第六十話 最悪の決断
カイリは、アライアを自室に招き入れる。
アライアは、椅子に腰かけて、夜空を眺めていた。
しかも、いつものように。穏やかな表情で。
カイリは、メイドを呼び寄せ、紅茶を用意させた。
「どうぞ」
「ありがとう」
メイドは、カイリとアライアに紅茶を淹れる。
カイリとアライアは、紅茶の香りをたしなみ始めた。
「うん、いい香りだね。落ち着くよ」
「私も、気に入っているんだ。だから、アライアも、気に入ると思って」
「うん。気に入ったよ」
カイリが、用意させた紅茶は、特別なものだ。
高級品であり、カイリも、ダリアも、コーデリアも、好んでいる。
もちろん、アマリアもだ。
だからこそ、アライアも、気に入るのではないかと、推測し、用意させたのだが、やはり、気に入ってくれたようだ。
アライアは、いつもと変わらず、穏やかな様子で、うなずいていた。
「それで、話とは?」
カイリは、アライアに問いかける。
なぜ、アライアが、ここを訪れたのか、予想はしているのだ。
世間話をしに来たわけではない。
重要な話をしに来たのだろう。
昼間の話に違いない。
カイリは、そう思っていた。
「君は、もう、聞いているね?シャーマンと大精霊の事」
「……ああ」
アライアは、カイリに問いかける。
それも、確認するように。
もちろん、立ち聞きしていた為、カイリが、シャーマンと大精霊の思惑について聞いている事は、知っているが。
あえて、尋ねてみたのだ。
疑われないように。
何も知らないカイリは、正直に、うなずいた。
それも、深刻な表情で。
「あれは、本当なのか?私は、信じられないんだ」
「そうだろね。私も、信じられなかったよ。ダリアも、コーデリアも」
カイリは、アライアに尋ねる。
未だに、信じることができないのだ。
ダリアの話を信じたいのだが。
アライアも、カイリの心情を知っているかのように、語る。
しかも、ダリアとコーデリアも、最初は、信じられなかったと、嘘をついて。
カイリは、納得してしまった。
やはり、誰も、最初は、信じられなかったのだと、悟って。
「けど、これを聞いたら、信じるしかないよ。ダリア達も、信じたからね」
「え?」
アライアは、意味深な発言をし始める。
どうやら、何らかのきっかけで、ダリアも、コーデリアも、信じたらしい。
一体、何があったのだろうか。
カイリは、あっけにとられると、アライアは、ある物を取り出した。
それは、何の変哲もない石であった。
「それは……」
「会話をこの石に封じ込めたのさ。魔法の一種ってところかな?」
カイリは、アライアに問いかける。
どこからどう見ても、ただの石だ。
アライアは、なぜ、こんな石を持っているのだろうか。
そんなカイリを目にしたアライアは、説明した。
なんと、会話を石に封じ込めたというのだ。
にわかに信じられない話ではあるが、アライアは、天才研究者だ。
対妖魔用の武器も生み出している。
ゆえに、アライアなら、作ってしまう事も可能であろう。
カイリは、そう、推測していた。
「さあ、行くよ」
アライアは、魔法を石にかける。
すると、その石から声が聞こえ始めた。
「やはり、失敗か」
「そうですね」
男性の声が聞こえる。
この男性の事をカイリは、知っている。
火のシャーマン・ハグネットだ。
続いて聞こえてきたのは、女性の声だ。
その女性は、風のシャーマン・リーシアであった。
だが、彼らは、なんの話をしているのだろうか。
声だけしか聞こえない。
ゆえに、カイリには、見当もつかなかった。
何が失敗なのかと。
「こいつは、どうする?」
「廃棄するしかないわね」
ハグネットが、問いかけると女性の声が聞こえる。
どこか、冷たい声色だ。
彼女は、地のシャーマン・ネラ。
ネロウの母親だ。
何を廃棄しておくというのだろうか。
カイリは、嫌な予感がしてきた。
ダリアとアライアの話から、推測して。
「だ、だが、もし、島の民を殺してしまったら……」
「仕方がないわよ。知られたら困るもの」
男性が、問いかける。
それも、おどおどした様子で。
彼は、水のシャーマン・リースだ。
何を恐れているのだろうか。
いや、カイリは、わかっているはずだ。
彼らが、何をしているのか。
何に失敗し、何を廃棄しようとしているのか。
リースの問いに対して、ネラは冷たく言い放つ。
仕方のない事なのだと。
周囲に知られては、困ることのようだ。
「一応、様子は見ておくか」
「ええ。後は、ヴァルキュリアに任せましょう」
ハグネットは、念のため、その廃棄する者の様子は、見ておこうと提案する。
と言っても、その者の始末は、ヴァルキュリアにさせるようだ。
彼らは、本当に、妖魔を生み出していたようだ。
大精霊の声が聞こえないが、おそらく、生み出した後、様子をうかがっていたのだろう。
その者が、妖魔になるまで。
「そ、それで、例の計画は?」
「うまくいくはずよ」
「そうか」
リースが、恐る恐る問いかける。
例の計画とは、一体、何だろうか。
カイリは、思考を巡らせるが、見当もつかない。
ネラは、うまくいくと断言しているが。
ハグネットは、安堵したようだ。
彼らは、まだ、何かする予定らしい。
「本当に、その計画で、あの二人を殺せるんですね?」
「だと思うが?」
リーシアは、問いかける。
それも、確認するように。
何者かを殺す計画のようだ。
会話を耳にしたカイリは、体を震わせる。
信じられないのだ。
シャーマン達のやり取りを聞いた今でも。
リーシアの問いに、ハグネットは、うなずいた。
「これも、私達の為だ。ダリアとコーデリアには、消えてもらおう」
「っ!!」
ハグネットは、堂々と、語った。
なんと、本当に、ダリアとコーデリアを命を狙っているようだ。
会話を聞いたカイリは、絶句する。
決定的な証拠をつかんでしまったのだから。
信じるしかないほどに。
「わかってもらえたかな?」
「……」
ここで、会話が途切れ、アライアが問いかける。
だが、カイリは、答えられなかった。
混乱しているのだろう。
信じていた者達に裏切られてしまった気分なのかもしれない。
計画通りだ。
カイリは、自分達の話を信じるしかない。
そう確信したアライアは、ひっそりと、不敵な笑みを浮かべていた。
「妖魔が、増えていると聞いたから、偵察の為に、訪れたのだけれど、偶然、知ってしまってね。驚いたよ」
アライアは、なぜ、この会話を石に封じ込めたのか、語る。
妖魔が、増えている事は、確かだ。
アライアは、それを利用し、偵察に行ったと嘘をついたのだ。
だが、カイリが、疑うはずもなかった。
会話が、アライアが生み出した真っ赤な嘘だという事も。
そして、禁術が詳しく書かれてあった報告書でさえも。
「本当に彼らが……」
カイリは、動揺する。
会話を聞いてしまった以上、信じるしかない。
いや、すでに、信じ込んでしまった。
シャーマンは、自分達の敵なのだと。
カイリの表情を目にしたアライアは、不敵な笑みを浮かべていた。
「どうする?カイリ。このまま、ダリアとコーデリアを、見殺しにするのかい?」
アライアは、カイリに問いかける。
しかも、あえて、ダリアとコーデリアの名を出して。
カイリが、迷わないように仕向けているのだ。
見殺しにできるはずがないと、確信を得て。
「そんなはず、ないだろ」
「と言う事は?」
やはり、カイリは、選択した。
アライアの思惑通りとなったのだ。
アライアは、再度、問いかける。
まるで、確認するかのように。
強い意思を必要としているのだ。
「殺す。シャーマン達を」
「そう言うと思ったよ」
カイリは、決断してしまった。
シャーマン達を殺す事を。
もはや、彼は、迷いはしなかった。
真っ赤な嘘だと、疑うことなく。
アライアは、静かにうなずく。
それも、感情を押し殺して。
「母上には、私から話しておく」
「わかった」
カイリは、アライアに告げる。
シャーマンを殺すと決めた事をダリアに報告するつもりだ。
カイリならそうすると思っていた。
ゆえに、アライアは、静かにうなずいた。
「それじゃあ」
アライアは、紅茶を飲み干し、立ち上がる。
そして、静かに、カイリの元を去ったのだ。
カイリに悟られないように。
カイリは、うつむき、体を震わせていた。
憤りを感じているのだ。
シャーマンに対して。
「うまくいったよ、ダリア」
部屋を出たアライアは、笑みを浮かべていた。
これで、全てがうまくいくと、確信を得て。
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