第七十話 ゆがんだ愛情と殺意

 アマリアは、部屋で待機している。

 何も知らないまま。

 カイリが、真実を知り、アライアを殺し、帝国兵に追われているとは知らないまま。


「もうすぐで、ルチアが……」


 アマリアは、苦悩していた。

 もうすぐで、ルチアが、神様に魂を捧げる時が来てしまうのだ。

 神魂の儀まで、残り一時間をきった。

 このままでは、ルチアが、命を落としてしまう。

 ヴァルキュリアにとっては、誇りなのだが、アマリアにとっては、常に、心苦しかった。


「私は、どうすれば……」


 アマリアは、どうすればいいのか、わからなかったのだ。

 ルチアと共に過ごしてきた。

 ルチアは、アマリアにとって、大事な家族だ。

 家族を失いたくない。

 そう思うと、アマリアは、神魂の儀を止めたかった。

 その時であった。


「絶対に、逃がすなよ」


「わかってる!!」


 帝国兵の声が聞こえる。

 しかも、慌てた声が。

 何かが起こったようだ。

 よからぬことが。


「何が起こってるの?」


 アマリアは、扉の前まで歩み寄る。

 それも、不安に駆られながら。

 嫌な予感がするのだ。

 想像もつかないほどの。

 ゆえに、アマリアは、すぐに、扉を開けた。

 すると、帝国兵達が、血相を変えて、廊下を走っているのだ。

 アマリアは、帝国兵を追いかけた。


「どうされたんですか?」


「せ、聖女様」


 アマリアは、帝国兵に問いかける。

 帝国兵は、とっさに、振り向いた。

 それも、驚いたような表情で。

 予想もしていなかったのだろう。 

 まさか、アマリアが、自分達に声をかけるとは。


「……」


「どうしたんですか?」


 帝国兵は、答えようとしない。

 答えられないのだろうか。

 迷っているようにも見える。

 それでも、アマリアは、再度、問いかけた。

 どうしても、知りたいのだ。

 何が起こっているのかを。


「実は、あ、アライア様が、暗殺者に殺されたんです」


「え!?」


 帝国兵は、意を決したかのように、真実を明かした。

 アライアが殺された事は、全ての帝国兵に知らされているのだ。

 ゆえに、彼らは、暗殺者を追いかけていた。

 アマリアは、衝撃を受ける。

 シャーマンを殺した暗殺者が、この王宮にいるというのだ。

 外なのか、中なのかは、不明だが。


「か、神魂の儀は、一時、中断になる予定だそうです。暗殺者を捕らえろと、ダリア様から、ご命令が」


「そう、ですか……」


 緊急事態と言ったところであろう。

 ゆえに、暗殺者を捕らえるまでは、神魂の儀は、中止となった。

 ダリアは、本当は、進めたかったのだろう。

 だが、暗殺者が、どこにいるのか、不明だ。

 神魂の儀を阻止するかもしれない。

 ゆえに、苦渋の決断であった。


「お願いがあります」


「え?」


「私も、共に行かせてください。あの男を捕らえたいのです」


 アマリアは、懇願する。

 共に、暗殺者を捕らえたいと願っているのだ。

 暗殺者は、シャーマンの仇。

 自分の手で、捕らえ、罪を償わせるつもりだ。

 たとえ、危険であるとわかっていても。

 ゆえに、アマリアの決意は、固かった。


「し、しかし……」


 帝国兵は、戸惑う。

 自分の判断で、アマリアを連れていくわけにはいかないのだ。

 それに、もし、ここにダリアがいたら、止めるであろう。

 そう思うと、アマリアを連れて、暗殺者を追う事は、できなかった。


「お願いします」


「……」


 アマリアは、頭を下げて、懇願する。

 どうしても、許せないのだ。

 あの暗殺者の事を。

 だからこそ、捕らえたかった。

 帝国兵は、困惑していた。

 このまま、アマリアを連れていけるはずがない。

 だが、アマリアの懇願を受け入れてあげたい。

 葛藤していたのだ。

 その時であった。


「それは、駄目よ、アマリア」


「こ、コーデリア様!?」


 コーデリアが、アマリアを制止する。 

 これには、さすがのアマリアも、驚きを隠せない。 

 帝国兵も、同様に。

 誰もが、予想できなかった。

 コーデリアが、ここに来るとは。


「なぜですか?あの男は、シャーマン達を」


「わかっているわ。だからこそよ」


「え?」


 止められたアマリアは、思わず、反論してしまう。

 それほど、感情的になっているのだろう。

 反対に、コーデリアの方が冷静だ。

 コーデリアも、暗殺者が、コーデリアを殺したことは、わかっている。

 もちろん、その暗殺者が、誰なのかも。

 それゆえに、止めに入ったのであった。


「もし、暗殺者が、貴方を狙っていたら、どうするの?」


「ですが……」


 コーデリアは、アマリアに問いかける。

 もちろん、暗殺者が、アマリアを狙うわけがない。

 だが、そう言えば、アマリアは、納得すると思ったのだろう。

 意外にも、アマリアは、納得しない。

 受け入れられないのだ。

 コーデリアは、内心、アマリアに対して、苛立っていた。


「アマリアを部屋に入れなさい。絶対に、部屋から出さないで」


「え?で、ですが……」


 コーデリアは、強引にアマリアを部屋に入れる事を決めたのだ。

 これ以上、話しても、無駄だと悟って。

 それゆえに、コーデリアは、帝国兵に、命じた。

 だが、帝国兵は、戸惑ってしまう。

 コーデリアの命令と言えど、アマリアを強引に、部屋に入れることなど、できないのだ。

 アマリアは、大事な聖女なのだから。


「これは、命令よ」


「……はい」


 コーデリアが、再度、命じる。

 命令だと、脅すかのように。

 帝国兵は、命令に背くことができず、アマリアの腕をつかみ、強引に、部屋へと戻そうとした。


「離して、離してください!!」


「も、申し訳ございません!!」


 アマリアが、抵抗する。

 だが、帝国兵の力には、勝てないのだ。

 帝国兵は、申し訳なさそうに、謝罪する。

 こんなことをしたくないのだ。

 それでも、コーデリアの命令に従うしかなかった。

 自分の身を守るために。

 アマリアは、次第に、コーデリアから、遠ざかってしまった。


「お願いです。コーデリア様、私を、行かせてください!!」


 アマリアは、コーデリアに懇願した。

 だが、コーデリアは、アマリアに背を向けて、歩き始めてしまう。

 聞こえているというのに。

 アマリアは、そのまま、部屋に入れられ、鍵をかけられた。

 完全に、閉じ込められてしまったのだ。

 鍵のかかった音が聞こえた途端、コーデリアは、不敵な笑みを浮かべた。


――嫌に決まってるじゃない。カイリは、私のものなんだから。


 コーデリアは、アマリアの願いを聞くつもりなどなかったのだ。

 最初から。

 なぜなら、コーデリアは、アマリアに嫉妬していた。

 カイリの事を愛していたのだから。

 だからこそ、コーデリアは、アマリアを部屋に閉じ込めたのだ。

 カイリに会せないために。


――私が、殺すの。絶対にね。


 コーデリアは、ゆがんだ愛情を抱いていた。

 カイリを永遠に自分のものにする為に、殺すつもりなのだ。 

 カイリが、自分の事を愛していないと、知っているから。

 コーデリアは、カイリを探しに、ゆっくりと、歩いていた。



 その頃、カイリは、皇族しか知らない地下道を歩いていた。

 怪我を負ったまま。


「ここなら、大丈夫のようだな」


 カイリは、あたりを見回す。

 地下道には、誰もいない。

 それも、そうであろう。

 この地下道を知っているのは、皇族、アマリア、兵長だけだったのだ。

 幸い、兵長の姿はない。

 ゆえに、カイリは、安堵していた。


「なぜ、こんなことに……」


 カイリは、混乱していた。

 何かもが、信じられなかったのだ。

 今まで、自分は、何を信じてきたのかと。

 何を間違えてしまったのか。

 なぜ、見抜けなかったのかも。

 ダリア達の事を、盲目的に、信じた自分が、腹立たしく思えてならなかった。


――母上も、姉上も、私を騙していたんだな。本当に……。


 カイリは、ようやく、悟ったのだ。

 自分の知っているダリアやコーデリア、そして、アライアは、嘘だったのだ。

 カイリは、騙されていたのだ。

 騙されたまま、シャーマン達を殺してしまった。

 取り返しのつかない事をしてしまったのだと、カイリは、ようやく、気付いた。


――ならば、止める。殺して、止める。


 ダリア達が、魔神を復活させようとしているのであれば、やるべきことは、一つであった。

 それは、殺して止める事だ。

 自分を騙してきたことへの復讐も、含まれているのだろう。

 カイリは、懐から、仮面を取り出し、つける。 

 皇子としてではなく、暗殺者として、殺す事を決意したかのように。

 だが、その時であった。


「カイリ!!」


 クロウの声が聞こえる。

 それも、声を荒げているようだ。

 なぜ、彼の声が聞こえるのだろう。

 彼らが、ここに来れるはずもないというのに。

 カイリは、驚き、思わず、振り向いてしまう。 

 カイリの背後には、クロスとクロウが立っていた。

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