第13話「時の止まった部屋」

屋敷の中へ一歩足を踏み入れた瞬間、リフォームされた新しい建材の匂いに交じって微かな黴の臭気を感じた。


広い玄関は明るく見通しも良い。

ぐるりと見渡してみると、最初に目にとまるのが大理石の床に真新しい靴箱だ。

それにギリシャ彫刻を模した白い陶器製の傘立てなどが綺麗に配置されていて清潔感がある。


しかし見た目はどんなに綺麗に見えても、屋敷に流れる空気は重く、何故か胸に不安感が迫り出してくなるような、どうも落ち着かなくさせる何かがあった。


「うむ。どうも空気が悪いな……」


「同感」


ギシギシとフローリングの床を軋ませ、双葉が秀麗な眉根を寄せて発した一言に全員が同意する。


「きっとこの屋敷に不浄な気が充満しているせいだろうな」


一行はこの屋敷の中で一番広く明るい部屋、居間に入った。

中は白で統一されていた。

白い革張りのソファ、可愛らしい出窓を飾る繊細なレースのロールスクリーン。そしてキッチンへ続く動線にそって床にダウンライトが埋め込まれているのもお洒落である。


れむはゆっくりと居間のサイドボードに近寄ってみる。

新築のようにリフォームされた居間はまるでモデルルームのように生活感がない。


「ここってそんなに長い間、無人だったんですか?」


ここは巳波一家が半月暮らしていたはずだが、少しもその生活の痕跡が見られない。


「ええ。確か築五十年経っていますが、実際に人が住んでいたのはその半分にも満たないはずです。巳波さんも、一応待望のマイホームという事で多少意地になって半月は生活していたしていたのですが、奥さんとお子さんは最初の一週間で気味悪がって出て行ったそうです」


「そ……そうなんですか」


れむは納得して苦笑いを浮かべて居間から出ようとする。


「おい。どこへ行く気だ?」


白い台形出窓に寄りかかり、何か考え事をしていた様子の双葉が咎めるように反応した。


「えっ?ただ他のお部屋はどうなっているのかなって思って……もしかしてダメでしたか?」


双葉の不快げに歪められた眉の意味は分かっていた。

れむの勝手な行動に対してだろう。


「まだここが安全だと分かったわけじゃない。勝手な行動は慎んでくれ」


「ふぁ~い」


「まぁまぁ。双葉もそんな怖い顔しなさんな。ここは夜斗に任せておいて、俺らは他の部屋を見て来ようじゃないの。なぁに、皆で行けばいいんだ。なぁ、れむちゃん」


一気に沈んだ空気を払拭するかのようにひと際大きな声で希州は場をとりなした。

彼はこういう気配りが実に上手い。


「うむ。行って来るといいぞ。れむ。ここは儂が見張っておるから、皆で部屋を見て来い。ただ見たところ、あの二階へ続く階段、ありゃ相当ガタがきているぞ。気を付ける事だな」


希州の装束の袷から顔を出したマメシバ姿の夜斗は、ヒラリと降り立ち、その姿を細身の少年へと転じた。


「それじゃあ行こう。兄さんもいいよね?」


ニッコリ微笑んで双葉を見上げる稜葉に双葉は無言でその横をすり抜けた。

どうやら他の部屋を回る事には賛成らしい。


「ふふふっ。素直じゃないね」


希州と稜葉は二人で顔を見合わせて笑った。


「まぁ、そこが所長の可愛いところですよ」

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