第27話「新しい眠り」
「おおっ、れむちゃん!無事で良かった。心配したんだぞ。どこも怪我はないかい?」
あれから双葉のナビで池より発生した「異界」より無事に生還を果たしたのは深夜だった。
庭先のポーチに横たえられたれむが瞼を開けると、そこには希州を始めとするお馴染みの面々が揃って心配そうに自分を囲んでいた。
すぐに起き上がるとれむキョロキョロと双葉の姿を探す。
すると気を利かせた稜葉が身を反らせて道を開けた。
「春日君、君は注意力が散漫だ。その考えなしな行動がいつか命とりになるといつも言っているじゃないか」
月明りに映える双葉の優美な立ち姿がれむにはとても眩しく映り、怒られているというのに何故か心が温かく、面映ゆい。
「はい。ありがとうございました。皆さん、ご心配をおかけしました。以後気を付けます。あ、理宇ちゃんはどこにいるんですか?所長から黒ちゃんに助けられたと聞いてたんですけど……」
「おぅ、それならほれ」
希州が開け放たれた巳波邸の窓の方を示した。
そこには理宇を介抱する崇と千紘の二人がこちらへ向けて手を振っていた。
二人の顔には心からの感謝が見て取れた。
「良かったぁ」
「それが良くもないんだ」
れむがほっと安堵の息を漏らすのと同時に、希州の隣に控えていた夜斗が難しい顔をして前へ出てきた。
「えっ、どうしたの?何が良くないの?」
「それがなぁ、俺が助けられたのはそこの工藤理宇。一人だけだったんだ。それが精一杯だった」
無念そうに希州が首の辺りを手で覆う。
厭な予感がした。
「佐穂子さんは……どうしたんですか?」
「………………」
誰も何も話そうとしない。
辛い沈黙だけが続く。
「ねぇ、どうして何も言ってくれないんですか?ねぇ、所長は知っているんですか?何か言ってくださいよっ!」
れむは双葉にしがみつき、興奮した様子で問いただす。
しかし双葉の視線は地面に縫い付けられたかのように動かない。
やがて観念したよう静かに説明を始めた。
「彼女の意識は完全に「異界」に取り込まれていて、無理に引き離す事は出来なかった。多分この池は長い年月を経て大きな力を持ってしまったんだと思う」
「…………石灯籠か」
夜斗が忌々しそうに池の縁にひっそりと存在を誇示する石の灯篭を見た。
「あぁ。魔から守る役割の石灯籠だが、少し力の方向を誤ると悪い気を集め、増幅してしまう恐ろしい呪具に変容してしまう………」
「所長……どうしても何とかなりませんか?佐穂子さんを助けたいです」
それこそ縋るような思いでれむは双葉を仰ぎ見る。
双葉は難しそうな顔で考え込んだ。
「なぁ、双葉。わしがお主に教えた事を覚えておるか?」
その時、見かねた夜斗が助け船を出した。
すると双葉の飴色の瞳がすぐに反応する。
「そうか。「アレ」がまだあったな」
「どうしたの兄さん」
稜葉も不思議そうにれむと一緒に二人を見る。
「この「異界」は意図的に造られたものです。別行動を取っている間に調べたのですが、この池に封じられているのは恐らく巳波氏の前の住人。長瀬氏という方なのですが、その方の娘さんの「遺骨」か何かが埋まっているはずです」
「!」
「所長っ、どうしてそんな……」
「これは夜斗から聞いた黒崎さんの実家からの情報なのだが、それらと照らし合わせた結果、この屋敷の前の持ち主の長瀬誠三氏は、当時妻の静江、娘の理恵の三人でここに住んでいた。だが、三年後に娘の理恵が突然失踪する。屋敷の中で消えたと静江が証言したそうだ。屋敷の中を隈なく当時の警察が捜索したが、理恵の姿はなく、遺留品の一つも出てこなかったという。事件当時、屋敷には静江と理恵の二人しかおらず、静江は庭先で花壇の手入れ、理恵は部屋で本を読んでいたそうだ。
そこで静江はちょうどこの庭から屋敷のリビングへと続く渡り廊下と歩く理恵を見たそうだ。そこからぱたりと理恵の消息は絶たれた。静江がいたテラス側の窓以外の出入り口は全て施錠されていたそうだ。例え理恵がテラス側の出入り口から出たとしても、必ず静江の視界に入るはずだ。だがその中で理恵は消えた。この事件はやがて誘拐事件として扱われ、地元警察を総動員して捜索が成され、マスコミや各メディアを賑わせたが、どれも証拠不十分で処理された」
「……それが人を喰うっていう幽霊屋敷の始まりだったのか」
横からそれを聞いていた崇が悔しそうに唇を噛む。
「その事件があったのは僕らがまだ小さな頃だったからね」
「でも理恵ちゃんは一体どこへ消えたんですかね?」
れむは首を傾げる。
「確かに怪異の発端は長瀬氏の娘の失踪から始まる……兄さん…まさか娘は……」
稜葉は何かに気づいたように兄の顔を見た。
「ああ。理恵は長瀬氏の実子ではない可能性が高い」
稜葉を見た双葉は軽く頷く。そしてぐるりと全員を見渡した。
「当時、静江は夫以外の複数の男性と関係を持っていた。長瀬氏との間に長い事、子供が出来なかったにも関わらず、静江は突然妊娠した。子供の事はもう諦めていた長瀬氏は大いに喜んでいたが、これは後に遺品で遺伝子鑑定でもすれば分かる事だ」
「じゃあ、理恵ちゃんは……」
「多分、何等かのアクシデントからこの事実が露見しそうになり、静江が理恵を……というのが私の見解だ」
するとれむが何かに気づいたように首を傾げる。
「あれ、所長。でも長瀬さんご夫妻は現在どこにいらっしゃるんですか?」
「そうですね。どうして警察は何も動かなかったんですか?一番怪しいのは母親じゃないですか」
千紘もれむの意見に同調する。
これには夜斗が答えた。
「長瀬夫妻は事件発覚後から半年後にこの屋敷から数キロ離れた海岸で亡くなっているのが見つかった、崖から車が転落したらしい」
「………………」
「じゃあ……それってどういう事?」
「警察は長瀬夫妻のこの一連の事件を娘喪失からの心神喪失による自殺と判断した」
双葉は長い睫毛を伏せて、言いにくそうにそう付け足した。
「ねぇ、所長。だったら「アレ」っていうのは何なんですか?その「アレ」で佐穂子さんを助けられるんでしょう?」
「まぁな。大体の「根」は解かれた。池の「異界」は理恵の作り出した虚構の世界だ。現在その「異界」はこの石灯籠が雑霊を集め、理恵そのものはもう幾多の雑霊に取り込まれて存在は保てていないだろう。元々石や池は雑霊を集めやすいのだ。それにここは極めて磁場が悪い。些か悪条件が重なりすぎた」
「なぁ、双葉。具体的にゃ、どうしたらいい?」
「池にある理恵の「遺骨」を引き上げ、鎮めてやればいい。黒崎さん、あんただったら出来るだろう?そして即座に池を潰し、封印するんだ。そして佐穂子さんの救出だが……」
「あたしがやります。やらせてください!」
突如、れむたちの背後から力強い声がかかった。
「理宇ちゃんっ」
いつの間にか理宇が崇と千紘に支えられながら、こちらにやって来た。
顔色は大分回復してきたようだ。
「お願いしますっ。その役目、是非あたしにさせてください。今度こそ必ず佐穂ちゃんを助け出します」
「でも理宇ちゃん……」
れむが心配そうな顔をする。
彼女は今までぐったりと横になっていたばかりなのだ。
だが、双葉はそんなれむを遮るように理宇の肩に手を置く。
「出来るかい?」
「はいっ!ありがとうございます」
「わかった。では再び「異界」の門を……今回は私が故意に開く。君はその中から川瀬佐穂子と思われる存在だけに手を伸ばすんだ。間違えるなよ」
「は…はい。頑張ります」
「理宇ちゃん、頑張って」
れむも理宇の肩に手を伸ばす。
その肩はもう震えていなかった。
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