第6話「奇奇怪怪タングラム」
「あの…何であたしの名前を知っているんですか?」
れむが警戒心を隠さずにおずおず尋ねると、青年は柔らかな笑みを浮かべた。
「何でって、そりゃあれむさんは僕の将来の義姉さんになる方ですからね」
「義姉さん?」
平然とした態度で青年はれむに向けて少し意地の悪い笑みを零す。
れむの困惑はますます広がっていく一方だった。
「そこまでにしないか。稜葉」
その時、ポコンと青年の背後から丸めた沖縄のペナントを叩きつけたのは、ムッとした顔の双葉だった。
「あっ、所長っ!」
れむはその顔を見て、やっと安堵したように双葉の横に移動した。
稜葉と呼ばれた青年は、その笑みを維持したまま二人を見つめた。
「やぁ、兄さん。久しぶり。壮健そうでなにより、れむさん。ごめんね」
「相変わらずの性格だな。お前は」
双葉は忌々しそうに吐き捨てた。
こうして並ぶと二人はどことなく似通った容姿をしている。
「あの…もしかして、この人、所長の……」
「うん。愛する弟だよ」
「愛してなどいない」
双葉のすぐ横から声色を真似て子供じみた悪戯をする稜葉。その本意を覗くのは難しそうだ。
「改めて紹介しよう。この唐変木は恥ずかしながら私の愚弟、稜葉だ」
「よろしくね。れむさん。あ、義姉さんって呼んだ方がいい?」
「稜葉。いい加減にしないか」
「いえ……あの、よろしくお願いします。稜葉さん」
れむは差し出された手を軽く握った。
「じゃあ、自己紹介も済んだ事だし、「仕事」の話でもする?それにしても本当に久しぶりだよね」
「ああ、最後にお前と会ったのはお前の結婚式の時だったか?その時も沖縄で挙げただろう」
「えっ、稜葉さんって結婚してるんですか?」
れむは思わず二人の間に口を挟んでしまった。
稜葉の外見から察するにれむとそう年齢は変わらないと思うし、あまり彼からは生活感を感じないので結婚という概念すら彼の中にはないように感じた。
「ん、もしかして残念でした?僕が他の女のモノで」
からかうような稜葉のセリフに双葉は眉を吊り上げる。
「いえあの、稜葉さんっておいくつなんですか?所長の弟さんって事は……」
「21。結婚したのは去年。今は東京の教会で神父してます。もし暇があったら礼拝にでも来てね。タメになるお話をたっぷりしてあげるから」
「は…はぁ、そうなんですか。神父さん……何か格好良いですね」
「それは有難うございます。まぁ、妻の家業を継いだだけなんですけどね。僕は婿養子だから」
「そうなんですか」
「コイツはさっさと「家」を棄てたからな」
静かな口調で双葉は吐き捨てるように言った。
「高羽の「家」に縛り付けられ、一生飼い殺しにされる人生に嫌気が差したんだよ。僕は兄さんが半ば幽閉同然に扱われていたのを見て育ったからね。あの家は怖いよ。……本当に」
ふいに曇った表情を浮かべる稜葉に、双葉は複雑なため息を吐いた。
「ま、そんな話はまた今度にして、今は「仕事」の話をしないか?稜葉」
立ち話もなんだからと稜葉も同意する。
双葉は強引に話を打ち切ったのだ。
……………所長、どうしたのかな。
★★★★★★
「ああ、そうそう。予定だと本当はこれからその依頼主に直接会ってもらいたかったんだけど、今日はもう遅いからね。明日出直そうよ」
「済まんな。稜葉」
申し訳なさそうな双葉に稜葉は柔和な笑みを浮かべる。
「いいって、いいって。それにちょっと向こうの方で事情が変わったとかで、その件についても相談したかっしね」
「事情が変わった?」
訝るように双葉が眉を寄せる。
「そこのところはご飯でも食べながら話すよ。兄さんたち、まだ何も食べてないんでしょ?僕、いいお店知ってるからさ」
確かに思えば沖縄に着いてからというもの、まだ飲み物以外何も口にしていない。
れむは言われてみてから急に空腹を感じた。
双葉としても同感らしく、稜葉の提案を受ける事にした。
「いいだろう。ではその「いい店」とやらに向かおう」
「オーケー。じゃあ行こうか」
三人はホテルのロビーから出て、双葉の運転で市街へ出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます