっと一番は北里さんを心配してだと思う。
僕の貴族に対する印象を大きく変えてくれた、心優しくも芯の強い少し変わった女の子だった。
北里さんもあれから少しずつ笑ってくれるようになったし、積極的に意見を言ってくれるようにもなった。
この任務を境に僕ら第9班のチームとしての連携は日に日に良くなっていった。
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