新たなる飛び立ち-2
『生徒証または入島許可証をかざしてください』
電子音声に従って恐る恐る自分の生徒証を認証端末にかざすとポーンと軽快な音と共にゲート前方の柵が開け放たれる。
生徒や一般人にとっての唯一の玄関口となっている門を潜った先に足を踏み入れると、そこには僕が情報でしか知らなかった世界が目の当たりに広がっていた。
ここが学園の敷地内だということを忘れてしまいそうな活気づいた街並み、奥には視線を少し上に向けるだけで見える圧倒的な存在感を放つ、空に向かってそびえ立つ建物。あれがこれから自分が勉学に励む校舎である。
何度も思い描いた光景の中に自分が居る事実に震えてしまい思わず手にしていた生徒証をきつく握りしめてしまう。
今でも夢ではないのかと疑うのだ。
国を守り、豊かにする人材を育成する軍人養成学校アルフィード学園。
ここに入学できただけで世間で言えばエリートに属する。
入試が難関なのはもちろんなのだが、学問だけではなく実技の試験があるのも特徴である。
僕は実技に自信はなかったし、正直結果としては不合格だと思っていた。
浪人するか、大人しく実家の稼業を継ぐかなど落ち込みながらもこの先を考えている矢先に合格通知は届いた。
その時から実感は湧いていなかったのだが、制服に身を包み敷地内に立ち入っても自分にアルフィード学園の生徒になったという自覚は未だに根付きそうになかった。
門で生徒証をかざす時でさえ警告音でも聞こえるのではないかと疑ったがそんなことはなかったし、間違いなく僕はここの生徒なんだ。
大きく深呼吸をして歩き始める。
入島門から真っ直ぐに伸びている大通り。
この島の玄関通りでもあるここが一番商業として栄えており飲食店や授業で使用する教材を扱う売店、日常雑貨や衣服を取り扱う店、土産屋までもある。
ここに永住しようが苦にならない観光都市だ。
同じ飛行船で新入生が大勢やってきたせいかちょっとした行進状態で僕達は道を進んでいくと、店の従業員や観光客までもが拍手や歓迎の声掛けをしてくれる。
この状況がインタ―ネットで公開されているのが大きな影響だ。
例年と同じであれば先程の先輩達の歓迎挨拶からずっと入学式までが生中継されているはずだ。
新入生全体や周囲の雰囲気を映す程度で誰かを注視したりするものではない。
あくまで"アルセアという国はこんなに華やかなんだ"、"こんなに楽しそうな学校や都市がある国"だと我が国アルセアをアピールしたいだけである。
こうして国民には希望や夢を、他国からの興味や観光客を狙っているに過ぎない。
なんて冷めたことを言うが僕だってそれに惹かれたうちの一人なんだ。
当事者になれて楽しいし、国の大事な収入にもなるのだ。
良いこと尽くしじゃないか。
やがて大通りを抜けた先には胸元に付ける花を新入生へ配る先輩達が居た。
花を配る生徒の多くが国営科の生徒で中には僕でも顔を知っている人も何人か居た。
入学式だけではなく学園行事は全てインターネットやテレビ放送で国中に生中継される機会が多い。その放送を僕は常にチェックしていたせいで、芸能人よりも僕はこの学園の卒業生や先輩のほうが詳しい気がする。
能力のある人や研究などで成果を残した人は生徒であろうと自然とメディア露出も増え注目される。そして憧れやファンを生み出していき、どうやら今の渋滞状態をも生み出していた。
皆、お目当ての先輩から花を手渡ししてもらいたいのだろう。
流れ作業で済むはずだった行為が一大イベントみたいになっている。
やはり群れを成すのは国防科の生徒が大半で、国営科の新入生は巻き込まれまいと空いている場所から先へと進んでいく。
僕はお目当ての先輩もいないし同じように空いている方へ行こうとするがここが僕の駄目な所だ。
人の波にまんまと巻き込まれ抜け出せなくなってしまう。
どうにか人を掻き分けようとするも悪循環でどんどん密集地帯へと突入する形になる。
とうとうある先輩の列の先頭にまで来ることになってしまった。
僕からしてみればようやく人ごみを抜け出せたと安堵の息を吐くのだが、目の前の先輩に一気に緊張が走る。
「入学おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
女性の先輩は優しく微笑みかけて僕に花を手渡してくれる。
彼女が笑うだけで僕は頭が真っ白になるかと思った。
僕に花を手渡してくれた先輩は国営科で生徒会執行部会計の
今年度の2年生で間違いなく女性で1番人気の人だ。
凛として美しい容貌だけではなく、武道も男性顔負けの強さを持ち合わせる男なら誰でも目を奪われる。
生徒会で唯一花の手渡しに参加していた様子を見ると生徒会の代表なのか。
生中継は必ず花宮先輩を長く映すだろう。新入生だけではなくファンが沢山いる生徒の一人でもあるはずだし、とにかく絵になる。通りで混雑するわけだ。
納得しつつも上の空になって先を歩いていた僕はまたも不注意で人にぶつかり転ぶことになる。
「――また君か」
飛行船ウイング・スフィア内でぶつかった国営科の生徒だ。
彼は不愉快さを一切隠さず、僕を虫でも見るかのように見下ろしていた。
実に貴族らしいと言うか、彼はプライドが高いみたいで僕にとって近寄りたくないタイプの人だ。
「すみません」
「国防ごときが二回も僕にぶつかっておいて謝罪だけで済むと思っているのか」
「それ以上に何か…?」
「国防は僕達、国営科に在籍するような要人を守る為に存在しているんだ。君も国防なら軍の候補生だろう、もっと分をわきまえるんだな」
そんなことはない。国防科は国や民の安全を守り、生活を豊かに発展させる人材を育てる科だ。決して君達みたいなお偉いさんを守る為だけに力や知識を磨いていない。
このように思い上がった差別の考え方をしている人は残念ながら少なくない。
国営科にも国防科にもだ。もはや差別されることに慣れてしまっている。僕もその一人。
間違っていると思っているのに完全に怯えきって、自分が下だと諦め何も言い返せないのだ。
悔しい。強くなりたくて、自分を変えたくてアルフィードに入学したのに。
結局ここにきても僕は強者に怯えるだけの人間のままなのだろうか。
まだ花を受け取った生徒も少ないのか通りを抜け、入学式を執り行う会場までの道には人がまばらだった。
この辺りには店もなく噴水や草木があるだけで放送なんてされる場所でもないだろう。
大通りの喧騒が遠くに聞こえる。通り過ぎる生徒も面倒事に巻き込まれまいと僕らを見て見ぬ振りだ。
知り合いもいない僕に助けは望めない。
「なあ、あまり派手にやると風紀委員に見つかるぞ」
「大丈夫さ。あくまで指導しているだけだ」
取り巻きの一人が心配そうに声をかけたが彼は耳を傾けず、ベルトに備え付けていた小型のスティックを手に持った。
ボタンをひとつ押したらスティックが細長く伸び、指揮棒のような形状になった。
スティックをしなやかな鞭のように空いている手に軽々と叩きつける仕草に、この後自分に降りかかるであろう痛みに悪寒が走る。
「まずは謝り方を教えてあげないとな。謝罪っていうのはな、額を地べたにつけて初めて成立するんだよ!」
大きく振りかぶったスティックを持つ手が視界に入った瞬間、恐怖で目を瞑る。
シュッという空を切る高い音が聞こえた。けれど訪れるであろう痛みは一向にやってこなかった。
力強く閉じていた瞳を恐る恐る開ければ目の前には陽だまりみたいな温かい髪色長髪の女の子が居た。
「どこから出てきた!?気は確かか!」
驚いたのは僕だけではなく彼も同じようで動揺が明らかに見てわかる。
当然だ、僕と彼の距離は50㎝もなかった筈で彼女は僕らの傍に居なかったのに、その間を数秒とかからずに入り込み、なおかつ素手で振り下ろされたスティックを掴んでいるのだから。
「あなたこそ気は確か?これが本当に当たっていたらどうなるか。その位分かるでしょう」
「本当に当てるわけないだろ?寸止めするつもりだったさ」
「嘘。あの振り下ろし方は乱暴に叩きつける、剣の扱いが雑な人と同じだった」
「…誰に口答えしてるか分かっているのか?」
「さあ。あなたとは今初めてお会いしたから制服で国営科の生徒ということしか分からないけど」
「それだけ分かれば十分だろう。僕はお前らみたいな捨て駒とは違うんだよ!」
「勘違いしないで。仕える人達は人形じゃない、同じ人間よ。誰もが自分の思い通りになると思わないで!」
自分と同じ制服を纏った彼女は彼に何と言われようと凛とした声で自分の意見を主張し、毅然と立っていた。
僕が理想として描いた、強い人そのままに。
「調子に乗るなよ!」
彼が掴まれているスティックに再び力を入れて振りほどこうとするが彼女はすかさず同じく掴んだ手に力を入れると流れる様に腕を反す、するとなすがままに彼は身体事翻りそのまま尻餅をついてしまう。
「対人の試合をする気があるのなら力の使い方を学んでからのほうがいいかと思います」
悔しさと怒りで歪む彼の顔を臆せず彼女は見下ろしていた。
突然、僕と彼らが揉めていた時にはなかったざわめきが周囲に起きた。
いつの間にか野次馬が増えていたのだ。
遠くからはこちらに向かって走る音が聞こえてくる。
「風紀委員だ」という声に今まで冷静だった彼女が急に焦り始めキョロキョロと辺りを見回す。すると狙いを決めたかのように横にある2mは越える壁へと全速力で走りだした。そして力強い踏切で飛び上がり塀の頂上を掴むと、自分の身体を腕の力のみで持ち上げ、軽やかに塀を越え姿を消してしまった。まるで逃亡をはかる鮮やかな大怪盗のようだ。
入れ替わるように風紀委員の生徒達が僕のもとにやってきた。
事態が大きくなることを避けたかったのか、国営科の彼らは姿を眩ませていた。
しまった、彼女に助けてくれたお礼を言い損ねた。
でも同じ国防科だ、きっとまた会える。その時には必ずお礼を言おう。
事情を尋ねてくる風紀委員の人の言葉をどこか遠くに聞きながら僕は彼女の消えて行った煉瓦作りの壁を眺めていた。
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