第21話「決戦を前にして願うは…」

「所長、遅いですね……」


れむはリビングの壁に掛けられた大きな時計を見上げながらため息を吐いた。

時刻は夕刻。

南国の空はオレンジ色に染まり、一日を終えようとしている。

まとわりつくような暑さはさほど感じられなくなったが、それでも蒸し暑い事には変わりない。


巳波邸のリビングでは、食器の触れ合う音と賑やかな談笑が響き、とてもこの家が幽霊屋敷と呼ばれていたとは思えない。

既に警察の方の捜査は終わり、何かあった時の為にと外に数名残るのみとなっている。

れむが双葉の戻りを心配して門扉へ近寄った時に、待ち構えたように地元のテレビ局の人間が近寄って来たのだが、希州がすぐに対応に出てくれたおかげで事なきを得た。


巳波氏からは家の中のものは好きに使ってくれていいと許可をもらっている。

なので遠慮なくキッチンを使わせてもらう事にした。

今夜の食事は時間と材料の関係で簡単にカレーライスになった。


これなら高校生たちも調理に参加出来るし、れむの料理スキルでも誤魔化しが効くと思ったからでもある。

出来上がったカレーは見事に成功し、味に煩そうな稜葉も絶賛してくれた。


れむは銀のスプーンでカレールーをぐりぐりかき混ぜながら、時計とエントランスの方を交互に見ている。

それを見た理宇がカレーの皿をテーブルに置いて声をかける。


「れむさん、所長さんを待っているんですね。あの人ってすっごい美形ですよね。ひょっとしてれむさんの彼氏なんですか?」


……………!


突然の直球な理宇の質問に一同は一瞬二人に視線を向けたが、その会話に誰一人参加する事なく、すぐに何事もなかったかのように再びカレーを食べ始める。



つまりこの話題に関しては誰も関わりたくないという事だろう。



「あ……あのね、理宇ちゃん。所長はあたしの上司なの。だから……その……か…彼氏とかそういう関係じゃないの」


「でもれむさん、顔真っ赤」


「υ§★□♂~っ!」


「いいじゃないですか。別に。僕はお似合いだと思いますよ。兄さんとれむさんって」


「稜葉さんっ!」


稜葉が涼しい顔で言う。

彼はか皆が汗を大量にかきながら食事をしている中、何とも涼し気な平然とした顔でカレーを口へ運んでいる。


崇と千紘はこの話題には興味がないようで、二人で夏休みの宿題の話をしながら食事に没頭している。


希州は口は挟まないものの、れむたちの仲について興味はあるようで、サラダを各自へ取り分けながらもれむの次の言葉を待っているようだ。


「その話はもうヤメっ!とにかく所長がいないと仕事にならないから早く戻って欲しいと思っただけですっ。別に深い意味なんてないですから」


「れむちゃん、俺たちがいても仕事にならないって事かい?そいつはひでぇなぁ」


希州が本気にしたわけでもないのに、わざとらしく大きな手で顔を覆った。

ご丁寧に肩まで震わせている。


「あっ、いえそういうつもりじゃなくて……あーっ、もぅ。何て言ったらいいのかな。所長がいるとまとまりがつくっていうか……正しい方向へ事が進むっていうか……ってあ…あれ?」


「れむちゃん、それちっともフォローなってないぞ」


一同にやっと笑みが戻った。

れむもこれにはつられて笑うしかなかった。



………本当にあたしと所長ってどういう関係が正しいんだろう?


あたしはどうしたいんだろう……。


何を「彼」に願うのだろう……。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆



「なぁなぁなぁ、双葉、あれを見てみぃ」


巳波邸へ向けて車を走らせていると、いつの間に起きたのか夜斗が車窓に張り付き、デパートの一つを指さす。


双葉はやれやれというように肩を竦めると、身を屈めて夜斗の示す先を見やる。

デパートの周囲は相変わらず多くの若者たちで賑わっていた。

よく見るとどれも皆カップルのようである。


「ここはその……アレだ。所謂デートスポットという………」

「違う違う。そこではない」


夜斗の瞳はその若者たちの中心にある建造物に注がれていた。

それを見た双葉はハッと息を呑む。


「ん……、あれは石敢当じやないか!」


そう。夜斗の示したのはデパートの前にある待ち合わせのシンボルとして利用されている石敢当だったのだ。

ここ国際通りは若者のデートスポットの一つなのだ。


「確かにここは丁字路……なるほどな」

「ふむ。今時の若者たちには邪気だの霊だのは関係ないみたいじゃな」


しみじみと双葉は顎に手を当ててその群れを見やった。

風水の魔除けアイテムも今の若者にかかれば待ち合わせの名所と化してしまうのだ。


「ああ。モノは考えようじゃな?」


夜斗はニヤリと白い歯を見せて笑った。


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