第5話「双葉の兄弟」

「おい。そろそろ起きたらどうなんだ?」

「ふぁぁ…むっ……むに~っ?」


あれから二人は市内でレンタカーを借り、那覇市にあるホテルへと移動した。

その間、沖縄へは何度か訪れた事のある双葉が優秀なガイドぶりを披露してくれたのだが、当のれむはその半分以上を聞き流し、あろう事か後半はすっかり寝入ってしまった。

れむが再び思い瞼を開けると、いきなり長い睫毛に縁どられた飴色の瞳が視界一杯に広がって焦った。

双葉の双眸は怒りの為か、白目の部分が薄っすら青みが差している。

これは相当ご立腹の様子だ。


「い……いゃ~。所長。分かりやすいガイド、あざーしたっ!あれ、もう着いたようですね。る~る~る~♪っと」

空々しくれむは車のドアを開けて外に逃避した。

気付けば車に乗り込むまではまだ高かった太陽が、今では大分東へ傾いてしまっている。

それまでの長い間、慣れない暑さの中運転を頑張ってきたただろう双葉の苦労が今ここでやっと理解出来た。


「君の為にせっかく観光スポットをわざわざ迂回までして巡ってやったというのに、君ときたら隣で高鼾。何度このパターンを経験した事か。私も君につられて学習能力が低下したらしい」

「えっ、だからこんなに時間が経っていたんですか?すみません。所長」

「ふっ。別にいいさ。今に始まった事ではない」

一応の反省の色を示したれむに、双葉はやや気勢を削がれたのか諦めたように肩を竦めた。

二人はやがて宿泊先でもあるホテルへチェックインした。

「いいか。荷物を置いたらすぐに稜葉のいるホテルへ向かうぞ」

「分かりました~」


              ★★★★


「春日君、そろそろ下りる準備を始めろ。もうすぐ着くぞ」

双葉の運転するレンタカーは数分走った後、那覇市でも中心部にあるホテル街へ入った。

夕暮れを程なく過ぎても人通りは絶えなく賑わっている。


「さぁ、このホテルの弟が泊まっている。予定よりも遅くなった。一応遅れる事は連絡済みだが早く行こう」

スラリとした体躯を滑らせ、まるでこれから夜会にでも行くような優雅さで双葉が車を降りる。

そしてれむを振り返る事なくホテルのロビーへと向かう。


「所長の弟さんかぁ。どんな人なんだろう」

双葉の後を追いかけながられむはぼんやりとこれから出会う双葉の身内の事を考えていた。

彼はあまり自分の家族や過去の事を話したがらない。だからどんな家族構成なのかとか、出身地や幼少の事はまったく知らなかった。

だから今回彼の弟と会うという事になって多少緊張していた。


稜葉の泊まるホテルはれむたちが泊まるホテルよりも小さいが、洗練されていて都会的な印象だった。

中に入るとひんやりした空調が身体を包み込む。

双葉は既にロビーで面会の取り付けを行っていた。

しばらく時間がかかりそうだったので、れむはまた土産物売り場を見学する事にした。

ロビーの目立つ場所に大きな売店があるのを発見すると真っすぐに向かう。


「ふ~ん。どれどれ。黒糖石鹸にソーキ蕎麦、あ、これ沖縄風ドーナツ。サーターアンダギーだ。でも最近はどれも東京でも手に入るんだよなぁ。何かこれぞ沖縄だぜってパンチの効いたものはないのかなぁ……」


「だったらこんなのはどうだい?」


その時、突然土産物を物色するれむの背後から男の声がかかった。

少し甘めの柔らかなバリトンだ。

「はい?……って、ええええええええええええええっっ!」


目の前には沖縄の伝統的な装飾を施した異様な面をつけた男の人が立っていた。

振り返ったれむは思わず大きな声を上げてしまい、周囲の客たちの視線を浴びてしまう。

慌てて口を覆ったが、もう遅い。

他の観光客たちの冷たい視線が痛い。それに気付いた双葉もカウンターから怖い顔でこちらの方を睨んでいる。


「あわわわっ。目立つなって言われていたのに」

「ああ。ごめんね。まさか君がそんな驚くと思ってなかったから」

面をつけた男はくぐもった声で非礼を詫びると、そっとその面を外した。

サラリと漆黒の髪が面の外へ流れる。


「あ……すごっ。凄い美形さんだぁ」


面の下から現れたのは、普段整った顔立ちの双葉の顔を見慣れているれむでも思わずはっとするような整った顔立ちをしていた。

年の頃はれむよりやや上くらいだろうか。切れ長の瞳にやや冷酷そうな印象を受けるが、それが彼の魅力としてプラスら働いているようだ。


「初めまして、れむさん。そしてようこそ。沖縄へ」


紳士のように胸に手を当てて青年は甘やかな微笑んだ。

れむは突然自分の名前を言い当てられ、困惑の色を示した。




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