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 四限が休講になり、わたしは持て余した時間をすべて考え事につぎ込んでいた。

 門倉さんの奇行の意味とは何か? なぜあのようなことをしたのか?

「店長に言えばわかる」とのことだったので、攸子か奥さんに訊きたかったけれど、多忙なランチタイムを戦い抜いた「きよたけ」は閉店作業でもきりきり舞いで――攸子が四限の演習に遅刻しそうになっていたのも不運だった――話があると切り出しても、返答は「あとで」だった。

 結局、訊きそびれてしまった。夕方、夜の営業がはじまる少し前に店を訪ねて訊いてみるのがいいだろう。

 しかし、気になって仕方がない。

 アルバイトを終えて店を後にしてからも、わたしは商店街に留まっていた。「きよたけ」から少し足を延ばしてアーケード街のコーヒーチェーンで一服しながら、門倉さんの真意を想像していたのだ。

 いちおう、思いついたのはふたつの説。

 ひとつは、ツケの可能性。過去に支払いをしないでいたぶんを今回まとめて支払ったのではないか? もうひとつに、夜か、何日後かに団体の予約を入れていたのではないか? いずれも、門倉さん本人の支払いでないこともありうる。

 これらの説の通りなら、意味不明な一万円にも目的があったとみなすことができる。

 どちらにしても、門倉さんにはありそうもない話だけれど。

 試しに「きよたけ」のメニューで一万円ぴったりになる組み合わせをいくつか考えては、ルーズリーフに品名や筆算を走り書きした。乱暴に考えれば、一〇〇円のアイスクリームを百人前頼めばいい。同じ品をたくさん頼めば、案外簡単に組み合わせができた。あの定食を一二人前とか、この定食を一六人前とか。足りない金額は、アイスクリームで刻む。

 でも、そう簡単ではない。門倉さんが渡してきたのは一万円札一枚であり、そこには焼肉定食の七五〇円が含まれていたはずだ。つまり九二五〇円の組み合わせを考えなければならない。

 ついでに、宴会費用の前払いの可能性を踏まえると、一〇人前を超す同じ品の注文というのは現実味がない。宴会ふうに揃えた組み合わせは、まだ思いつかない。

「……時間使っちゃったな」

 くだらないことをしてしまった。レポートでも書き進めていればよかった。

 赤石さんのこと、門倉さんのこと――頭の中を渋滞させたまま店を出る。正面では商店会の福引が行われていた。商店街で一定金額の買い物をすると回すことができる。近隣の大型店舗に対抗した集客戦略なのだろう。

 目玉は一等、大人気テーマパークのペアチケット。しかし、運悪く商店会の身内が初日に引き当ててしまったらしく、「最悪だ、これじゃ盛り上がらない」と商店会の法被を着た誰かが嘆くのを小耳にはさんだことがある。

 そのため二等のお米券五千円ぶんが実質の一等となっている。三本入っているらしい、と英里奈が興奮していた。

 いま、背の高い男性が抽選器をガラガラと回している。抽選玉の転がる音がアーケードに反響し、何人かの通行人が大きな音に気を取られて足を止める。わたしもぼんやりと、褪せた赤色のパーカーの背中を見つめていた。

 そして、目を疑った。

 あれは、赤石さんではないか!

 あ、なんと三等コーヒー詰め合わせを引き当てた!

「やあ、遙。キミとはよく会うね」ほどなく、景品を受け取ったお金の探偵はわたしに気がついて歩み寄ってきた。「どうせ当たるなら、お米券が欲しかったのだけれど」

「お久しぶりです」英里奈と同じことを言う彼に苦笑い。「赤石さんが福引に興じるなんて、少し意外でした」

 わたしは彼が両手に持つレジ袋に目を移す。

 彼が商店街で済ませた買い物は、インスタント食品やトイレットペーパーといった日用品の調達だったとみえる。それにしても、彼の食生活は不摂生も極まれり。塩分過多と野菜不足が心配だ。

 当の本人は景品を眺めて満足げだ。コーヒーには一家言ありそうな彼のお眼鏡にもかなう、そこそこの品らしい。

「たまたま買い出しで条件の金額を使ったから回したんだ。二等を引けば生活の足しになるからね」

「福引を当てにするなんて、博奕じゃないんですから」

「やめてくれ、僕はギャンブルなんて不合理にハマるほど馬鹿じゃない。もちろん、福引を目的に浪費するほどの馬鹿でもない」

 当たり前だ。もし自称「お金の探偵」がギャンブル依存だったら、紺屋の白袴というものだ。む、少し違うか。

 とりあえず、貧乏生活の割には生活感覚はマシだとわかって少し安心した。

「そうなんでしょうけれど、少しはマシな食事を心がけたらどうですか? お金もないようですし、コーヒーにばかり凝っていないで」

「選好を自覚し効用を高めているんだ、責められる筋合いはない……うん?」

 彼の眼光に疑念の色が差した。

「そうだよ、遙。これはいったいどういう風の吹き回しだい?」

 しまった。

「そういえばキミは征吾に会ったことがあったね。さては、奴に何か吹き込まれたな」

 これは参った、まったくその通りだ。

 征吾さんの「頼み事」がなければ、わたしは呆れた視線をくれただけで去っていただろう。赤石さんを他人として割り切った、自然な振る舞いをできなかったのだ。

 怪訝がる彼に、わたしは口ごもるしかない。

「ええと、ですね……」

「まあ、いいや。奴のことは無視していればいい。阿漕な輩と付き合っていると、いつか病気がうつって守銭奴になる。……失礼するよ、あれの代わりなら話すことはない。いくら遙でも、僕と会うならキミ自身の用件で会いに来てくれ」

 汚い言葉を残して、彼は身を翻した。たまらず、声が大きくなる。

「あ、いや、ちょっと待ってください!」

 わたしは失敗を重ねてしまった。他人の関係なら、去っていく背中に最低限詫びておけばそれでもよかったのだ。

「……その、また相談したいことがありまして。そう、個人的なことで」

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