新たなる飛び立ち-5

「あっはははは!」

  授業終了後、飛行訓練場に生徒が居なくなると大声で笑い出した東雲さん。

 僕は馬鹿にでもされるのかと思わず身構えるがすぐに天沢さんが少し拗ねたそぶりを見せたので、自分に向けられた嘲笑ではないのかと首を傾げてしまう。

「もう東雲さんったら何が可笑しいのよ」

「いやーやっぱり千沙は期待を裏切らないなーと思って。もう私あの場で笑い堪えるの必死だったんだから」

 立っていられない程可笑しかったのか東雲さんは近くの壁にもたれかかった。

「私は真剣なのに失礼しちゃう」

「だって失格だった奴がスコア3位の奴に喧嘩ふっかけてるんだよ!?これが笑わずにいられるかっての」

「確かにさっきは失格だったけど、次はうまくいくんだから!」

「どこからその自信は出てくるのさ、本当面白いねー」

  僕から言わせれば、僕みたいな落ちこぼれをこんなに信じてくれる天沢さんも変わっているが、それを大爆笑する東雲さんも充分変だと思う。もちろん口には出せないけど。


「だって古屋君きちんと飛べるもの!昨日も放課後飛んでたよね?」

「どうしてそれを…」

 先生に頼み込んで僕は放課後に"W3A"を借りて練習をしていた。

 こっそり練習してるのに授業では飛べてないなど情けなくて練習の事は誰にも言っていない。それが知られていたとなると授業でまともに飛べない事実が余計に恥ずかしくなる。

「ふうん。じゃあ全く飛べない訳ではないんだ」

「今日もこれから練習するんだよね?私も一緒に練習するよ!」

 本当は一人で練習したい気持ちもあったが、天沢さんの心からの善意が伝わってきたので素直に受け入れた。

 今日は先程の授業が最後だったのですぐに練習を始める。  


      

「いやー見事な安全運転、教科書みたい」

 僕の飛行を見た東雲さんの第一声の感想がそれだった。

 授業と違い集中力が増すのかコースの完走は果たせたし、自分としてはまともに飛べていない授業よりは随分マシだと思う。

 たしかに同時に飛び出した天沢さんよりゴールが遅かったもののそれなりに速度も出せていたはずだ。

 しかし東雲さんのニュアンスはとても褒めているようには聞こえなかった。

「付け加えるなら面白くない」

 さらにこの追い打ちである。

 華やかな演舞飛行に憧れている自分としては言われたくない言葉である。

「今のままだと鴻どころかクラスの半分に食い込むのがやっとって感じね」

 それはスコアの時点でも明確である。

 僕は今全力で飛んだ。それでもクラスの中間のスコアしか出せないのだ。

 あと一週間で僕は鴻君より正確に速く飛べるのだろうか。

 手にしているヘルメットのシールドに映る自分は覇気の無い顔をしていた。

「すごく正確な飛び方だよ、慎重でいいと思うんだけどな」

「そうそう。言い方変えればビビり。ま、正確さだけなら3位は夢じゃないかもねー」

「うーん…どうしたら正確さを保ったまま速く飛べるかな…」

 天沢さんはヘルメットを脱ぐ事もせず真剣に悩み続けていた。

 こんなに僕の為に考えてくれる人がいるのに僕が諦めてどうするんだ。

 自分を奮い立たせる。僕も考えるんだ、今よりもスコアを高くする、速く飛ぶ方法を…。


「…先客が居たか」

「お、スコア1位君じゃないか」 

 プロテクトスーツ姿の飛山君がやってきた。

 どうやら学年首席の彼も練習をするようだ。

「東雲、その呼び方止めろ…時間変えてまた来る」

「待って!ねえ飛山君。その、上手く飛ぶコツってないかな?」

  成績が優秀な彼とは一度もまともに会話した事がなかったけど、気にしている場合ではない。

 少しでも上手くなる方法があるなら知りたいと思い切って話しかける。

「コツ?W3Aは脳の伝達信号を駆使しているからな…コツなんて個人の感覚で変わるんじゃないか?俺より自分の相方に聞いてみたらどうだ?」

 僕は飛山君に言われてそのまま天沢さんに視線を動かすがまだ天沢さんは唸っていた。

「コツー…それが分かれば苦労しないんだよな…私の飛ぶ感覚なんてビューンって行ってスウーみたいな感じで…」

 なるほど、天沢さんは考えるよりも感じるままな直感型の人のようだ。


「お前、天沢か」

「はい、天沢です」

 ヘルメットを被ったままだったので誰か判別できなかったのだろう飛山君は少し驚いた後に何か思いついたようで笑みを浮かべた。

「なあ天沢。俺と勝負しようぜ」

「え!?なんで急に?」

「天沢が勝ったらコツを教えてやるよ」

「本当に!?」

「それと、全力で飛んでくれ。俺は本気のお前と勝負してみたい」

 飛山君の真剣な眼差しに戸惑った様子の天沢さんだったが少し考えた末、力強く頷いた。

「……分かった。全力を出す」

 急な飛山君の提案に驚きつつも二人は飛行すべく準備態勢に入る。

「コースは今日の授業と同じ、勝敗は速くゴールできたほうが勝ち。飛行精度とかのポイントもチェックポイントの通過も一切無しの純粋なスピード勝負だ」

「わかった」

  どうして飛山君は天沢さんと勝負したかったのだろうか。

 授業での天沢さんの"W3A"の成績は良くも悪くもない、中くらいだ。

 けれど彼は「全力で飛んでくれ」と要求した。

 天沢さんは授業では本気で飛んでいない、ということなのだろうか。


  発進態勢に入った二人の顔色はヘルメットのせいで窺えないが、緊張感が伝わってくる。

 僕は目の前で始まる勝負の行方がどうなるか想像もできずにスタートの合図を切る。              

「それじゃあ…いきます――3、2、1、GO!!」


     *

              

  離陸は快調。スピードにも順調に乗れた。

 普段の俺なら後方を突放しにかかる所だ。

  ところが天沢との距離は詰められる一方だった。

 俺がスタートダッシュで広げた差など物ともせず天沢はぐんぐん速度を上げてくる。

 面白い、こうでなくては。俺はもう一段階スピードを上げる。


  速度は上げれば上げる程、コントロールが難しくなる。

 本来"WingAutomaticAssistArmar"は人命救助の名目で開発された機械だ。

 その為、綺麗さや連携を大事にする"W3A"の演舞飛行では速度はあまり重要視されないし、授業でも安全性を優先とするので1年生が必要以上の速度を出せば講師に警告される。

 安全飛行を確実に習得したとされる者が速度を磨き始めるものだが、しかしそれも一部の人間だ。

 "W3A"でのレースに出る者、的確で素早い動きを求められる軍の"W3A"特務部隊、あとはスピードを出して飛行するのが好きな者。

 俺はもちろん最後に当てはまるわけだが、今俺が出している速度は確実に警告されるレベルだ。それに天沢はついて来ている。

  授業での飛行に必死さや迷いはなく、余裕すら感じられた。

 天沢の飛行を見て、手を抜いてるんじゃないか?俺はそんな疑念を抱いた。

 どうやら俺の眼は狂っていなかったようだが、予想以上でもあって少し驚いている。

  天沢は未だに俺の後ろをピタリと着けてくる。

 ずっと直進で飛んでいたがそろそろ障害が現れる。

 正攻法であるならば、少し減速し緩やかにカーブして飛ぶ。

 けど俺は減速をするつもりはない、このまま突っ切ってやる。

 この学園に来てようやく楽しめそうな奴を見つけたんだ。

 ガッカリさせないでくれよ。

 

   *

   

  嘘!?減速しない!? 

 前を行く飛山君に引き離されないように飛んでいたがコースはS字の連続コーナーに差し掛かる。

 それなのに飛山君が速度を落とす様子は全く見られない。

 目の前を棒状の障害が宙に浮いていて、それを縫うように飛ばなくてはならないのだが、大きく旋回してしまえばタイムロスになる。

  飛山君は大きく旋回する事もなく、小回りを効かせて素早く飛んでいく。

 少し乱暴ではあったが、とにかく速い飛行だ。

 距離を離されない為にも同じかそれ以上にの速度で飛行を続けなくては。


  こんなにスピードを出すのは二年振りだ。

 嫌でも忘れたい記憶も思い出しそうになるが、そこを堪えて私は飛行の感覚だけを取り戻そうと深呼吸をする。

 今は目の前の勝負に集中するんだ。

 コーナーの時は接触も避けたかったし、最短距離でのスピード勝負に持ち込みたかったので飛山君の後ろにピタリとつける着けることに徹底した。

 これで少しでもプレッシャーをかけられていられればいいのだけど。


  連続コーナーを抜けた先には折り返しのコーナーがある。抜かすならここだ。

 私はそう決め込んで最後のS字コーナーを曲がった所から直線でスピードを思い切り上げる。

 折り返しの目印である大きなカラーコーン手前で何とか飛山君を振り切り、コーナーのインをついて全速力で曲がる。

 引き離したいところなのだが、そう上手くは行かず今度は飛山君に後ろをマークされる形になった。


  最後の障害はアップダウンウォールだ。

 二つの高い壁を飛び越えるもので、授業だと壁と壁の間にチェックポイントが設けられているので、一度降下する必要性がある。だけど、今回の勝負ではチェックポイントは無視だ。となると二つの壁を一気に飛び越えるのが最短ルートと言えるだろう。降下しないならば減速はいらない、迷わずに上昇を始める。


  今度は飛山君が勝負をしかけてきた。

 壁の頂上ギリギリで飛ぶ、クラッシュを恐れない飛行をしたのだ。

 私は勢いあまって壁よりも少し上を飛んでいたせいで抜かされてしまった。

  ここから先は障害が何もない直線だ。

 このままでは負けてしまう、私は危険を承知で速度を更に上げる。

 どうにか横並びに持ち込む。もう少しでゴールだ!

 古屋君の為にも勝って、"W3A"の飛行のコツを教えて貰いたい。

  しかし私は勝負に夢中で肝心な事を忘れてしまっていた。

 二人の待つゴールに無我夢中で飛び込む。いや、正確には私だけ転がり込んだ。


「わあああああ!」

 そう、私はブレーキするという事を一切考えていなかったのだ。

 慌ててブレーキを試みるも猛スピードを出していたせいでそんな急な指示に"W3A"が対応できるわけもなく、綺麗な着陸はもちろん、踏みとどまることも出来ずに私は落石みたいに転がり込む形で、古屋君と東雲さんの間を通り抜けた。

「…大丈夫か?」

 私と同じ位にスピードを出していたはずの飛山君だが、急ブレーキを華麗に決めてそのまま私の所まで駆け寄ってきた。

「へ、平気…ちょっと頭がくらくらするけど…」

 防護性能の高いプロテクトスーツと頑丈な飛行鎧のおかげで幸い怪我は一切していないようだ。

「あれだけ上手く飛べてなんでブレーキ忘れるんだよ、変な奴だな…立てるか?」

「なんとか…あ、どっちが勝ったの?」

「ちょっと待って、今映すから」

  飛山君の手を借りてふらふらしながらもなんとか立ち上がる。

 近くのモニターで東雲さんがゴール直前の映像をスロー再生していた。


     *


  ―――す、すごい!

 僕は二人の飛行する姿を見て終始、尊敬や圧倒といった感情に頭をいっぱいにされていた。

 同級生であんなに速く飛べるんだ!

 "W3A"を使ったレースが公式であるけれど、それは本当に上手く飛べる技術が伴った人しかできないのだ。

 レベルが高いと言い切れる程に二人の飛行は速く迫力があった。

 僕もあんなに上手く飛べたら…と自然と胸が熱くなるのを感じだ。

  勝負は接戦で、肉眼では勝敗が判断できなかった。

 スロー再生されている画面を僕らは息を呑んで見守る。

 僅差ではあるが飛山君のほうが頭一つ分先にゴールしていた。


「あー…負けちゃった」

「けど、あと少しコースが長かったら俺が負けてたな、最後天沢のほうが速度出てたし」

 飛山君は映像を見届けるとヘルメットを外し、勝ったのに少し悔しそうに笑っていた。

 天沢さんもヘルメットを外すと僕に向かって頭を下げた。

「ごめんね、勝てなかった」

「天沢さんが謝ることなんてないよ!むしろすごい勝負が見られて僕ちょっと感動してる!すごいよ二人とも!」    

「そう?」

「うん!もう軍の人と大差ないテクニックだよ!」

  僕はこんなに上手な人とペアなのか。

 嬉しい反面、プレッシャーが襲い掛かって来る。

  天沢さんは謙遜しているが、確実に1年生、いや軍人を交えても遜色ない技術なのは間違いない。それを飛山君は見抜いたからこそ天沢さんと勝負したのだろう。

 僕は天沢さんと比べればお荷物でしかない。


「サンキュ。全力勝負に応じてくれて。久々に本気出した」

「そういえば飛山君が勝った時の条件を聞いてないね。私は何したらいい?」

「そうだな…じゃあ勝負とか模擬試合で俺とあたることがあったら全力で相手してくれ。授業中でもだ」

「うーん…分かった、約束する」  

「じゃ、俺は帰る。練習頑張れよ」

「でも飛山君も練習にきたんじゃ…」

「いいよ、今日は譲る。一回飛ばさせてもらったしな」

  すると飛山君は僕に歩み寄り、肩に手を置いてきた。

 思わず緊張して背筋がピーンと伸びた。

「古屋、W3Aは理屈より気持ちで飛ぶもんだ。お前の真面目さが裏目に出てるよ」

 飛山君はそう一言告げるとそのまま爽やかに去って行ってしまった。

「理屈よりも気持ち…か」

  どういう意味だろう。教科書通りでは駄目ということか?

 僕に足りないものって一体…。せっかくヒントをくれたのに僕には飛山君の意図が分からなかった。


「なるほど!理屈より気持ちね!古屋君、飛ぼう!」

 何かをひらめいた天沢さんは再び飛び出してしまう。

「え!?ちょっと、待ってよ!」  

  僕も慌てて飛び出すが天沢さんは結構なスピードで上空を舞い上がって行くのでなかなか追い付けない。

 必死に角度や速度を計算していくが上手く飛べない。

  すると天沢さんはいきなり急降下してきた。僕は驚いて飛行を急停止させる。

 天沢さんは苦も無く僕の寸前で急ブレーキし、いきなり眼前で手を思い切り叩く。

 全てが突然すぎて思考が追い付かず、挙句大きな音で驚き頭が一瞬で真っ白になる。


「ほら!墜ちない!」

「え?…あ、本当だ!?」

  たしかに自身で何も意識していないのに僕は墜ちずに宙を浮いている。

 僕は常に飛ぶ時は飛び方を考えていた、それなのに何も考えていない今も飛べている。不思議な感覚だ。

「難しく考えることないんだよ。どう飛んでいたいか、それは意外と深く考えなくても無意識のうちに実行できる。だって私達歩く時にこう歩こう、足を動かそうなんてずっと考えたりしないでしょ?きっとそれと一緒だよ!」     

「なるほど…そういう考え方か…」

  教科書にはそんな事一切記載されてはいなかったが、現にこうして墜ちずに飛べているのだ。

 天沢さんの発想に一理あるのかもしれない。

「まず私についてくることだけを考えて飛んでみて!」

「う、うん」


  最初はゆっくりと、次第にお互いの速度を上げていくが制御不能にもならず安定して飛べている。

 空を旋回しているだけだが心地好く、僕には確かな達成感があった。

 僕は今、空を飛んでいる。初めてそう実感できた。

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