第17話「夕暮れのモラトリアム」
「おや、ここはすっかり片付いたようですね。お二人とも、ご苦労様でした」
窓から差し込む金色の西日を背に、庭の方から稜葉がやって来た。
一緒にいたはずの夜斗の姿はない。
彼はこの暑さだというのに汗一つ浮かべる事なく、足元までを覆うくらい長い神父服を身にまとっている。
鍔の広い帽子からは白い顔と対照的な漆黒の髪と瞳が覗いている。
「稜葉さん、差し入れありがとうございました」
「いえいえ。礼には及びませんよ。それにれむさんは将来僕の義姉さんになる方なんですから、遠慮はしないでください」
「えっ、ちょ…稜葉さんっ」
しれっとした顔でとんでもない事を口にする稜葉にれむもたじたじである。
「おいおい稜葉くん。あまりれむちゃんをからかうものではないぞ。後の双葉の反応が怖い」
そう言って希州はビールの缶を片手でくしゃりと握りつぶし、コンビニの袋へと突っ込んだ。
「からかってなんていませんよ。僕はいつでも本気です」
「やれやれ。お前さんは昔から何を考えているのか見当もつかないな」
「えっ、黒ちゃんって稜葉さんの事、昔からご存知だったんですか?」
れむの言葉に希州は一瞬息を吞み込み、しまったとでも言いたそうに顔を顰めた。
「ん………まぁね。色々な」
「ええ、黒崎さんは兄さんと仲が良かったので、僕ともとても懇意にして頂いているんですよ」
稜葉はにこにこと得体のしれない笑みを浮かべて希州の方を見た。
「……そ………それはそうとだ、ダウジングの結果はどう出た?」
その話題には触れて欲しくなかったのか、希州はわざとらしいくらい唐突に話題を切り替えた。
「え、待ってください。まだ所長が戻ってないですよ」
「まぁ、経緯については兄さんに僕から説明しておくよ。それよりダウジングの結果はやはり怪異の本体はこの屋敷ではないと出ました。つきましては出来れば今夜行動を起こしてみようと思うんだけど、どうでしょうか」
稜葉は希州とれむの顔を交互に見た。
双葉とよく似た研ぎ澄まされた怜悧な美貌には逆らえないような凄みがある。
「それは火急を要するという事かな?」
静かに希州が問いかける。
「ええ。そうです。厳密にはこの屋敷というよりは行方不明になった女子高生の生存の方が急を要するって事です」
「そうですね。あたし、その行方不明になったっていう川瀬佐穂子さんのお友達から依頼を受けているんですよ」
あの時の不安そうな理宇の表情を思い出すと、れむはどうしても何とかしてあげたいと思ってしまう。
そんな必死で不安な様子が伝わったのか、気付くと二人がれむの肩に手を置いた。
「大丈夫。僕たちで必ず彼女を助けよう」
「そうそう。絶対何とかなるさ」
「黒ちゃん……。稜葉さん……」
れむは立ち上がり、二人の顔を見て大きく頷いた。
「皆で頑張ろうじゃないか。それに双葉の事なら心配はいらないぞ。さっき夜斗を向かわせた」
「えっ、夜斗くんをですか?」
「ああ。あいつは色々と役立つからね」
「ありがとうございます。黒ちゃん」
ようやくれむは明るい笑みを浮かべた。
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