新たなる飛び立ち-6

  とうとうペア飛行の実技試験がやってきた。

 天沢さんとの練習後は墜落しなくなったし、確実に前よりは上手く飛べるようになった。

 あれからも毎日天沢さんと飛行の練習を重ねたがそれでも正直鴻君よりも良いスコアを取る自信は無かった。

 僕らと鴻君の勝負はクラス皆の周知になっていて、やたら注目を浴びる中で飛ぶことになってしまった。

 先に飛行を終えた鴻君のペアはやはり好成績を収め現時点で3位だった。

「また3位か。残念だなー。それでも、完走すら難しい君達には難しいスコアかな?」

 鴻君は戻り際に順番待ちをしている僕らに挑発を忘れない。

「先週の私達とは違うんだから」

 僕は今までの人生に感じたことのないプレッシャーに飲まれそうだった。

 入試とは違う。天沢さんの重荷にならないように、絶対負けたくないし、負けられない。

 そんな考えをぐるぐるとしていたら、とうとう僕らの順番が回って来た。

「大丈夫だよ、練習通り飛ぼう」

 僕が緊張しているのが分かったのだろう、天沢さんは気を使って励ましてくれる。

 力強い返答のひとつくらいしたかったのに、余裕がなくて頷くので精一杯だった。

 僕らは並んで発進態勢を取る。

 あんなに練習したんだ、今度こそ完走してみせる!


『――3、2、1、GO!』  

  先生の合図とともに飛び出す。

 やはり天沢さんは反応がよく僕よりも前を飛んでいた。

 そして次第に距離が生まれ離されていく。

 並べずとも置いて行かれないようにしなくては。

 速度を出して、そのためには角度ももう少しつけて上昇して…。

  その時だった、また制御が上手く行かなくなり始めるのを感じた。

 まずい、最初のペア飛行と同じだ。このままではまた墜ちてしまう。

 焦るほどに速度は上昇し、コントロールを失いそうになる。

 天沢さんが僕の異常に気付いたのだろう、急いで目の前にやってきて僕の手を取る。 

「古屋君!一旦考えるのを止めよ!頭空っぽにして!」

「だって、考えなきゃ飛べないよ!」

 操縦者の思考を読み取って運転するのに、考えるのを止めるなんて自滅行為だ。

 いくら練習の時に考えすぎないようにして成功したとはいえ、全く何も考えずに飛んだわけではない。

 天沢さんのとんでもない発言が僕には訳が分からなかった。

「お願い、私を信じて。何も考えずに身体を楽にして!」

  今まで散々天沢さんには迷惑をかけた。

 その天沢さんが言うのだ、今ですら迷惑をかけているのだから彼女の言う通り従おう。 

 シールドの画面に映る真剣な眼差しに押され、頷く。


  目を閉じて深呼吸すると次第に体がふわっと軽くなり、ターボの出力振動を感じなくなる。

 僕のW3Aが動きを停止したのだろう。それなのに風を切る感覚が伝わってくる。

 すっと目を開けると眼前には青空が広がっていた。

「どう、気持ちいいでしょう?」

 隣には僕の手をとって並行して飛び、微笑んでいる天沢さんが居た。

「うん!」 

「計算とかしなくたって飛べるんだよ。あの場所まで飛びたいってそれだけで大丈夫」

「そう、なのかな」

「そうだよ!行こう!」

  もう一度飛行する、そう意識するとW3Aは再び動き出した。

 僕のW3Aが再起動したのを見て手をそっと離される、途端にバランスを軽く崩してしまう。

 だけど軽やかに前を飛んでいく天沢さんに追いつきたい、それだけを望むと置いて行かれることもなく、加速して暴走することもなく安定して飛べている。

  僕は教科書を何度も読み込んでマニュアルの飛び方を覚えた。

 角度や速度調節、風向きを計算し目的地への最短到達にはどうすればいいかを必死に考えた。

 けどそれを忠実にしなくてもこんなに心地良く飛べるんだ。

 その事実が僕の体も心も急に軽くしてくれた。

 どんどん飛ぶことが楽しくなっていく。

  やがて速度をセーブしてくれていた天沢さんに後れをとることも無く並行して飛んで行けた。

 その後は問題なくチェックポイントも練習通りにクリアしていき無事に完走できた。初めて授業での完走に僕は地に足を着けた瞬間達成感に満たされた。    


「始めはどうなる事かと思ったが、鳥が飛んでいるように綺麗な飛行だった。頑張ったな、古屋」

  離着陸地点で成績をつけている先生の言葉が素直に嬉しくてにやけるのが我慢できなかった。

  隣の天沢さんを見るとタイムや順位が表示される電光掲示板をじっと見ていた。

 そうだ、僕達は鴻君と勝負をしていたんだ。

 鴻君ペアの成績は完走タイムが5分03秒、点数が760点、順位は3位だ。どうやら相方とのチェックポイント通過の連携が上手くとれなかったようで前回と同じ順位ではあるがタイムと点数の成績を落としている。

 それでも十分に上位勢だ。僕らはその上を取らなくてはならない。

 喜びも束の間、僕らの成績が表示されるのを息を飲んで見守る。

 やがて電光掲示板の光が動き始める。

 僕らの完走タイムは7分15秒。これはクラスの中でも遅い方に入るタイムだ。

 駄目だった…天沢さんになんて謝ればいいかと必死に考え始める。

 天沢さんは飛山君との勝負で見せた飛行をすれば確実に1位争いができる実力なのに。

 完全に僕のせいだ。落ち込む傍から急に横から腕を強く引かれる。

 驚いて天沢さんを見ると、とても興奮した様子で僕を見ていた。


「やったね!古屋君、やったよ!」

  意味が分からなくて天沢さんが指さす掲示板を再び見上げる。

 すると僕らの成績が驚くべき位置に記載されているではないか。

 天沢・古屋ペア、完走タイム7分15秒、得点880点。

 鴻君達の上、左隅の順位を表す数字は3となっている、それはつまり…。

「3位…?僕達が…?」

「そうだよ!3位だよ!おめでとう!」

「おめでとうって…天沢さんのおかげじゃないか。僕は何も…」

「どうして?古屋君が頑張ったからとれた順位だよ!私一人じゃ取れない立派な順位だよ!」

 あまり大きなリアクションはしない天沢さんにしては珍しいとても喜んだ姿に僕も次第に嬉しさが込み上げてくる。

  そうか、僕は飛べたんだ。僕にもできたんだ…!

 どうやら序盤に僕がコントロールを失った箇所で大きく減点してしまったものの、以降は減点無しで完走できた事が勝因みたいだ。

 純粋なスピード勝負なら惨敗だけど、1年生はとにかく安定した飛行技術を重点に評価してくれる。そのおかげで3位をもらえた。本当によかった。

「おめでとう。気持ちよかっただろ?ごちゃごちゃ考えずに飛ぶの」

「うん、すごく楽しかった!」

 そう、マニュアル通りの飛行とか鴻君との勝負とかいつしか忘れて夢中になって飛んでいた。

 ただただあの時間は楽しかった。僕はW3Aで飛ぶのが好きなんだ。

 飛山君は僕の回答に「だろ?」と無邪気に笑ってくれた。

「やれば出来るじゃん、おめでとう」

「ありがとう二人とも」

 僕らのことを気にかけてくれた飛山君、東雲さんがお祝いの言葉をかけてくれると、周りに居た生徒も何人か拍手で祝福してくれた。

 遠くで鴻君が心底不服そうな顔を浮かべているのが目に入ったが、今僕はアルフィードに入学してようやく手に入れた達成感で胸がいっぱいだった。

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