第七十一話 絶望

「お、お前達、どうして……」


 カイリは、驚愕し、動揺している。

 予想もしていなかったのだろう。

 まさか、クロスとクロウが、王宮に入り込み、自分の名を呼ぶとは。

 クロスとクロウは、立ち止まり、にらんでいる。

 まるで、怒りを抑えきれないかのようだ。

 相当、憎まれている。

 カイリは、そう、推測した。

 仕方がないのだ。

 自分は、罪を犯してしまったのだから。

 カイリは、罪を受け入れるしかなかった。


「やはり、暗殺者は、お前だったんだな。カイリ……」


 クロウは、気付いてしまったのだ。

 彼の様子からして、わかってしまったのだろう。

 やはり、目の前にいる暗殺者は、カイリなのだと。

 カイリは、すっと、仮面を外した。

 もう、隠す事はできないのだと、悟って。


「なぜ、わかった……」


「右腕に怪我してるだろ?あれは、暗殺者に斬られたんじゃない。フランクに斬られたんだ。違うか?」


 カイリは、クロスとクロウに問いかける。

 なぜ、自分が暗殺者だと、知ったのだろうか。

 クロウは、静かに答えた。

 だが、声は、震えている。

 怒りを抑えているのだ。

 必死に。

 カイリは、そう、思えてならなかった。

 二人は、知っているようだ。

 自分が腕に怪我をしていた事を。

 しかも、フランクに斬られたことまでも。

 どこからか、情報が漏れてしまったようだ。

 クロウは、カイリに、問い詰めた。


「それに、金髪で、紋章を持ってる奴なんて、カイリくらいしか、思い当たらないよ。今、持ってないでしょ?落としたから」


「……知られてしまったか」


 クロスとクロウは、情報を得ていたようだ。

 暗殺者の情報を。

 しかも、紋章を落とした事までも。

 確かに、カイリは、紋章を落としてしまった。

 その事に気付いたのは、暗殺を遂行した次の日だ。

 だが、時すでに遅し、部屋を探しても、紋章は、なかった。

 知らなかったのだ。

 紋章は、フランクが、持って行ってしまった事を。

 だからこそ、クロスとクロウは、暗殺者の正体を見抜いてしまった。

 

――もう、隠し通せない。


 カイリは、悟った。

 もう、これ以上は、隠し通せないと。

 隠しても、無駄なのだ。

 本当は、知られたくなかったのだ。

 特に、アマリア、クロス、クロウには。

 クロスとクロウは、弟のように思っている。

 だが、もう、元に戻る事はできない。

 カイリは、決意を固めた。


「そうだ。私が、暗殺者だ」


 カイリは、クロスとクロウに、正体を明かした。

 自分が、シャーマンを殺した暗殺者である事を。


「なんで、なんでだよ、カイリ……」


「……」


 カイリの正体を知り、クロスは、困惑する。

 気付いていたとしても、受け入れられないのだろう。

 兄のように慕っていたカイリが、暗殺者だったのだ。

 それも、シャーマンを殺した男だ。

 クロスは、声を震わせて、問いかけるが、答えようとしないカイリ。

 答えられなかった。

 これ以上、知られたくなくて。


「答えろ!!」


 クロウが声を荒げて、問いただす。

 冷静な彼が、感情的になるのは、よほどの事だ。

 それほど、許せないのだろう。

 自分の事が。 

 そう悟ったカイリは、重い口を開けた。 


「帝国を守るためだ」


「何?」


 カイリは、理由を打ち明ける。

 全ては、帝国を守るためだったと。

 これは、真実だ。

 まぎれもない。

 家族であるダリアとコーデリアを守るために、今まで、多くの命を奪ってきた。

 そして、シャーマン達の命でさえも。

 だが、クロスとクロウは、カイリの全てを知っているわけではない。

 納得などしていないだろう。

 クロウは、理解できず、眉をひそめた。


「そう思っていた」


「どういう意味だよ?」


 だが、カイリは、続けて、説明する。

 意味深な発言を。

 だが、クロスは、理解できず、問いただした。

 カイリが、何が言いたいのか、理解できないのだろう。


「……信じられないかもしれないが、騙されていたんだ。母上に」


「女帝に?」


「騙されて、多くの者を殺してきた。シャーマンも……」


 カイリは、事実を打ち明ける。

 なんと、ダリアに騙されていたのは、本当のことだ。

 と言っても、先ほど、知らされたのだが。

 クロスは、問いかける。

 にわかに信じがたい話なのだろう。

 カイリは、詳細は語ろうとはせず、真実を語った。

 しかも、声を震わせて。

 罪悪感を感じてきたのだ。

 今までは、感情を押し殺してきた。

 人形のように。

 だが、全てを知り、後悔していたのだ。 

 自分が、してきたことを。


「お願いだ。見逃してほしい。必ず、罪を償うから!!」


 カイリは、頭を下げ、懇願する。

 今は、止めなければならないのだ。

 ダリア達を。

 だが、真実を知られるわけにはいかない。

 これ以上、クロスとクロウを巻き込みたくなかったのだ。

 逃げるつもりなど毛頭なかった。

 だからこそ、罪を償うと、告げたのだ。

 しかし……。 

 

「そんな事、信じると思うか?」


「……」


 クロウは、カイリの話など信じていなかった。

 もちろん、クロスもだ。

 当然であろう。

 騙されていたなど、誰が、信じるというのだろうか。

 カイリは、それを、理解していた。


「騙されてた?騙してたのは、お前だろ!!」


 クロウが、声を荒げる。

 クロウの言う通りだ。

 騙してきたのは、自分だ。

 暗殺者である事を隠し、クロスとクロウに接触したのだから。

 もちろん、クロスとクロウの事は、本当の兄弟のように思っていた。

 それを証明する事はできないが。 


「仇は、取らせてもらうぞ、カイリ!!」


 クロスとクロウは、剣を鞘から抜き取り、構える。

 もう、話しても無駄なのだと、悟ったのだろうか。

 カイリも、短剣を取り出し、構えた。

 致し方なしに。

 剣ではなく、短剣を取り出したのは、クロスとクロウを傷つけたくなかったからだ。

 甘いと思われても。

 だが、それを知らないクロスとクロウは、固有技を発動して、カイリに斬りかかる。

 カイリの事を殺すつもりで。


「くっ!!」


 蛇腹剣と化したクロスの古の剣が、カイリに襲い掛かる。 

 カイリは、かろうじて、回避する。

 だが、クロスは、追い詰めようとしていた。


「逃がすか!!」


 羽根と化したクロウの古の剣が、カイリに斬りかかろうとする。

 それでも、カイリは、回避した。

 クロスとクロウに斬りかかろうとせず。

 彼らを傷つけたくないのだろう。

 だが、クロスとクロウは、容赦なく、カイリに迫った。


「そこか!!」


「ぐあっ!!」


 クロスが、古の剣を、二本の剣へと変化させて、斬りかかる。

 ついに、カイリの胸元を捕らえたのだ。

 カイリは、苦悶の表情を浮かべて、よろめく。

 反撃できないほど、深い傷を負ってしまった。


「行くぞ、クロウ!!」


「ああ!!」


 クロスとクロウが、カイリを追い詰めようとする。

 シャーマン達の仇を取るために、カイリを殺すつもりだ。

 もはや、カイリの言い訳など、聞くつもりはない。

 それほど、怒りに駆られているのだろう。 

 仕方がないのだ。

 自分は、罪人なのだから。

 許されるはずがない。

 うなだれ、愕然とするカイリ。

 反撃する気力もなくなったのだ。

 クロスとクロウは、カイリに斬りかかった。


――なぜ、こんなことに……。


 カイリは、混乱していた。

 なぜ、クロスとクロウと戦わなければならないのか。

 戦いたくなかったというのに。

 これも、自分への罰なのだろうか。


――もう、疲れた。何もかも……。終わらせよう。


 カイリは、絶望してしまった。

 もう、あの頃には、戻れないと、悟ってしまったから。

 訓練に付き合い、共に笑いあったあの頃には。

 二人の古の剣が、カイリを捕らえよとする。

 だが、その時だ。

 カイリの体から、まがまがしい力が発動されたのは。


「なっ!!」


 クロスとクロウが、立ち止まる。

 危険を察知したのだ。 

 だが、カイリは、感情を抑えきれない。

 絶望が膨れ上がっているのだ。

 それに、比例するかのように、まがまがしい力は、瞬く間に、広がり、爆発を引き起こした。

 カイリ、クロス、クロウは、巻き込まれてしまったのだ。



 爆発が収まり、カイリは、ゆっくりと、目を開けた。


「っ!!」


 カイリは、目を見開く。

 なんと、クロスとクロウは、いなくなっていたのだ。

 先ほどまで、カイリと戦っていたというのに。

 跡形もなく、消滅したかのように、いなくなってしまったのだ。


「し、しまった……」


 カイリは、悟った。

 自分が、暴走してしまったがために、クロスとクロウが、巻き込まれ、消滅してしまったのだと。

 完全に取り返しのつかない事をしてしまったのだ。


「クロス、クロウ……」


 カイリは、愕然とした。 

 思い出がよみがえっていく。

 幼い頃、クロスとクロウと、約束した時の事や、二人が、騎士になった時の事を。

 どれも、大事な思い出だった。

 だが、もう、あの頃には、戻れない。

 二人は、死んでしまったのだから。


「私が、殺した……」


 カイリは、絶望した。

 自分が、二人を殺してしまったのだと。


「はは……ははははは……」


 カイリは、静かに笑い始めた。

 乾いた笑いだ。

 感情がこもっていない。

 カイリは、狂ってしまったようだ。

 それほど、追い詰められているのだろう。

 ダリア達に騙され、クロスとクロウを殺してしまったのだから。


「罪は償う。ダリアとコーデリアを殺してから……」


 カイリは、決意を固めた。

 クロスとクロウを殺してしまった罪を償うと。

 だが、彼は、やるべきことがあった。

 それは、ダリアとコーデリアを殺す事だ。

 殺して、止める事だ。

 カイリは、ゆっくりと、進み始める。

 地獄への道を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る