新たなる飛び立ち-3


  あのまま騒ぎになってしまえば自分の存在が入学早々悪目立ちしてしまう。

 それだけは避けたくて咄嗟に姿を隠せ、尚且つ逃げきれそうな壁を飛び越えたはいいが、壁の向こうに人が居るのは予想していなかった。

 しかも運悪く私が着地するであろう地点に生徒が立っておりこのままでは衝突確定だ。

  頭上からの物音に反応したのか壁に背を向けていた男子生徒は振り返り私の姿を見つけると声は上げなかったものの目を見開き驚いていた。

  今更退いてとお願いしても間に合わない、申し訳なく思いつつ彼を踏み台にしてもう一跳びして地面への着地を試みようとする。

 この角度では足で踏み切るのは難しい、彼の肩を借りて手の力で身体を捻り上げて飛ぶ。

 急いで判断し頭でイメージし、いざ実行に移そうと手を伸ばす。

  すると動けないと思っていた生徒は避けようとするどころか私と同じ様に手を伸ばしてきた。そしてその手で私の伸ばしていた手の手首を掴むと私を引き寄せ、抱き上げる状態にして受け止めた。

  予想外の展開に思わず呆然と生徒の顔を見上げた。

 この人反射神経いいな。それに細身だけど見た目よりも身体つきもしっかりしてる。国防科の人はみんなそんなに反応良いのかな。


「…どうした、頭でも打ったか?」

  男子生徒の戸惑いの言葉で我に返る。

 慌てて彼の腕から降り、数歩後退る。

「わああああああごめんなさい!お怪我はありませんか!?」

「平気だ」

「そ、そうですか!良かったです」

「佳祐、ここは男が女性を心配してあげるべきだろう?」

  前方に居たふわふわの髪の毛の男子生徒が歩み寄ってきた。

 先ほど映像で挨拶していた生徒会長だ。

 受け止めてくれた人は国防科の制服を着ており2年生だと思えた。

「2m以上ある壁を飛び越えてきたんだ、それだけの力があるなら平気だろう。それに俺が居なければ難なく着地できたはずだ」

  この人の言う通り確かに着地できる自信はあったけど、よく女の私にできると一目で判断できたものだ。

 目が良いのか、それとも経験上からの推測かな。


「それでも気遣うのが紳士ってものだよ。大丈夫?」

「あ、はい。上手く受け止めていただいたおかげで何ともないです」

「なら良かった。入学初日から怪我なんて嫌だからね」

  ふんわりと笑いかけてくる悠真君は外見も口調も品がある。

 私は生徒会長である彼とは顔見知りなのだが、先輩後輩の関係になって人前でどう接したら良いかいまいち掴めずにいる。

 ひとまず私が後輩なのだから先輩である彼をたてねばいけないとは思っている。

「そうですね、以後気を付けます…あの、本当にすみませんでした」

  一方、隣に立つ先輩はあまり私に視線を合わそうとはしなかった。

 しっかりとお辞儀し再度謝罪するが短く「ああ」と言われて終わった。

 本当はとても怒っているのかもしれない。


「佳祐はいつも気難しい顔をしているけど怒っているわけじゃないから大丈夫だよ」

「気難しい顔をしているつもりもないが…」

「だったら笑顔のひとつ見せて、彼女を安心させてあげなよ」

「会長ー!入学式間もなくですよ!そろそろスタンバイお願いします!」

「分かった、すぐ行くよ!」

  奥にある入学式の会場付近からの生徒の呼びかけに軽やかに答える悠真君。

 目の前に会場なんて、実は近道を私はしていたのか。


「では、私は失礼します」

「そうだ、一応会長として一言。あまり危険な近道はお勧めしない、怪我の元だからね。楽しい学園生活を送るんだよ」

「気を付けます」

  どうやら私が壁を飛び越えたのを入学式会場への近道をしたと勘違いしてくれたようだ。それは有難い話なので否定はせず、そのまま目の前に見える大きなドーム型の会場に向かって歩き出す。

「…無茶はほどほどにしておけよ」 

  国防科の先輩の横を通り過ぎる時にそう小さな声が聞こえ、頭に手をポンと柔らかく置かれた。

 振り返ったが先輩はこちらを見ていなかったので表情までは分からなかったけど、この人は優しい人なんだなとその行動ひとつで染み渡った。

 もう一度二人の先輩にお辞儀をして早足で会場へと向かった。


  どうして誰も止めないのだろうか?

 先ほどの一方的な暴力未遂を思い出して私は心がもやもやした。

 国営科の彼の態度も気分のいいものではなかったが、それを見ていた周囲もだ。

 なんで見て見ぬ振りをするのだろうか。誰もおかしいとは思わないのかな。

  学園では大人しく過ごすと決めていたのに、身体が勝手に動いてしまった。

 ここは将来は国の中心を担う人達が集う学園なんて言うからどれだけすごい人で溢れてるのかと思っていたけれど。

  どんな場所でもやっぱり人を見下す人は居るんだな。

 私は自分を最初の姿に戻すべく髪を三つ編みに編み込み眼鏡をかける。

 これで本当の私を隠せる気がして。

 結っていた髪を解き、眼鏡を外していたおかげか入学式前の騒ぎは私だと誰にも気づかれていない。

  今度こそ、私の穏やかな学園生活は始まるのだ。

 もう目立つことはしないと再び固く決意する。  



  郊外に学園があるので、自宅から学園に通うのは苦労が伴うので生徒全員が寮生活を送ることになる。原則1年生は誰かと相部屋。

 2年生になると国営科は一人一部屋を与えられるが、国防科は引き続き相部屋となっている。他人との共同生活を送ることで自主性や協調性を養う為に相部屋を一年は経験させるのだとか。

  私は自分の相部屋となる相手が誰かをまだ把握していない。

 入学式後の手続きで部屋番号と相部屋相手の名前は聞いてはいるが、ホームルームにも入学式中にもまともに誰とも会話していない私に知る由はないのだ。

 普通はそのあたりで友達が出来たり、相部屋の相手を知ったりするみたいだけど、騒ぎの正体に気づかれることを恐れてひたすら大人しくなることに徹してしまった。

 それ以上に"初めての学校"で私はどうしたらいいか分からなかっただけなんだけど。同級生に最初はなんと話しかければいいのだろうか。こんな事ならその方法も美奈子さんか悠真君に聞いておけばよかった。


  気持ちを切り替えて、まずは一年間生活を共にする人とは良好な関係を築きたいよね。決意を新たに辿り着いた自分の部屋の鍵を開けて中へと入る。既に人が居るようで明かりが点いていた。

  緊張しながら進むとすぐに椅子に座っている制服姿の女生徒を見つける。

 彼女は机に向かってコンピューターを操作しているようだった。

 私と彼女の私物であろう段ボールが二箱、未開封のまま床に置いてある。

 着替えもせず、先に届いているはずの荷物に手も付けず何をしているのだろうか。


「初めまして、天沢あまさわ千沙ちさです。今日からルームメイトとしてよろしくお願いします」

  不思議に思いつつも挨拶をしたが彼女は返答どころかこちらを振り向こうともしない。

 …聞こえてないのかな?

 仕方なく近くまで歩み寄ってみると彼女は真剣な眼差しで画面を見ていた。

 すごい集中力だな、と感心しつつ視線の先を改めて見ると私には理解できそうもないものすごい量の数字や文字が羅列され、彼女が指でキーボードを打ち込む度にグラフや図形が変動していた。理解が追い付かずクラッとしてしまい一歩後退してしまう。


  同じ国防科の人とは聞いていたが、これは確実に工学や発明方面に秀でている人だ。国防科には身体能力に秀でている人が多く在籍するが、中には発明や研究を将来の職として就きたい人も居る。

 国営科にも同じような志望生は居るが、違いとしては国防科では工学の勉強や現場での研究調査や機器の調整を好む人が志望する傾向にあり、国営科では科学や医学の研究をする人が志望する傾向にある。

 どちらの科に在籍しようが共に選択授業が多く時間割に組まれているので受けられる授業に大きな差はないが、必須課程や実践授業の差があるので、そこでどちらの科に進むか決めるのだろう。

 しかし国防科は必須課程に体力作りや模擬戦闘があったりするので頭脳派な人達は大抵国営科に進むことが多い。そのせいか国防科に在籍する工学関連志望者はいかにも体育会系な男性が一般的なパターンとなっている。

 特に女性で頭脳に秀でた国防科というのは非常にレアなケースと言えるだろう。

  作業がひと段落したのだろうか彼女はふうと一息つくと伸びをし、ようやくこちらを向いた。


「どうも」

「初めまして、ルームメイトの天沢千沙です」

「二回もご丁寧にありがとう」   

  "二回"ということはさっきのも一応聞こえてはいたんだ。

 抑揚のない話し方をする人で掴みどころがない感じ。 

「私は東雲しののめ理央りお。光栄だね、国防科の有名人とルームメイトなんて」

「え?有名人?誰が?」

「あなた以外誰が居るの。入学式前に国営科のお坊ちゃま相手に啖呵切った美少女さん。教室でも話題になってたじゃない」

  私は慌てて自分が変装をし直し忘れていたのかと思い眼鏡と髪を触るがきちんとできている。

 やっぱり眼鏡と髪型を変えたくらいじゃ別人に見えないのかな。

 血の気が引く思いだった。すると無表情だった東雲さんは私が可笑しかったのかクスッと笑った。


「心配しなくてもほとんどの人があなたとその美少女が同一人物だとは気づいてないよ」

 私の心を見透かしたような発言で少しドキッとした。

「あの、できたらそのことは…」

「誰にも言わない。事情は知らないけど知られたくないんでしょ?」

  本当に私の思考などお見通しのようだ。私はそんなに単純なのだろうか。

 とりあえず東雲さんが約束してくれたことにほっとする。

「ありがとう。助かるよ」  

「いえいえ。なんだか面白そうだしね。秘密のヒーローみたい」

「ヒーローだなんて…私はそんな大層な者じゃないよ」

「そう?私は感じるよ、あなたがこの学園を賑わかす匂いを」

「私なんか学園に影響を与えることなんて一切ないと思うけど」

「いいのいいの。千沙のようなタイプは自然体でいるだけで面白いから」

  初対面の私に何をそこまで期待できるかが謎である。 

 東雲さんはちょっと変わっているけど悪い人ではなさそうだ。

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