頼れる仲間ー1

  アルフィード学園に入学して三週間。

 授業を通して各々の先生方の評価や適性をもとに国防科の1年生は班を組まされ、学園内外から依頼される任務をこなすカリキュラムが始まる。

 1年生の間、ずっと決められた班で任務に当たることになるので授業で組まされるペアやグループよりもドキドキ感がある。

 任務で功績を上げれば、成績はもちろん将来にも影響する。

  卒業後、国防科の生徒の進路先はほとんどが軍だ。

 本格的に軍に配属される際の部署や立ち位置が学生の間の成績を参考にして決められる。いわば将来の命運を左右するのに班員の構成は気になるところだ。


  学園からのメールで僕は第9班に所属という知らせはもらったが、他の班員の名前は一切記載されていなかった。

 そしてメールの末尾には初任務の日時があり、忘れないようすぐさま端末のスケジュールに記憶させたものだ。

 初任務と分からぬ班員。

 ふたつに緊張しつつ任務受付がある事務所"サークルエントランス"に向かった。

 "サークルエントランス"は僕たち学生が請け負う任務の管理をはじめ、学都であるアルフィードでの居住や商売手続処理などを行う、いわゆる役所のような所で島の玄関口に設けられている。

 

 指定された集合場所には見知った顔が居た。

「天沢さん!もしかして9班?」

「うん。よかった、古屋君が一緒なら心強いよ」

 天沢さんは進級の際に行われるクラス替えのような緊張をしていたみたいで僕を見るなりほっとしていた。

 僕の実技は並の下だ。天沢さんのような実力者に心強いと言われるに値しないとは思うが、きっと彼女にとっては見知った人というのが安心の意味で心強いのだろう。


  すると国防科の制服を着た女の子がもう一人、この場にやってきた。

 女の子にしては長身で僕と同じ位…いや、悔しいけど僕のほうが低いだろう。

 スラッとしたスタイルの女の子は僕たちの前で立ち止まると綺麗なお辞儀をする。

「初めまして、北里きたざと鈴音すずねと申します。私も同じ第9班です。これから宜しくお願いします」

「こちらこそ」

「よろしくお願いします」

  落ち着いた物腰で礼儀正しい対応に僕たち二人も思わずかしこまってしまう。

 同じ国防科でも授業中一度も見かけたことがない子だったので違うクラスだ。

 しかし挨拶以外に会話は発展せず、コミュニケーションを積極的にとるようなタイプではないようだ。

 それにしても女の子二人か。僕うまくやっていけるかな…。


  正直な所、女の子は少し苦手だ。

 この二人は僕の苦手とするタイプの女性ではないかもしれないが、それだって引っ張っていくのはおろか積極的な交流をとる自信はない。

どうか、もう一人は男でありますように。

 僕の祈りが通じたのか最後に現れた国防科の生徒は男だった。

「あれ、古屋と天沢。お前ら9班なのか」

「…飛山君も9班?」

「じゃなきゃこねーよ」

「…だよね」

「なんだよ、そんな驚かなくてもいいだろ」


  どういうことだ、この班構成は。

 飛山君と天沢さんの得意分野はもちろん実技だ。

 おまけに飛山君は国防科1年の首席ともくされている。

 北里さんの得意分野はまだ分からないけど、体格や堂々とした立ち振る舞いから見るに北里さんも実技が得意な人だと思われる。そうなるとこの班は超肉体派の班となる。その中に、僕。場違いだろ、確実に。

  飛山君と天沢さんには端から迷惑をかけているし、任務まで足を引っ張りたくない!けどこのメンバーに当てられる任務って…僕は早くも先行きが不安だった。

 みんなは挨拶を済ますと任務の手続きをするべく受付へと向かってしまった。



  僕の不安とは裏腹に、それから与えられた任務に過酷な内容のものはひとつもなかった。

 迷子のペット捜索、人手不足のお店の手伝い、学園の施設内の清掃。

 どれも地道だが激務と呼べるものではなかった。  

 1年生に与えられる任務は主に学都の住民や学園側から寄せられる悩み解決や雑用など学都の中で完了させる事が可能な内容が多い。

 きっと住民には国防科1年生は便利屋。そう思われているに違いない。

 2年生にもなればもっと責任感のあるものや学都外の遠征があるらしいが、1年生は評価が良くない限りそんな大層な任務は回ってこない。

  冷静に考えてみれば僕は恵まれた人たちと班を組めた。

 みんな性格のいい人だし、実力も優れていて任務は常に良い評価を得ていった。

 気になるのは自分が特に何もできていないことくらいだ。

 役に立てていなくて、班員の中で早くも僕の存在意義を見失いだしていた。 

  弱気でいては駄目だ。今度こそは何か僕が居る意味を残さなくては。

 そう意気込んて今日も任務をこなすべくサークルエントランスへと向かう。


「今回の第9班の任務はこちらです」

 いつもにこやかな笑顔で応対する受付の女性が変わらぬ態度で提示した任務は護衛任務だった。

 今までの任務とは異色の内容に僕は眼をこすってしまう。

  概要は南条家の御令嬢、南条なんじょう麻子まこを護衛するものだった。 

 南条は学園内や軍内では知らぬ者は居ない武道の名家だ。

 武道で名を馳せ軍の要職に常に在籍している家系だったのだが、現当主が武具の開発で才を開花させ、今では軍の武具一式が南条家仕様となっている。

 武力で名声や地位を確立していた南条家に財力と武具を作り出す知識が加わり強大な勢力を持つ形になった。

 近年では軍事力の半分近くは南条が支えていると言っても過言ではない状態だった。

 軍内ではその実力や長年の信頼で南条を支持する人は多いが、中にはそれを面白くないと感じている人も居るとか。

 国防科の庶民学生である僕が知る範囲ではここが限界だ。

  実際に軍に在籍でもすればそのパワーバランスを目の当たりにするかもしれないが、現時点では"あのすごい南条家"くらいの認識だ。


「詳細は依頼主から直接お話されるので指定された場所に時間通り赴いてくださいね」

 僕達9班は誰もが少なからず驚いていると言うのに受付の女性は顔色一つ変えず事務的に話を進めていく。

 この人に人間味はないのか。それとも僕らの反応に興味などないのか。

「護衛かー…緊張するね」

 天沢さんがぽそりと自信なさげに呟く。

 僕はとうとうきてしまったかという印象だ。

 これだけ腕の立つメンバーがいるのだ。

 いつかはこのような任務が来ると思ってはいたが、予想より早すぎる。 

  任務を数回共にしただけだったが、北里さんはキレがあり、動きに無駄が少なく効率的な人だった。

 周りをよく見ていて些細な違いに気づける勘の良さも持ち合わせていて護衛などまさに打ってつけの人だ。

 おまけに全員で走る場面があったけど、それだって班員の中で僕が一番遅かった。頑張らねば。


  ところがいつも冷静な北里さんなのだけれど今回はなんだか様子がおかしい。

 感情をあまり表に出す人ではないけれど、どこか険しい気がした。

「北里さん、大丈夫?」

 気になって声を掛けてみたが、本人は心配されるとは思っていなかったらしく不思議そうにこちらを見てきた。

「あ、いや。なんか難しい顔してたからさ。何かあったのかなって」

「いえ…大したことでは。お気になさらず」

 北里さんは僕らにあまり心を開いていないようで一線を置かれていた。

 一年間同じ班なのだから少しは信頼関係を築きたいのだが、なかなかに難しそうだ。



  学都内にある大きな館、双星館そうせいかん

 そこは学園やお金持ちが晩餐会や舞踏会などを行う社交場となっている。  

 しかし学園が双星館を利用するのは軍の要人をパーティーで迎え入れる場合か他国の客人をもてなす時で、後者が交友を深める為に双星館を利用するのが大半を占める。


  平日の今宵も国営科の新入生歓迎パーティーが催される。

 僕達に護衛の任務が依頼されるなんて、ただ楽しいだけの歓迎会ではないのだろうか。

 双星館の指定された個室を訪れると制服姿の女性が優雅に紅茶を飲んでいた。

 彼女こそ僕らが今回護衛することになる御令嬢、南条麻子その人だ。

「依頼を受け、本日護衛を担当させていただく国防科1年第9班です」

  リーダーの飛山君がかしこまった言い方で先頭をきってくれる。

 僕ら第9班のリーダーを決める際、誰もが立候補せず黙り込む場面があった。

 結局推薦で決める形となり三人の推薦で飛山君が務めてくれている。

「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですわ。同じアルフィード学園の1年生ですもの。学友として接していただけるとこちらも嬉しいです」

  国営科の特にお家柄が良い部類に入る人はどうにも高圧的な人が多い。

 僕はどんな我儘お嬢様か高飛車お嬢様なのかと内心恐れていたのだが、この人はまるで正反対。

 柔らかい雰囲気でとても温かい、まるで教会のシスターみたいな人だと思えた。

 国営科でもこんな人が居るんだなと、つい鴻君が比較で脳裏を過ぎってしまった。


「護衛と言ってもそんな大袈裟なものではないのです。ただ、いたずらめいた手紙がきたものですから一応念には念をということですの」

 そう言って出された手紙にはとんでもない内容が書かれていた。

『今宵、双星館にて南条家御令嬢の命を戴きに参る』 

「立派な殺人予告じゃないですか!?」

「あら、ここは学都であり軍都でもある。そんな場所のそれも腕のたつ生徒が集まる中、殺人なんてリスキーすぎるとは思いませんか?」

「…それは…」

「学園や警察には通報したのか?」

「しませんわ。そんな手間を取らせる事案じゃありませんし」

「手間じゃないですよ!命が狙われてるんですよね!?」

  顔色一つ変えず平静な彼女に僕のほうが動揺してしまっている。

 そりゃ命が狙われている人の護衛など学生のそれも1年生の僕らに回ってくるわけない。

 任務依頼時にその件は伏せたに違いない。それにしても命がかかっているのにそんな裕著でいいのか。


「自身の面倒は自身で解決する。それが南条家の家訓なもので」

「天下の南条家に喧嘩売るなんてこの犯人もなかなか肝がすわってはいるよな」

「売られた喧嘩も買いますわ」

 南条さんは微笑みを絶やさず穏やかで僕はやはりこの人もただの可愛いお嬢様ではないと察した。

「大事にはしたくないが、それでも俺達を雇った。俺達に何して欲しいんだよ」

「飛山君は利発な方ですね」

「貴族特有の遠回しな会話が好きじゃないだけだ」

「では早速本題をお話しますね。皆さんには、もし万が一犯行が実行に移された場合、パーティーの参加者にご迷惑が掛からないようにしていただきたいのです。安全の確保は勿論なのですが、できれば誰にも気づかれないでください」

「"できれば"じゃなく"確実に"の間違いじゃないのか」

「そう解釈していただいても構いませんわ」

  おいおい。急に難易度が上がりすぎやしないか。

 飛山君はどんどん切りこむし、南条さんは変わらずニコニコ笑顔で話す。


「ただその万が一が起きた場合、あんたの安全確保が第一だ。傍に一人は置かせてもらうぞ」

「そうですね。ではその役は天沢さんにお願いしましょう」

「わ、私ですか!?」

 この部屋に入ってから一度も言葉を発していなかった天沢さんは突然の指名に驚き声が裏返っていた。

「ええ。傍に居て頂く方は同性のほうが都合が良いですし、何より心強いです。よろしいですか?」

「は、はい…頑張ります」

 天沢さん完全に南条さんのペースに流されている。


「お三方にはパーティーが行われるホール、館内、館外をそれぞれ見回りしていただけると助かりますわ。細かいやり方はそちらにお任せします」

「了解。それでいいぜ。じゃあ北里がホール、古屋が内、俺が外な」

「へ!?」

 話が速く進み過ぎて状況の把握が追い付かない僕が今度は間抜けな声を出してしまう。

「なんだよ、嫌だったか?」

「そうじゃないけど…」

「パーティー中は人が大勢居る。僅かな違和感を見つけるなら観察眼のある北里が適任。外は速く動ける奴のほうが何かあったら抹消しやすいだろ、中は言い訳上手い奴のほうが良い。お前頭良いんだからそれ位簡単だろ?後は戦力的にもこの配置がバランス良い。後は各々が最善の注意を払って警備する。これでいいか?」

「ええ。お早い判断で素晴らしいですわ」 

「決まりだな」

  お早い判断はいいのだけど、ツッコみたい所がいっぱいある!

 一番気になってはいたのは、いくら本人が学友としてとは言ったとはいえ相手は依頼主。

 飛山君はフランクな対応に成り過ぎじゃないか?後で苦情がきたりはしないだろうか。


「それでは着替えをお願いしたいのでわたくしに付いて来てください」

「…まさか変装しろってのか?」

「ご明察ですわ」

 飛山君は渋々と、僕と天沢さんは促されるままに部屋を出ていく。

「……私一人じゃご不満でしたか?」

 扉を開けて全員が退室するのを待っていた南条さんの目の前に北里さんが立つと、北里さんらしくない少し取り乱した様子で声をかけていた。 

「何故そのように捉えるのですか?わたくしは貴女の働きに不満を感じたことはありませんわ」

「ではどうして学園に護衛任務など依頼されたのです。今まで通り直接私に仰っていただければ…!」

「鈴音。貴女は今、わたくしの付き人ではなくアルフィード学園の一生徒です。自覚なさい」

「っ…失礼致しました」

「さあ、参りましょう」

  どうやら二人は知り合いだったみたいだ。

 訳アリみたいだけど、北里さんが元気のない原因は南条さんにあったのかな。 

 気にはなったが、事情を聞く前に変装をすべく北里さんと天沢さんとは別れてしまった。

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