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瑛志朗

軍人養成学園 アルフィード

新たなる飛び立ち-1


 どこまでも続く空。

 真っ新な青いキャンパスに光を描いてく。

 ナニモノにも縛られず、伸びやかに華麗に舞う姿は一目で僕を虜にした。



  雲一つない晴天の下。大勢の人で賑わう空港。

 午前10時発、学園都市アルフィード行き飛行船への搭乗口付近には夢や期待を抱いた生徒で溢れ返っている。もちろん僕、古屋勇太ふるやゆうたもそのうちの一人だ。

 家族とのしばしの別れを惜しむ人達を横目に先へと進んでいく。

 僕には見送りの家族も友もいないが、決して悲しいことではない。

 単純に空港が地元から離れていたし、もう子供でもない、僕自身が一人で大丈夫だと言ったからだ。

  地元は国の隅っこにある小さな漁師村。そこから国の中央にあるこの空港までは移動機関を乗り継いでも一日は掛かる。家を出る際には家族も見送ってくれたし、寂しいなんて感情は移動している間に落ち着いているのだ。

 それに、これから始まる新生活への期待や不安のほうが圧倒的に勝っている。

 今はただ前だけを見据えていこう。


  国唯一の空港は他国への行き来が主な利用客の目的だが、毎年春の入学式の日だけは新入生で埋め尽くされる。

 学園都市アルフィードがある島行きの飛行船。新入生は決まってこの飛行船に乗船して島へ渡るのが通例となっている。

 島へは橋が掛かっているので普段は車やバスでも向かえるし、それが最短ルートと言えるだろう。

 それでも少し外れにある国際空港から出ている飛行船を一隻学校が貸切、盛大に新入生を迎えるというのがもはや定番化しているので入学希望者はそれを理解したうえで進学しているし文句は特にないようだ。むしろその歓迎を楽しみにしている生徒も多いだろう。僕もその一人である。

 搭乗口で航空チケットの代わりに生徒証を添乗員に見せると、にこりと笑顔で通される。

 まだ少し夢見心地な気分。どうしてもこの生徒証に実感が湧いてこないのだ。

 いや、大丈夫だ。きちんと合格通知もきたし、今の人も疑わず通してくれたじゃないか。自分にそう言い聞かせつつ飛空船へと乗船する。


  中には既に大勢の生徒が居て、座って寛いだり外の景色を楽しんだりと各々出発の時を待ち構えていた。別れを惜しむ生徒のほうが珍しいか。僕らは新入生と言っても最低でも18歳を越えている。幼子でもなければ永遠の別れでもない、在学中に連絡だって取りあえる。

 おまけに空港は海沿いで都心からも少し離れている。見送りに来る家族が少ないのは当然といえば当然かもしれない。           

 次に目を引くのはやはり船内の構造だろう。

 この飛行船"ウイング・スフィア"はまず船体が特殊だ。他の飛空艇とは違い、球体の形をした船体から鳥のように翼が左右に広がっている。下の半球部分に操縦室やエンジンルームなど動力に関するものが集約されており、上の半球部分が全て客席兼展望室になっているのだ。

 設計者は相当な個性派か目立ちたがり屋であることは間違いない。

 アルフィード行きは長距離の移動ではなく緩やかな飛行で片道20分と言ったところだ。短時間ながらも空の旅をもてなそうと展望室の中央部は添乗員の待機室を除けば飲食店や売店などが並んでおり、乗船中も離着陸以外の着席は義務付けられておらず自由に動き回れる。

 更には上半球は360度全てがガラス張りで解放感溢れる景色を楽しめる一種の観光艇としても有名な船である。


  生まれて初めて乗る飛行船がまさかの最先端の船で僕の挙動不審は免れなかった。

 そんな僕は辺りを見回していたにも関わらず、人にぶつかり転んでしまう。   

「落ち着きがない奴だな。これだから田舎者は困るよ」

「ごめんなさい、余所見をしていたもので…」 

「まったく、どうして国防科の者と同じ船に乗らなければならないんだろうな。国営科と別にして欲しいものだ。そうすればこのようなマナーのなっていない奴が迷い込んでしまうことがなかろうに」   

  ぶつかった相手の取り巻き二人がにたにたと笑い声をあげている。

 自分に非がありながらも嫌な感じの人達だと思ってしまう。

 初対面だがハッキリと分かる。彼らは貴族側の人間だ。   


  少数派ではあるが貴族の中には彼らの様に貴族以外の人間を蔑む風習が未だに息づいている。

 かなり昔には奴隷なんてものが存在していた国ではあるけれど、それも200年前には撤廃されているし、庶民出から確固たる地位を確立した者も今では大勢活躍している。

 しかし政治には未だに貴族が半数以上残っているのも現実で、差別などしない貴族に能力の長けた人が多く割合を高く占めてはいるが、貴族優勢の政治であることには変わりない。

 政治には目の前の彼らの様な人達が派閥を作り一部実権を握っているのだからこの悪習はまだ消えないのだろう。

 貴族同士の派閥争いもあるようだけれど、差別をしない貴族が力を持っているおかげで今があると言えるようだ。

  ただの庶民、それも田舎育ちの僕には詳しい事なんて分かりはしないけれど、アルフィード学園は成績優秀な者なら誰でも受け入れてくれる。

 多種の育ちや地位の人が集まるのも承知の上なんだ、ここで落ち込んだりはしない。僕の暮らした村では当然貴族なんか住んでいなかったので想像の中の人達だったが、想像以上に嫌な人達だった。

 

 すぐに船内アナウンスが出発時刻5分前だと着席を促してくれたおかげでそれ以上嫌味を言われず解放された。

 彼らからなるべく離れようとそそくさと反対側の席へと向かった。

 席が指定ではなく自由であったことを嬉しく思うとは。

 苦笑しつつも僕が席に着くと自動で身体を固定する為の安全バーが上から下ろされる。


『新入生のみなさん、お待たせ致しました。

 それでは午前10時発アルフィード行き、ウイング・スフィア発船致します』

 船は僅かな揺れを感じさせつつも緩やかに上昇していき、やがて飛行が安定するとアナウンスと共に安全バーが上げられる。

『無事離陸を終えましたので安全バーを解除させていただきます。当船の到着予定時刻は午前10時30分でございます。短い時間ではございますがウイング・スフィアでの船旅、存分にご堪能くださいませ』


  アナウンスが終わると辺りからは穏やかな談笑が聞こえ始める。

 知り合いなんて一人もいない僕は席を立ちもせずひとつ大きく息を吐いた。

 歓迎ムードの特別仕様な売店に好奇心はあるものの胸がいっぱいで食事や買い物を楽しむ余裕がなかった。


  入学式自体がお祭りに近い、軍人養成学園アルフィード。

 軍人養成なんてお堅い肩書だが、国を活気づけようとしたり国の素晴らしさをアピールして他国と技術を競ったりしている学園だ。

 だから事あるイベントに力が入っており、学校としては珍しく国が直接運営しているし国中はもちろん世界各国からの注目も高いのだ。

  他国との戦争なんて起らない平和なご時世、それが目当てで入るミーハー気質の生徒だって少なくはない。当然将来が有望されるような人が多く集まる学校なので入学するにはそれなりの教養や学力が必要なのだけど。


  卒業後は軍人となり国を担う職場への内定がほぼ100%貰えるので僕の様な庶民が必死の努力で入学する人も最近では多いみたいだし、育ちが良いか有能な人が楽々難関入試を突破したりも多い。

 割合は…どうなんだろう。正直現時点ではよく分からない。

 しかし一目瞭然で貧富の差を見定める物があるにはある。それは制服だ。

 学園には学科がふたつに分かれており、国営科と国防科がある。

 "国営科"には政治や医学、科学を特化して学べる学科で頭脳派が多く在籍する。

 "国防科"は戦闘や救助の訓練、武具や機工の知識を学ぶ軍としての実戦的な勉強を多くする肉体派の学科。

(戦闘なんて物騒な表現をしているが、今や技能を披露し競い合う、スポーツの感覚に近い)

 悪く表現してしまえば国営科には貴族や富裕民が多く在籍し、国防科は実地任務が多い職を志望の貴族か庶民が行きつく学科だ。

 国営科の学費は国防科の約二倍だ。その分学べる授業内容が専門的。

 国防科の中には有能な技術を持ち合わせてはいるが学費が賄えないか奨学生や貴族だが武術に秀でた人が在籍したりもする。


  決して学園側が制限や差別をしたりしているわけではない。

 たとえ庶民でもお金があり、国防科よりも難易度の高い試験をクリアできればもちろん国営科に進学できる。

 しかし富裕層のほうが勉学にもお金を費やせ広く知識を得られる。

 立派な学校に進学したり、家庭教師を雇うなど学ぶ環境を充分に整えられない庶民が学べる範囲には限界がある。これは単純に世の流れがそうなっているだけなんだ。

  僕は国防科なのだけど、べつに仕方なく国防科を選択したわけでない。

 将来、僕は飛行士になりたいからだ。

 飛行士の技術を教えてくれるのは国内ではアルフィード学園しかないし、国防科は積極的に操縦訓練を行ってくれる。

 なので僕にとっては国防科が最善の選択と言えるわけだ。


  気でも紛らわそうと鞄からタブレット型端末を取り出す。

 アルフィード学園側から送られてきた入学案内のデータをもう一度確認しよう。

 合格通知が届いてからの手続き方法や授業内容、寮生活となるので寮についての説明、学園施設や都市の案内など一度に読み切るには膨大な情報が送られていた。

 一通り読み終えてはいたものの到着までの時間潰しにはちょうどいいだろう。

  けれどデータを開くよりも前に一通のメールが受信された。送信者は母だ。

 僕の母は小言が多い人だ。恐らくこのメールもお小言が沢山書かれているのだろう。おまけに母は僕が飛行士になりたいと宣言してから「あなたには無理です」と家族で一番否定し続け、挙句家の前での見送り時までどこか不服そうな顔をしていた。

 親元を離れようが小言は続くのだろうか。

 どんなに離れようと手軽にやり取りできるという便利な機能に少しうんざりしつつもメールを開く。

   

『勇太へ

 今頃は飛行船の中でしょうか。あなたのことです、慣れない都会や機械の多い

 街に驚き戸惑ったのではありませんか?周囲には情けなく弱々しく見えます。

 堂々となさい。これからあなたが学びに行く場所は慣れ親しんだ村とは違います。

 多くの辛い現実を味わうことになります。気を引き締めなさい。

 駄目ね。文章ならと思ったのに、いつもと同じになってしまう。

 勇太が17歳でアルフィード学園へ進学したいと言った時、

 お父さんは「男が決めたことだ。一度決めたなら反対しない。ただ全力を出せ」

 その一言であなたを信じてやっていましたね。覚えていますか?

 私もあなたを信じているのです。

 それなのにどうも口では信頼や応援よりも心配であなたを悪く言ってしまい

 ましたね。

 ごめんなさい。

 母として黙って見守ることも温かく応援してやることも上手くできなかった。

 いいえ、勇太が遠くへ行ってしまうのが寂しかったのです。

 頑張っている時に素直に力になってやれなくて、本当にごめんなさい。

 勇太が一生懸命に勉強していたことも、夢に向かってひたむきに努力していたこと

 も知っています。

 勇太は小柄で臆病者かもしれません。

 けれど誰よりも優しくて芯の強い真っ直ぐな子です。

 勇太は必ず夢を叶えられます。

 健康には気を付けて、応援しています。頑張れ、勇太!  母より』


「メールで言うなんて…ズルいじゃないか」

 普段では絶対に見せない母のしおらしい一面に驚きつつも母の大きな優しさで僕は画面の上を濡らしていた。

 読み終えて真っ先に芽生えた感情は感謝で埋め尽くされる。

      

 母親へメールの返信を済ませ、外を眺めに窓際まで行けばもう学園都市アルフィードを視界に捉えられた。

 写真や映像では何度も見た外観に感動を噛み締めていた。

 とうとうここまで来たんだ。

 冷静に考えればまだ何も始まってはいないのだけど、胸に込み上げてくるものは抑えようがなかった。

 周囲のざわつきで我に返り、視線が集まる先を見ると進行方向のガラスに映像が映し出されていた。その映像に国営科の制服を着た中性的な顔立ちの青年が現れた。 


『新入生のみんな。初めまして、アルフィード学園生徒会執行部会長、2年鳥羽悠真だ。もう都市や校舎が見えているから分かると思うけど、この飛行船は間もなく到着する。いよいよみんなの学園生活が始まるわけだけど、その前に。今日から君達の先輩になる俺達から歓迎の挨拶を送りたい!』


  生徒会長が空に向けて銃を一発撃ち放つ。

 弾丸はキラキラと輝き光の粒子を振りまきながら一直線に空高く昇っていく。

 すると会長を映していた映像は消え、全面ガラス張りの窓から島全体が見渡せる。

 島の中央上空で輝きを放っているのは先程の弾丸だろうか、それが花火の様に大輪の花を咲かせていた。

 咲いたと同時に島の四方八方から何かが飛び出し海上に光の線を描き始める。

 複数の光の線は等間隔で時計回りに島を回りつつ上昇を始め、やがて中央に集まっていく。

 そして花が咲いていた場所に全てが集合すると今度は逆回りに放射していくように散開していき、光の線が途絶えると空には更に大きな輝く花が開花した。

 これには新入生達に歓喜や拍手が飛び交った。


  空中を飛び回りながら光の線を描いているのはアルフィード学園の2年生達だろう。

 彼らのタイミングや距離感に一切の乱れがない。

  僕は夢にまで見た光景に瞬きを忘れて見入った。

 そう、これは飛空鎧"W3A"だから成せる空中での細かくも素早い動きなのだ。

 やがて花の上から数人の生徒が光の線で文字を描き始める。

 全ての文字を描き終えると『入学おめでとう!』と大勢の声が一斉に船内に響き渡った。

 左右を見渡せばいつの間にか"W3A"を着用して飛行している先輩達が飛行船を囲むように20人程が手を振っていた。

 正面には『Welcome to アルフィード!』という文字がキラキラと輝いていた。


  僕のなりたい飛行士とは飛行機など大きな機体の操縦士ではない。

 光の翼を身に纏い空を自由に舞う"WingAutomaticAssistArmar"、通称"W3A"。

 今僕の目の前を華麗に飛び回った人々のような飛空鎧"W3A"の飛行士になりたくてアルフィード学園へ進学した。僕の憧れへの道はここから始まるんだ―――


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