頼れる仲間ー2

 南条さんに通された部屋で二人きりになった途端やっぱり空気は重くて、私はこういう時どう接してあげたらいいか分からない。着替え中もずっと悩んでしまう。

「北里さんって南条さんと知り合いだったんだね」

 とにかく知ることから始めないと対策が思いつかないと質問してみるが、悲しげな北里さんの瞳を見るとすぐに後悔する。

 ここは空気を変えるような明るい話題のほうがよかったのかな…。

「…はい。私は麻子お嬢様の警護兼付き人を幼少の頃から務めておりました」

「今は違うの?」

「入学と同時に解任させられてしまいました」

「…どうして?」 

「わかりません。お嬢様の考えていらっしゃることがまるで。私に至らぬ箇所があるなら仰って頂ければ改善するのに…そもそも私は学園など通わなくてもいいのですが…」

「もしかして進学は南条さんの薦めだったの?」

「はい」

  聞いてしまった以上、何か北里さんの力にならなくては。と必死に考えるけれど、人付き合いの経験値が低い私に上手い助言など簡単には思い浮かばなかった。


「南条さんって、どんな人なの?」

「努力家で南条の名に恥じぬよう精進を絶やさない。それでいて自分の力や地位を驕らない。自分の苦痛を表に出さずいつも笑顔で居られる立派なお方です。…一度訊ねたことがあるのです。どうしていつも笑って居られるのか。普通なら怒ったり泣き出したりしてしまう場面でも、あのお方は気丈に笑っているのです。そうしたら『みんなにも笑っていて欲しいの。まずは私が笑顔でいないと相手に笑ってもらえないでしょう?笑顔ある所に幸せはやってくるものです』と。私が『人は幸せだと笑うのではないのですか?』と問えば『誰かの笑顔で私は幸せになれる。だから相手を幸せにして笑顔にする為に私は笑顔であり続けるのです』そう仰ったのです」

  南条さんについて話す北里さんは慈しむように穏やかな顔をしている。

 誰かを大切に想うと人はこんな表情ができるのか。

「すみません…喋り過ぎました…」

「ううん。素敵な人だね」

「ええ。私が心から尊敬しているお方です」

  初めて見せた北里さんの笑顔はとても可愛らしかった。

 本当に南条さんを大切に想っているのだと伝わってきた。

 任務を共にする北里さんはいつもどこか怖い顔をしている。

 最初は生真面目で冷静な人だからかと思っていたが、きっと本来の彼女は今の笑顔みたいに柔らかい女性らしい人なのだ。

 北里さんがもっと笑えるようにしてあげたいな。


  扉をノックする音が聞こえると北里さんの顔はまたいつもみたいな引き締まったものになった。

 返事をすると南条さんと二人の国営科の男子生徒が部屋に入ってきた。

「お二人ともサイズは平気でしたか?」  

「はい、サイズは問題ないですけど…これって男性の服ですよね?」

 部屋に用意されていたのは国営科の男性用の制服だけだったし、ご丁寧に胸を潰す為のバストホルダーまであったのだから間違えてはいないだろう。

 変装=男装することだとは思ってもいなかったので私は違和感を拭えずに居た。

「ええ、ですからここから仕上げです」

「へ?」

 鏡の前に座らされるとそのまま南条さんは私の髪を手際よくまとめていく。

 どことなく楽しそうな南条さんの横で北里さんも慣れた様子で自身のサラサラのショートヘアをワックスでまとめ上げ凛々しい男装の麗人になっていた。

 横目で北里さんに見惚れているとウィッグを被せられ私もショートカットになった。

 綺麗に整えてもらえば私も見事に外見は男性になれた。

 私の普段している眼鏡と三つ編みのなんちゃって変装に比べたら雲泥の差だ。

「とてもお似合いですわ!」

「うわーすごいや。二人とも別人みたいだね」

「知り合いじゃなきゃ気づかれはしなさそうだな」

「…もしかして古屋君と飛山君なの?」

「そうだよ」

「気づいてなかったのかよ」

 この変装の流れと声で南条さんと一緒に入ってきた男性二人の正体に私はようやく気付いた。

「だって眼鏡が…」

 普段眼鏡を掛けている古屋君が眼鏡を外しているし、飛山君は眼鏡をしている。

 それだけで印象は大分違う。

「僕久しぶりにコンタクトしたけど、やっぱり視界が広くなるねー」

「眼鏡ひとつじゃそんな変わらないだろ」

 古屋君は新鮮なのか嬉しそうに辺りを見回していて、飛山君は眼鏡を鬱陶しそうに外していた。

 髪型も各々変わっていたけどやっぱり眼鏡は効果が大きいよ。と、信じていないと自分の普段の変装にも自信がなくなる。

 私はそのまま眼鏡を掛けさせてもらった。



  やがて夜になり、双星館のホールは国営科の1、2年生で賑わい始めた。

 毎年恒例であるパーティー、表向きは新入生歓迎だが裏の目的は名家同士の親交を深める為らしい。

 ここで将来の有望株とお近づきになり、パイプを作っておこうという魂胆が込められている。まだ生徒であるというのに早くも大人のやり取りを求められる。

 国営科はより倍率が高いので裕福な家庭の子か天才秀才に絞られる上に在籍人数は少数だ。

 任務に出ている生徒や交友に一切興味のない生徒を除いてパーティーの出席人数は100名前後と言ったところだろう。

  ホールを見れば早くも派閥の様にグループに分かれて皆談笑している。

 誰とお近づきになりたいかは一目瞭然だ。そして当然、南条家もお近づきになりたい人に分類される。南条さんの周囲には常に8名程の男性が入れ替わり取り囲んでいた。

  今のところ不審な人物は見かけていない。

 私は南条さんの姿を見失わない程度の距離を取った位置でその様子を見守ることにしていた。

 北里さんが言っていたように南条さんはずっと笑顔で一人一人ときちんと対面して話をしている。お嬢様って大変だな。


「君、そこは通り道で邪魔になるのだが」

「あ、すみません」  

  南条さんに注視するあまり自分の周りに気を配れていなかった。

 それでも他人の邪魔にならないような位置に立っていたはずなんだけど、とりあえず謝罪して顔を上げると相手は鴻君だった。

 変装のお陰で鴻君は私だと気づいていないが思わず顔が引き攣ってしまう。

「なんだ?僕の顔に何かついているのか?」

「い、いえ何も…」

「言いたいことがあるのならハッキリ言ったらいい」

 女だとバレない為にもあまり声を発さないほうがいいと思い言葉を濁したのが逆効果だったようで鴻君の機嫌を損ねてしまう。

 まずい。このままでは立ち去ってくれそうにない。

 この場から逃げ出して南条さんから離れる訳にも行かないし、どうしよう…。


「すまない。俺の友人が君に何かしたかい」

  助け舟を出してくれたのはホールの出入り口で待機していた筈の北里さんだった。

 演技である男口調が様になっているし、声色まで低く出せていて違和感の無い男性としての立ち振る舞いに女性と分かっていても格好いいと見惚れてしまう。

「どうやら君の友人が僕に何か言いたそうだったのでね。訊ねていただけだよ」

「彼は人見知りでね、見知らぬ人と会うと緊張して上手く喋れないんだ。きっと謝りたかったんだ、そうだろう?」

 北里さんに促され素直に頷く。

「ふーん…そうかい。次からは気を付けることだね」

 私をいびることに飽きたのか鴻君はそのまま去って行った。

 鴻君の後姿が人の波に消えたのを見送ると大きなため息が出た。

「ありがとう、北里さん」

「いえ」

「北里さん演技が上手でびっくりしちゃった」

「男役をやるのは初めてではないので」

「でもすごいよ!私ドキッとしたもん」

「私の演技は心臓に悪かったですか?」

「違う違う。格好よかったってことだよ!」

  素直にそう言うと北里さんは頬を赤らめていた。

 照れてるのかな。普段表情をあまり変えない北里さんなので貴重である。


  パーティーは問題なく進んでいき、お開きの時間へと近づいていた。

 そこに一人の生徒がホールに入った途端、その場の生徒全員の視線を集めることとなる。

  学園に通う者なら知らぬ人は居ない、国営科2年、鳥羽悠真。

 生徒会会長であり、国防軍最高司令官のご子息。

 参加者の多くがお近づきになりたい人でもあろう。

 華やかな人でそこに居るだけで場が明るくなるような気がする。

 様々な肩書を背負う人だけど、全てになるほどと納得させられてしまう立ち振る舞いだ。一言で言えば、住む世界が違う人。

 あっという間に沢山の生徒に囲まれていく悠真君に少し目を奪われた数秒だった。

「あれ…?南条さん?」

  会場を素早く見渡すが南条さんの姿が見当たらない。

 北里さんはすぐさま走り出していたので慌てて私もホールを出て行く。

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