第19話「怪異の真実」
「っくし!」
巳波邸の大きく張り出したベランダで、下の庭の様子を見ていたれむは、突然大きなくしゃみをした。
「お~い、れむちゃん。大丈夫かい?」
声のした下の方を見ると、ちょうど石灯篭の辺りに清めの塩を置いていた希州が心配そうにこちらを見上げていた。
「はい大丈夫です。ちょっと鼻がムズムズしただけですから」
「そうかい。いくら沖縄といってもあまり夜風に当たるのは良くない。こっちはもう終わるから中に入っているといいさ」
「わかりました~。あ、稜葉さん……」
紀州の言葉にれむは椅子から立ち上がり、部屋へ引き返そうとしたところで稜葉が顔を覗かせてきた。
「れむさん。そろそろ説明の方を始めたいので下へ降りていただけますか?」
「は~い。今行きます」
稜葉は長い神父服の裾を翻して階段を下りていく。
手にはダウジング用のクリスタルで出来たロザリオがキラキラと揺れていた。
………所長がいなくたって、ちゃんとやれるんだから…。
◆◆◆◆◆◆◆
下へ降りると、広間には先ほど庭で作業をしていた希州と、稜葉の他に三人の高校生らしき少年少女の姿があった。
その中の一人に見知った顔を見つけ、れむはすぐに駆け寄った。
「理宇ちゃんっ!」
「あっ、れむさん!」
二人はすぐに手を取り合って微笑み合う。
「ごめんなさい。あたし佐穂を助けてって言っておきながら何も出来なくて……」
「そんな事気にしないでよ。それにこれは正式な依頼なんだよ?だから理宇ちゃんはお友達の帰りを待っていてあげるだけでいいんたから」
れむはにこやかに答える。
そしてやっと後ろで所在なげな様子で佇んでいる少年たちの方にも目を向けた。
「あの……れむさん、彼らは事件のあった日に一緒に肝試しをした同じクラスの山岸君と杉原君です」
白いパーカーから伸びた紐を引っ張りながら理宇が二人の少年たちを紹介する。
「ども。山岸崇です」
ハキハキとした口調で話す崇は、よく日焼けした精悍な顔立ちをしている。
稲穂のような金色に染めた短めの髪に迷彩柄の大ぶりなバンダナを巻いているのが印象的だ。
口調はハキハキしているが、どうもいつもは無口なようで、やや初対面だととっつきにくい感じがした。
「初めまして。杉原千紘です。僕ら、行方不明になった川瀬さんとは同じ高校に通う二年生なんです。今回ここへお邪魔させていただいたのは、微力ながら少しでも皆さんのお手伝いをしたいと思って、そこの黒崎さんに無理を言って集まらせてもらいました」
続いて物腰も柔らかく理路整然と物をいう理知的な千紘が前へ出て挨拶をしてきた。
千紘は崇と違って物腰も柔らかく優しい印象を受ける。
眼鏡をかけているからか、大正時代の書生のような雰囲気のある少年だった。
千紘は崇が説明しなかった部分を全て説明してくれたので、れむにも彼らがここへ来た経緯を理解する事が出来た。
「そうなんだ……。皆、友達思いなんだね」
「………まぁ、というわけなんだ。れむちゃん、ひょんな事からこのガキ共も協力する事になっちまったが、まぁ双葉がいたらきっとこのガキ共とれむちゃん合わせてやっと一人前ってところかな。ははは」
「ちょっ、黒ちゃん酷いっ!」
軽妙な軽口でその場を盛り上げる希州に、ようやく高校生たちの緊張もほぐれてきたのか笑みが浮かぶ。
その中でひと際引きしまった表情の稜葉が一歩前へ進み出た。
「それじゃあ、兄さんたちはまだだけど、説明に入らせてもらいますよ」
その一声に一同息を呑んだ。
「まずはこの屋敷の事なんだけど、この屋敷自体には何もおかしなものはない。これは何度も調査してわかりました」
「えーっ、マジかよ。だってそんじゃこの屋敷でいなくなったヤツらはどうなってるんだよ。現に川瀬のヤツはまだ戻ってないんだぞ」
「山岸くん、そんなに大きな声出さないでよ。でも僕もそれでは納得出来ません。皆さんも知っての通り、この巳波邸には昔から怪談じみた噂がいくつもあります。稜葉さんの言葉はその全てを否定する事になりますよ?ここで過去にも多数の人間が行方不明になっているという事実は変わりません」
「杉浦くん……」
声を荒げる崇の横から千紘が割って出てきた。
理宇はただ黙って不安そうに二人を見つめた。
「違うんだ…………」
やがて稜葉の口から出てきた言葉は硬質で聞く者の表情を凍り付かせた。
「違うって何がですか?稜葉さん」
れむはソファには座らず、立ち上がって稜葉の硬い表情を見守る。
「違うのは怪異はこの屋敷ではなくて、この庭全てが元凶だったんだっ!」
「!」
一同の前に重い空気と鋭い痛みにも似た衝撃が走る。
崇は何か言いたそうにしていたが、それを上手く口に出せないでいるようだ。
「庭………」
確かにあの庭には立ち入った時から言い知れない圧迫感があった。
表現し難い胸の中が重たくなるようなそんな不快な空気を感じていた。
「あの……佐穂は…佐穂はこの屋敷の中じゃなくて………」
「理宇ちゃん……」
れむは理宇の傍に寄り、小刻みに震える小さな肩を抱きしめてあげた。
「多分、屋敷の中を隈なく探しても骨一つ見つからないだろう。怪しいのはあの「池」だろうな」
希州が顎に手を当てながら窓の向こうに広がる庭の奥……池の方角を見た。
「そうです。これから夜が深くなるにつれ、この屋敷全体を覆っている「モノ」の正体がはっきりする事でしょう。しかしそれと同時にその「モノ」の力は増してしまいます」
「じゃあ、どうしたら………」
「とりあえずこの屋敷に結界を張ります。そしてその「モノ」が現れるまで待機し、姿を現したら一気に池を封じます。そこからが本番です。池と繋がった「霊道」を通り、佐穂子さんを救出します。多分相当衰弱しているはずです。最悪………」
「稜葉さんっ!」
れむが鋭い声を発する。理宇を気遣っての事だろう。
「そうですね。まだ最悪を考えるには早すぎます。それでは時間まで各々待機していてください。僕はこれから庭周辺にも結界を張ります」
稜葉は幾分疲れを感じた顔で椅子から立ち上がり、ゆっくりと部屋を出て行った。
残された面々は不安を口に出せず、気まずい空気が流れた。
「まぁ、ここでウジウジしててもしゃあない。れむちゃん、晩飯の支度でもしないか?」
場の空気を換えるように希州がパンパンと手を叩き、黒衣の袖を捲りながら顎でキッチンを示した。
「あ、そうですね。あたしも何か作りますよ」
れむは勢いよく頷くと、やる気満々な様子で腕まくりを始める。
しかしそれを見て希州の脳裏に暗黒の記憶が蓋を開けた。
「げげげっ、そ……そういえば……やっぱりれむちゃんはここでガキ共と一緒に大人しくしててくれや。料理はオレが作るから」
希州はいつぞやれむが差し入れにと持ってきた手作りの炭のようなクッキーを思い出し、額に冷たい汗を拭きだし、慌ててキッチンへ消えた。
「あっ、ちょっとー!酷いじゃないですか黒ちゃん!あたしも簡単なものだったら作れますって~っ」
「あの、れむさん。あたしもお手伝いします」
理宇がおずおずとれむの隣へ歩み寄ってきた。
「うんっ!じゃあ二人で頑張って黒ちゃんを驚かせてやろうねっ」
「はいっ!」
二人はお互いの顔を見て笑い合いながらキッチンへ入っていった。
「工藤さん、変わったね」
その時、千紘が二人の後ろ姿を見てポツリとそうこぼした。
それを聞いた崇は驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。
「ああ。強くなった」
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