第7話「怪異への扉」
「あ、れむさん、お酒何か飲みますか?」
「いえ、あたし一応まだ未成年なので……」
稜葉の泊まるホテルから五分程車を走らせた先は、オシャレな一軒家風のイタリアンレストランだった。
れむは勝手に沖縄色の強い居酒屋風の店を想像していたので意外だった。
薄闇にカラカラと回転する金色の風見鶏が店の雰囲気にとてもマッチしている。
そんな店の奥の席にれむと双葉、そして向かい側に稜葉が座った。
綺麗なクロスが掛けられたテーブルには生ハムのピッツァと米ナスの冷製パスタ等が並べられ、食欲を刺激する良い香りが充満している。
そこに稜葉が手慣れた様子でれむにロゼワインを勧めてきた。
「稜葉。あまりコレには構わないでくれ。それより話の続きをしろ」
「所長~っ、コレってあたしの事ですか……」
「ははは。未来の義姉さんにそんな失礼な真似出来ませんよ。たとえ飲めなくても女性に勧めるのは紳士の礼儀です」
飄々とした態度でよく分からぬ持論を持ち出す稜葉に双葉はため息を吐いた。
「稜葉…。お前なぁ」
ギロリと凍てつく吹雪のような眼光が稜葉を射抜く。
しかし稜葉は動じる事なく肩を竦め、美味そうにパスタをフォークに絡めて口へ運んだ。
「はいはい。仕事の話でしたね~。了解です。まず今回兄さんに家相を見てもらう予定だった依頼人っていうのが去年僕たちの結婚式の時にお世話になった人なんだよね。その人が先月この辺りで格安中古の家を買ったんだ。何でも土地も含めて破格の価格だったらしい。それでちょっと気になって調べてみたら、その家、近所では有名な「幽霊屋敷」だって話なんだよね」
「ゆ…幽霊屋敷ですか」
れむの喉が自然にゴクリと鳴った。
稜葉は静かに頷く。
「それで祈祷師や宮司に頼んでしっかりお祓いをしてもらったっていうんで、依頼主…あ、巳波さんっていうんだけど、彼は説得して奥さんと息子さんたちを連れて来たんだ。一~二日目は異常はなかったんだけど、その内やっぱり「幽霊屋敷」に相応しい「怪異」が頻発したらしい。きっちり絞めたはずの水道管が知らずに凄い勢いで流れていたり、突然消していたテレビの電源が入ったり、家具の位置が変わっていたりと様々。たまたま息抜き旅行に来ていた僕が巳波さんに再会してこの話を聞いたんだけど、だったらまた祈祷師に頼むより風水師に相談してみてはどうかって話になったんだ。僕は大変優秀な風水師を知ってますよってね」
稜葉は意味深にウィンクした。
双葉は顔を顰める。
「大変優秀だって、所長」
れむがニヤニヤしながら双葉の顔を覗き込む。
「誤解をうむような誇大宣伝はよしてくれ。お前が言うと妙な悪名が広がりそうだ」
「酷いな。身内を応援して何が悪いのさ」
微細なデザインのワイングラスの縁を人差し指でもてあそびながら、稜葉はさも楽しそうな顔つきだ。
「まぁ、その辺りの経緯し既にお前から聞いている。その巳波家の家相を鑑定し、怪異の原因を突き止めるというのだろう?気になるのは先ほどの事情が変わったという点だ。一体どうなっている?」
店に設えられている間接照明の明かりで双葉のレモン色の髪はプラチナのように透き通って見える。
そして光彩の浅い瞳は訝るように稜葉の真意を探るように凝視している。
「うん…。僕も昨日知ったんだけどね。巳波さん一家はそこに一週間も住まないうちにそこを出て、今は近くのホテルにいるんだ。そしてその無人になった家に、肝試しか何かで訪れた高校生グループの内の一人が行方不明になったんだよ」
「えっ…行方不明ですか?」
話が急に深刻になってきて、れむも顔色を変える。
「そうか……それで今は家相鑑定どころではなくなったという事なんだな?」
重くなってきた空気に、酒が入り嬌声をあげる周囲の客たちの声が、まるで隔絶された別世界のように遠く聞こえた。
しかし稜葉の話が事実ならば、これはもう警察の領域である。
既に問題の屋敷は警察の管轄となって、規制が敷かれているはずだ。
だとするともう自分たちにはどうする事も出来ないだろう。
それを汲み取ったのか、稜葉は笑みを一層深める。
「まぁね。でもでも中々面白そうな事件だと思わない?あの屋敷は実際、迷路のように入り組んだ設計をしているわけでもないし、ごく一般的な住宅に過ぎない。だからどこかに隠れられる隙間も限られる。じゃあ一体その子はどこに消えたんだろうね?」
「……………」
双葉は難しい顔で腕を組んでいる。
「………か…隠し部屋とか?」
沈黙に耐えられなくなって、れむがそう発言すると、稜葉は自分の隣の椅子に置いておいたファイルを二人の前に広げた。
「あ、それ巳波さんのお宅の図面ですか?」
「うん。ざっと見てそんなに広くもないし、隠し部屋が存在しそうな不審なスペースも見当たらないでしょ?」
れむは食い入るように図面を凝視する。
しかし双葉はそれに目を通す事もせず軽く息を吐いた。
「ふん。馬鹿馬鹿しい。そこらの悪ガキの集まりだろう。どうせその肝試しとやらが怖くなって逃げ出しただけだろう」
「でも所長、行方不明って言うんですから、きっと家に帰ってないんですよ。その子」
「まぁまぁ。その真偽を明日一緒に調べに行ってみない?お二人さん」
双葉は正気を疑うとでもいいたそうな顔で弟を見た。
「はっ、お前は何を言ってるんだ?その家にはもう入りたくても入れないんだろう」
「その件なら大丈夫だって。こうなると思って昨日色々根回ししたからさ♡」
「根回しだと?」
「そ。多分明日は顔パスで入れると思うよ」
謎を深める稜葉の意味ありげな微笑みに双葉たちは困惑の色を深める。
「さ。食事も終わった事だし、そろそろ今日はお開きとしようか。明日は早いよ~」
二人に軽い流し目を送り、稜葉はヒラリと長身を翻し、テーブルからオーダーメモを取り上げてレジの方へ歩き出してしまう。
こういう強引なところはやはり兄弟だなとれむは心の中で呟いた。
「おい待て。稜葉。ここり払いは私が……」
先手を取られた双葉が慌てて席を立つ。
「いいって、いいって。今日は二人が沖縄に来た記念って事で僕が奢るよ。それに今のうちかられむさんに点数を稼いでおきたいしね」
「い…稜葉さんっ」
店内に明るい稜葉の笑い声が響く。
れむは今まで出会った事のない奇特な人格に終始翻弄されっぱなしだった。
「済まんな。春日君。ああいう奴なんだ。弟は」
横からボソリと双葉がフォローを入れる。
だが、そんな双葉も心なしかゲッソリしていた。
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