第七十五話 始まりの時が来るまで
魔神復活計画は、失敗に終わった。
ヴィオレットが、ルチアを殺してしまった事で。
コーデリアは、ヴィオレットの処刑を命じたが、それすらも、不可能であった。
なぜなら、ラストがヴィオレットを牢から逃がし、王宮エリアから脱出したからだ。
帝国を滅ぼすために。
コーデリアは、全ての帝国の民に、ヴィオレットが、ルチアを殺したことを語り、ヴィオレットの事を裏切りのヴァルキュリアと呼んだ。
そして、ヴィオレットは、今も、帝国に潜んでいる事も。
ヴァルキュリアであるカレン達には、各エリアを守るよう命じた。
ヴィオレットを見つけ次第、殺すのではなく、捕らえるようにと。
その直後、コーデリアは、エデニア諸島を支配し始めた。
アライアが生きていると知ったからだ。
アライアが、魔法で、伝えたのだろう。
そして、負の感情を集める為に、エデニア諸島を支配したのだ。
ルーニ島とレージオ島以外は。
翌日、アライアは、ルーニ島で暮らしていた。
対妖魔用の武器を開発している研究者・「アレクシア」と名を偽って。
アレクシアは、外に出る。
まるで、島の様子をうかがっているようだ。
その時であった。
「アレクシア」
「フォウ」
「どうじゃ、怪我は」
「もう、治ったみたいだよ。ありがとう」
フォウがアレクシアに語りかける。
昨日、アレクシアは、重傷を負って、ルクメア村に入ってきたのだ。
フォウは、アレクシアの怪我を治した。
その直後だった。
ルチア、クロス、クロウが、記憶を失って島に流れ着いたのは。
可愛がっていたルチアと孫であるクロスとクロウが、記憶をなくした事にショックを受けたフォウ。
そこで、アレクシアは、ある事を提案した。
自分が、彼らの保護者代わりになると。
記憶を取り戻す手掛かりがつかめるかもしれないと話したのだ。
フォウは、アレクシアを信じ、アレクシアに託すことにした。
何も知らないまま。
――危ないところだった。まさか、あんなことになるなんて。
アレクシアは、昨日の事を思い出す。
実は、カイリがまがまがしい力を発動した直後、アレクシアは、全属性の盾を発動していたのだ。
自分の身を守るために。
だが、完全には守れず、アレクシアは、重傷を負いつつも、魔法で、ルーニ島へと逃げ込んだ。
本当に、間一髪だったのだ。
カイリの力は、それほどの威力を持っていたという事なのだろう。
「本当にいいのか?」
「何がかな?」
「あの子達を、任せて」
フォウは、アレクシアに、問いかける。
申し訳ないと思っているようだ。
アレクシアに、ルチア達の事を任せて。
本当は、自分が、見守りたかった。
だが、記憶を失っている彼らと過ごせば、傷つくであろう。
後悔していたのだ。
もし、クロスとクロウを騎士にしなければ、記憶を失わずに済んだのではないかと。
フォウは、罪を償う為に、自身の事を語らずに、アレクシアに任せたのだ。
と言っても、託してしまってよかったのかと、悩んでいるらしく、アレクシアに問いかけた。
「放っておけなくてね。それに、元ヴァルキュリアと元騎士だ。興味があるんだ」
「そうか……ありがとう」
アレクシアは、答える。
もちろん、偽って。
と言っても、興味があるのは、本当なのだが。
フォウは、アレクシアにお礼を言った。
感謝しているのだろう。
アレクシアの本当の狙いに気付かないまま。
――いずれは、再び、覚醒する。その時に……。
アレクシアは、笑みを浮かべていた。
ルチアは、いずれ、覚醒する。
再び、ヴァルキュリアになると、信じているのだ。
その時に、ルチアを利用するつもりなのだろう。
魔神を復活させるために。
アレクシアは、その時まで、保護者代わりを演じることにした。
コーデリアは、部屋で紅茶を飲みながら、庭を眺めている。
キウス兵長は、コーデリアの部屋で、コーデリアの様子をうかがっていた。
「失敗したなんてね。あの小娘、余計な事を」
「いかがなさいますか?コーデリア様」
コーデリアは、苛立っているようだ。
当然であろう。
あともう少しで、魔神が復活するはずだった。
だというのに、ヴィオレットが、ルチアを殺してしまったのだ。
これで、計画が狂ってしまった。
キウス兵長は、コーデリアに問いかける。
彼も、知っていたのだ。
魔神復活の計画を。
知っていて、彼女達を見守っていた。
「アライアが作った宝石は、残ってるかしら?」
「ええ、そのようですが」
「なら、あれを利用しましょう」
コーデリアは、キウス兵長に問いかける。
実は、アライアは、宝石を開発していたのだ。
多くのヴァルキュリアを生み出すために。
試作品であるが、一つ、完成している。
コーデリアは、それを利用するつもりのようだ。
多くのヴァルキュリアを生み出し、魔神に、魂を捧げさせるために。
「新しいヴァルキュリアを誕生させるのよ。時間をかけていいから」
コーデリアは、決めたようだ。
時間をかけて、華のヴァルキュリアを誕生させると。
試作品の宝石を使って。
そうする事で、自身の野望を叶えようとしていた。
アマリアは、部屋で待機していた。
昨日、全てを聞かされたアマリアは、衝撃を受けていたのだ。
姉妹のように仲が良かったというのに、ヴィオレットが、ルチアを殺したなど、信じたくなかった。
だが、これは、事実だと聞かされる。
そして、ヴィオレットがとらえられるまで、アマリアは、王宮で待機することとなった。
命を狙われる可能性があるからと。
「全てが、変わってしまった……」
アマリアは静かに呟いた。
それも、悲し気に。
もう、帝国には、カイリも、ルチアも、ヴィオレットもいない。
一人、取り残されてしまったのだ。
――カイリ、今、どこにいるんですか?あの日、帝国は変わってしまいました。
アマリアは、心の中でカイリに語りかけた。
アマリアの言う通り、帝国は変わってしまったのだ。
神魂の儀が、行われた日、最悪の事件が起こってしまった。
帝国全体が、騒然となったほどに。
――ダリア様、アライア様は、殺されたそうです。あの暗殺者に。ヴィオレットも、ルチアを殺してしまいました。
アマリアは、暗殺者の事を憎んでいた。
それも、激しく。
女帝のダリアと、研究者のアライアを殺したのだ。
だが、アマリアは知らない。
その暗殺者がカイリであり、ダリア達に騙されている事を。
だが、一番ショックを受けたのは、ヴィオレットがルチアを殺したという話を聞いたことだ。
あれほど、仲が良かったというのに。
アマリアは、信じたくなかった。
――あの子は、処刑される前に、逃げてしまったようです。きっと、あの男と一緒にいるでしょう。
ヴィオレットは、処刑されなかった。
暗殺者と逃げたのだ。
それゆえに、コーデリアは、非常事態を発令。
ヴァルキュリア達を各エリアに待機させた。
アマリアは、暗殺者と共に逃げたのだと推測しているようだ。
しかも、帝国のどこかに潜んでいる。
彼のせいで、帝国の民は、怯えながら暮らすことになった。
アマリアは、それが、許せないのだ。
何もかもが、暗殺者のせいだと思い込んでいるのだろう。
――貴方は、行方不明になってしまったと聞きました。どこにいるのか、誰にも、わからないと……。
コーデリアは、カイリは死んだと告げなかったらしい。
どういうわけか、行方不明になったと公表したようだ。
――やはり、あの時、婚約を解消しなければよかった。本当に……。
アマリアは、後悔していた。
もし、婚約を解消しなければと。
別の未来になっていたのではないかと思うほどに。
だが、それも、思い込みだ。
解消していても、いなくとも、同じ未来になっていたのかもしれないのだから。
――カイリ、貴方に、会いたい……。今、どこにいるんですか?
アマリアは、カイリに会いたがっていた。
だが、王宮から出る事を禁じられた。
それゆえに、探しに行くこともできない。
カイリに会えない寂しさだけが募っていった。
ラストは、フードをかぶり、ヴィオレットと共に、走っている。
もちろん、ヴィオレットも、フードをかぶって。
フードをかぶった男性もいるようだ。
帝国兵に追われているようだ。
だが、何とかして、裏路地に逃げ込み、振り切ったようだ。
帝国兵は、彼らを見失い、別の方向へと走り始めた。
「ふぅ、なんとか、逃げ切れたみたいだね~」
「そうだな」
ラストは、汗をぬぐう。
だが、わざとらしく、飄々としていた。
カイリは、ラストを演じているのだ。
誰にも悟られないように。
フードをかぶった男性は、静かにうなずいた。
「助かったよ。ありがとうな、クライド」
「別に、同じ意思を抱いているなら、協力者は必要だと考えたまでだ。たとえ、正体不明の者であったとしてもな」
フードの男は、なんと、クライドだったようだ。
ラストは、知っていた。
クライドが、貴族であり、脱走した事に。
だからこそ、彼の元へと逃げ込み、共に偽りの帝国を滅ぼす事を決意したのだ。
もちろん、真実は、全て語らず。
クライドは、警戒していたが、ラストが、かつて、帝国に所属していた暗殺者だったと、知らされ、ヴァルキュリアであるヴィオレットの正体を聞かされたとき、彼らを受け入れたらしい。
彼らの協力が必要だと、推測して。
「ヴィオレット?そろそろ、行こうぜ」
「……ああ」
ラストは、ヴィオレットに問いかける。
ヴィオレットは、冷酷な眼差しで、うなずいた。
彼女も、変わってしまったのだ。
優しかった彼女は、もういない。
帝国を滅ぼす破滅の少女へと変わった。
ラストは、ヴィオレット、クライドを連れて、歩き始める。
暗く、細い道の中を。
――私は、帝国を滅ぼす。まがい物の楽園はいらない。
ラストは、決意していた。
死人だらけの帝国など、まがい物だ。
だからこそ、滅ぼすべきだと。
それが、コーデリアへの、ダリア達への復讐であった。
――たとえ、この身を滅ぼすことになっても。
ラストは、死を覚悟していた。
刺し違えても、復讐をやりとおすつもりのようだ。
本物の暗殺者へと豹変してしまったカイリは、破滅の道を選んだのであった。
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