頼れる仲間ー3

  一人で館内を見回っているが特に変わった様子はなく、聞こえてくるのはパーティーの談笑ばかり。

 やはり殺人予告はいたずらだったのだろうか。いやいや、油断は禁物だ。

 そんな自問自答を何度も繰り返した。


  ホールから一段と色めき立つ声が響いた時、僕の前を一人の国営科の生徒が歩いてきた。   

 変装しているから今は僕も同じ国営科の生徒だ、会釈位するべきだろうと下げかけた頭をすぐに上げる。

「…あなたは誰ですか?」

  目の前の女生徒には見覚えがない。

 正確に言えば国営科の生徒名簿には在籍していなかった。

 変装を終えた後、今宵のパーティーの出席者はもちろん、国営科全生徒の顔写真付きのデータを一通り確認した。その中に彼女のデータは一切なかった。

 データがないということは間違いなく部外者。

 僕の問いかけを無視して彼女は歩き出した。

「待って!」

  呼び止めに振り向いた彼女にいきなりスプレーを顔に浴びせられる。

 思わず大きな声で異常を伝えたくなったが、依頼内容が頭をよぎる。

  誰にも気づかれてはいけない。彼女が犯行予告と関連があるかは分からないが、ここで僕が騒ぎを大きくしてしまえば誰にも気づかれないという南条さんの要望には絶対に添えない。

 声を飲み込むと逃げ出してしまった彼女を慌てて追いかける。

  世間一般で僕の足の速さはきっと並だ。

 女性に負けるほどではないと思っているのだが、前を走り行く彼女はどうやら速い人に分類されるみたいだ。

 悔しいことに僕は見る見る距離を離される。

 掛けられたスプレーはどうやら催涙スプレーだったようで涙で視界が歪むがなんとか姿を見失うことなく追い続ける。


  彼女は館の裏口から外へと出て行く。

 このまま街中に逃げられたら捕まえるのはほぼ不可能。僕が犯人を取り逃がすなんて大失態だ。

 気持ちに身体はついてこないけど、それでも力の限り全速力で走ると何故だか彼女の姿が大きくなってくる。近づけば闇に紛れて見えなかった飛山君が彼女を取り押さえているのが見えた。

「よ、よかった…ありがとう、飛山君」

 息を切らしながらなんとか飛山君に礼を言う。

「いや、古屋が連絡くれなかったら取り逃がしてた。ナイス判断」

 一人では手に負えないと早々に判断し、走りながら携帯端末で外に居る飛山君に応援を要請したのだ。

「僕一人でなんとかできたらよかったんだけど…」

「チームなんだから連携が当然だろ」

 僕を励ますわけでもなく、常識と言わんばかりにさらっと言いのける飛山君。

 こういう所が彼の頼もしさでもある。  

「で、お前は何で逃げる訳?」

  彼女の両手首を掴み背に回させて動きを封じている。飛山君は女の子相手でも容赦無かった。

 問い詰められても彼女は顔を伏せ無言のままだった。僕は自分の記憶違いかどうかを改めて確認すべく彼女の顔を覗き込む。

「あれ、あなたは…」

  突然彼女はもがき始めると飛山君から見事に逃れてみせた。

 飛山君は舌打ちしつつも再び彼女を捕らえようと動き出す。

 彼女は滑らかな動きで飛山君の手を全て流れる水みたいに躱していった。

 飛山君相手に引けを取らない、実力の持ち主だ。

 何手かやり合うと間合いをとる二人。

「待った!なんで僕らが戦う必要があるの、南条さん!」

 僕はこのタイミングを逃すまいとすかさず割って入る。

 よく顔を見たら髪型や化粧で少し顔の印象を変えているみたいだが間違いなく南条さんだった。

「やはり気づかれていましたか」

 長髪のウィッグを外すとセミロングの綺麗な髪が現れ、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

「飛山さんはお強いですね」

「散々人の攻撃を避けといてよく言うな」

「相手が女だから手加減されていたのでしょう?」

「…そこまで見抜いてんのかよ」

 南条さんが逃げ出さないことを確認すると飛山君は携帯端末で天沢さん達と連絡をとり始めた。

「でも、どうしてこんなことを?」

「ごめんなさいね。これはお嬢様の単なる我儘です」


 するとすぐに天沢さんと北里さんが駆けつけた。

「南条さん大丈夫ですか!?お怪我は?」

「平気ですよ、皆さんが優秀なお蔭で何事も起きていませんから」

「すみません、私が目を離したばかりに」

「天沢さんはきちんと役目を全うされていました。お気になさらないでください」

 北里さんは一歩離れた所で申し訳なさそうに立っていた。  

「落ち込む必要はないのよ、鈴音。わたくしは誰かに攫われた訳でも危害を加えられた訳でもない。自らあの場から居なくなりました」

「ですが、それにも気づけなかった。護衛として失格です」

「そうですね、護衛する者として対象を見失うのは大失態です」

 南条さんの言葉に北里さんだけではなく天沢さんも僕も申し訳なさで俯いてしまう。

 任務としては最悪につながる大きなミスだ。

「ですが、その失敗もフォローしてくださる心強い仲間が今の貴女には居ます。

自分一人で抱え込むのは鈴音の悪い癖だわ。どんなに優れた人間でも失敗をしないことなどありえません。得手不得手があって完璧な人間などいないのです。そんな未完全な人間だからこそ支え補い生きて行く。人を頼ることを覚えなさい。頼ることは決して悪ではないのですよ」

「…頼る」

「そう、貴女はずっとわたくしの傍に一人で付人を全うしてきてくれました。わたくしは鈴音が傍に居てくれるだけでいつも安心していました。とても感謝しています。でも同時に貴女の貴重な時間を奪ってしまいました。…ごめんなさい。わたくしの至らない力では貴女に一人の女の子としての生活を与えてあげられませんでした」

「謝らないでください、私は麻子様にお仕えしていた時間は幸福でした」

「鈴音、一度私わたくしの傍を離れ、学生として多くを学び、そして楽しんで貴女の世界を広げてください。それでも尚、わたくしの傍に付きたいと言うのなら今度はわたくしから貴女にお願いします。家の仕来りでも親の命令でもない。わたくし自身が鈴音に傍に居て欲しいと」

「…はい!」


  北里さんの笑顔を初めて目の当たりにし、ほっとしたのも束の間。

 突然、塀の上に広がる茂みの中や建物の屋根から人が飛び出してきた。

 気配に気づかなかったが、人数は10人はいるようであっという間に周囲を囲まれる。

 こいつらが手紙を送り付けてきた犯人なのだろうか。まさかこんな大勢のグループだなんて。

 全身を黒い装束で包み、顔も目しか見えず、いかにもな犯罪組織感を醸し出している。

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