第七十四話 ラスト、誕生

「ふふふ。本当にうれしいわ。これで、帝国も、世界も、私のものだもの」


「き、貴様……」


 コーデリアは、喜んでいるのだ。

 ダリアも、アライアも、死んだ。

 つまり、コーデリアが、世界を手に入れることができるのだ。

 独占しようとしているのだ。

 おそらく、カイリとダリアが死闘を繰り広げているのを黙ってみていたのだろう。

 カイリは、またしても、利用されてしまったのだろうか。

 そう思うと、怒りを露わにした。

 自分の事が許せなくて。

 コーデリアは、容赦なく、剣をカイリから引き抜いた。


「かはっ!!」


 カイリは、血を吐いて倒れる。

 そして、そのまま意識を失ってしまったのだ。

 限界を超えてしまったのだろう。


「さようなら、カイリ」


 コーデリアは、カイリに別れを告げた。

 しかも、涙を流しながら。

 その時だ。

 帝国兵達が、女帝の間に入ってきたのは。


「コーデリア様、どうなさいますか?殺しますか?」


「いいえ、殺さないわ」


「え?」


 帝国兵は、コーデリアに問いかける。 

 カイリをどうするつもりなのかと。

 もちろん、帝国兵は、カイリの事を敵とみなしている。

 目の前にいる彼は、暗殺者だと。

 だが、意外にも、コーデリアは、カイリの事を殺そうとはしていなかった。

 これには、さすがの帝国兵も、驚きを隠せない。


「怪我を治して、牢屋に入れなさい」


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 衝撃的な言葉を口にしたコーデリア。

 なんと、カイリの怪我を治せと言うのだ。

 しかも、殺さずに、牢屋に閉じ込めろと。

 帝国兵は慌てて、コーデリアを止めた。

 何もかもが、理解できずに。


「あら?何かしら?」


「こ、こいつは、ダリア様やアライア様を殺した暗殺者ですよ?なぜ、怪我を治して、牢に?」


 コーデリアは、笑みを浮かべて、問いかける。

 まるで、自分のしたことが正しいのに、なぜ、止められたのかと、理解していないようだ。

 帝国兵は、コーデリアに問いかけた。

 怪我を治して、牢屋に入れる理由がわからない。

 理解できるはずもなかった。


「こいつは、利用価値があるからよ」


「し、しかし……」


 コーデリアは、答えた。

 まだ、カイリを利用しようとしているらしい。

 だが、それでも、帝国兵は、躊躇した。

 当然であろう。

 カイリは、ダリアとアライアを殺した敵なのだから。


「私の命令が聞けないというの?」


「い、いえ!!」


 コーデリアは、苛立ったように帝国兵に問いかける。

 命令に背くのかと。

 帝国兵は、慌てて、カイリの元へ駆け寄る。

 そして、カイリの怪我を治し、カイリを運んだ。

 牢に、閉じ込める為に。

 彼らと入れ替わるように、キウス兵長が女帝の間に入ってきた。

 もちろん、コーデリアと帝国兵のやり取りは、見ていたが。


「貴方は、何を考えていらっしゃるのですか?コーデリア様」


「別に?あの子を、私のものにしたいだけよ」


 キウス兵長はコーデリアに問いかける。 

 理解できないのだろう。

 なぜ、カイリを殺さずに、牢に閉じ込めることにしたのか。

 ダリアとアライアは、カイリを殺そうとしたのに。

 コーデリアは、平然と答えた。

 カイリのことを愛している。

 それも、ゆがんだ愛情を抱いていたのだ。

 だからこそ、カイリを牢屋に閉じ込めることにした。

 魔神の器として、カイリを永遠に自分のものにする為に。


「さあ、キウス兵長、皆に伝えて。儀式をやるわよ」


 コーデリアは、キウス兵長に命じた。

 神魂の儀を行う事を決意したのだ。

 自分が、世界を手に入れる為に。

 こうして、神魂の儀は、行われようとしていた。

 だが、コーデリア達は、まだ、知らない。

 神魂の儀は、失敗すると。

 ヴィオレットとカイリの手によって。



 その頃、帝国兵は、カイリを肩に担いで、牢屋へと向かっていた。


「なんで、こいつを……」


 帝国兵は、しぶしぶ、運んでいるようだ。

 不満を抱いているのだろう。

 なぜ、カイリを運ばなければならないのか。 

 殺せばいいものをと思っているに違いない。

 その時であった。

 カイリが、目を覚まし、短剣で、帝国兵の首を後ろから突き刺したのは。


「かはっ!!」


 カイリを運んでいた帝国兵は、血を吐き、倒れる。

 殺されてしまったのだ。

 カイリに。

 カイリは、そのまま、着地し、構えた。


「こ、こいつ!!」


 他の帝国兵は、カイリに刃を向ける。

 それも、手を震わせながら。

 恐れているのだろう。

 殺されると、危機感を感じて。

 だが、カイリは、一瞬にして、帝国兵を切り刻む。

 帝国兵は、倒れ、命を落とした。


「もう、ためらわない。いかなる手段を使っても、復活を止める」


 カイリは、決意を固めた。

 どのような手段を使っても、魔神復活を止めると。

 たとえ、命を犠牲にするとわかっていてもだ。

 カイリは、ゆっくりと、歩き始めた。

 


 カイリが、たどり着いたのは、地下だ。


――さて、そろそろだな。ルチアには、手紙を出した。これで、止められるはずだ。


 カイリが、目指している場所は、聖剣と魔剣が置かれてある部屋だ。

 あの後、カイリは、気配を消し、身を隠しながら、ルチアがいる部屋に向かった。

 そして、手紙を扉と床の隙間から、送ったのだ。

 聖女が、聖剣を持ってきてほしいと。

 もちろん、嘘だ。

 ルチアをこの地下に呼び寄せるためであった。 


――あとは、殺すだけだ。すまないな、ルチア。


 カイリの目的は、ルチアを殺すことであった。

 ルチアを殺す事で、魔神復活を止める。

 だが、殺そうとしているのは、ルチアだけではない。 

 ヴィオレットも、他のヴァルキュリア達も、殺そうとしているのだ。

 魔剣で。

 ヴァルキュリアを殺す事は不可能に等しい。

 アライアが、作った体は、再生能力を持つのだから。

 ヴァルキュリアを殺せるのは、ヴァルキュリアだけ。

 アライアが、書き記した書類にはそう書かれてあったのだ

 だが、魔剣であれば、ヴァルキュリアでなくとも。

 カイリは、魔剣を利用して、ヴァルキュリアを殺し、コーデリアを絶望に陥れようとしていた。

 コーデリアに復讐しようとしていたのだ。

 カイリは魔剣へと近づく。 

 だが、その時であった。

 カイリよりも先に、何者かが、聖剣と魔剣に近づいたのは。


――ん?あれは……ヴィオレット?


 聖剣と魔剣に近づいたのは、ルチアではない。

 なんと、ヴィオレットだったのだ。

 だが、様子がおかしい。

 聖剣と魔剣の前にたどり着いたヴィオレットは、なぜ、魔剣に触れようとしていた。

 それも、退き寄せられるかのように。


――駄目だ。あれを手にしては!!


 カイリは、ヴィオレットの元へ向かおうとしていた。

 魔剣を触れさせてはならないのだ。

 魔剣は、聖剣とは違う。

 触れれば、暴走する。

 そして、多くの命を奪ってしまうのだ。

 そうさせてはならない。

 ゆえに、カイリは、ヴィオレットを止めようとした。

 だが時すでに遅し。

 ヴィオレットは、魔剣に触れてしまったのだ。

 その瞬間、魔剣は暴走し、まがまがしい力が発動されてしまった。

 それも、爆発して。


「ぐあっ!!」


 カイリは、爆発に巻き込まれてしまう。

 そして、意識を失ってしまったのだ。

 一瞬で。

 魔剣は、それほどの威力を持っているのだろう。



 カイリが、意識を失ってから、数分の事であった。


「う……」


 カイリは、意識を取り戻し、目を開けた。

 

「何が起こって……」


 カイリは、状況を把握できていないようだ。

 視界が、ぼんやりとしている。

 カイリは、頭を振り、意識をはっきりとさせた。

 その時であった。


「っ!!」


 カイリは、目を見開き、衝撃を受けた。

 なんと、ヴィオレットが、魔剣でルチアを刺していたのだ。

 だが、ルチアの姿はない。

 聖剣もだ。

 残されていたのは、血に染まった床と魔剣、そして、ヴィオレットだけであった。


「こんなことになるとは……」


 予想外だ。 

 まさか、ヴィオレットが、ルチアを殺すとは。

 おそらく、暴走してしまったのだろう。

 ヴィオレットは、なぜ、ここを訪れたのだろうか。

 聖剣を手にしようとしていたのだろうか。

 思考を巡らせるカイリ。

 だが、その時であった。

 帝国兵が、ヴィオレットの元へと迫ってきたのは。


「まずい……」


 カイリは、ヴィオレットの元へ向かおうとする。

 だが、痛みで思うように体が動かない。

 その間に、帝国兵は、ヴィオレットの周りを取り囲み、あっという間に、ヴィオレットは、帝国兵に連れていかれてしまった。


「ちっ。止められなかったか……」


 舌打ちをするカイリ。

 計画が狂ってしまった。

 自分が、ルチアを殺すつもりだったのに。

 いや、ヴァルキュリアを殺すつもりだったというのに。


――聖剣も、ゆくえがわからなくなってしまった。だが、魔剣があれば……。


 なぜ、ルチアと聖剣が、行方をくらましたのかは不明だ。

 だが、魔剣が残っている。

 魔剣さえ、手に入れれば、ヴァルキュリア達を殺せる。

 カイリは、体を引きずりながら、魔剣の元へとたどり着く。

 そして、魔剣に触れようとした。

 だが、魔剣から、電撃が発動される。

 カイリを拒絶しているかのようだ。


――拒絶されてる?どうすればいい?


 信じられなかった。

 なぜ、自分は、拒絶されているのか、不明だ。

 魔剣は、意思を持っているというのだろうか。

 見当もつかないカイリ。

 どうするべきなのだろうか。


――こうなったら、あいつを利用しよう。


 カイリは、ある事を思いついた。

 ヴィオレットを利用しようとしているのだ。

 ヴァルキュリアを殺せるのは、ヴァルキュリアだけ。

 ヴィオレットに真実を話し、ヴァルキュリア達を殺させることで、魔神復活を阻止しようとしているのだ。


「私は、暗殺者になろう。帝国を滅ぼす暗殺者に」


 カイリは、決意を固めた。

 死人だらけの帝国を滅ぼすと。

 偽りの楽園を破壊する暗殺者になる事を。


「私は……いや、俺は……ラストだ」


 カイリは、仮面をつけ、自分に言い聞かせる。

 皇子ではなく、暗殺者であると。

 カイリと言う名を捨て、ラストと名乗る事を。

 その後、ラストは、ヴィオレットの元へ向かった。

 全てを語り、ヴィオレットと共に帝国を滅ぼすために。

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