第五十四話 記憶を取り戻すその日まで

「なんで、なんでだよ、カイリ……」


「……」


 カイリの正体を知り、クロスは、困惑する。

 なぜ、シャーマンを殺したのか。 

 今まで、自分達を騙してきたというのだろうか。

 問いかけられても、答えようとしないカイリ。

 黙っているつもりなのだろうか。


「答えろ!!」


 クロウが声を荒げて、問いただす。

 これ以上、我慢ならなかった。

 怒りを抑えきれなくなったのだ。


「帝国を守るためだ」


「何?」


 カイリは、理由を打ち明ける。

 全ては、帝国を守るためだったと。

 そのために、シャーマン達を殺したというのだろうか。

 クロウは、理解できず、眉をひそめた。


「そう思っていた」


「どういう意味だよ?」


 だが、カイリは、意外な言葉を口にする。

 意味深な発言だ。

 カイリは、何が言いたいのだろうか。

 クロスは、理解できず、問いただした。


「……信じられないかもしれないが、騙されていたんだ。母上に」


「女帝に?」


「騙されて、多くの者を殺してきた。シャーマンも……」


 カイリは、事実を打ち明ける。

 なんと、ダリアに騙されていたというのだ。

 だが、クロスは、問いかける。

 騙されたとは、思いもよらなかったのだろう。

 カイリは、詳細は語ろうとしなかったが、真実を語った。

 それも、声を震わせて。

 ダリアに騙されて、多くの命を奪ってきたというのだ。


「お願いだ。見逃してほしい。必ず、罪を償うから!!」


 カイリは、頭を下げる。

 今、彼が、何をしようとしているのかは、不明だ。

 逃げようとしているわけではない事はわかる。

 逃げるつもりなら、王宮の方へと向かおうとはしないだろう。

 しかし……。


「そんな事、信じると思うか?」


「……」


 クロウは、カイリを見逃すはずがなかった。

 もちろん、クロスもだ。

 信じられなかったのだ。

 カイリの言う事など。


「騙されてた?騙してたのは、お前だろ!!」


 クロウが、声を荒げる。

 騙していたのは、ダリアではない。

 カイリなのだ。

 クロスとクロウからしてみれば。

 カイリは、何も、反論できなかった。 

 クロスとクロウの言う通りだと思っているのだろう。


「仇は、取らせてもらうぞ、カイリ!!」


 クロスとクロウは、剣を鞘から抜き取り、構える。

 カイリを殺すために。

 カイリも、短剣を取り出し、構えた。

 覚悟を決めたのだ。

 戦うしかないのだと。

 クロスとクロウは、固有技を発動して、カイリに斬りかかる。

 カイリの事を殺すつもりで。


「くっ!!」


 蛇腹剣と化したクロスの古の剣が、カイリに襲い掛かる。 

 カイリは、かろうじて、回避する。

 だが、クロスは、追い詰めようとしていた。


「逃がすか!!」


 羽根と化したクロウの古の剣が、カイリに斬りかかろうとする。

 それでも、カイリは、回避した。

 クロスとクロウに斬りかかろうとせず。

 彼らを傷つけたくないのだろう。

 だが、クロスとクロウは、容赦なく、カイリに迫った。


「そこか!!」


「ぐあっ!!」


 クロスが、古の剣を、二本の剣へと変化させて、斬りかかる。

 ついに、カイリの胸元を捕らえたのだ。

 カイリは、苦悶の表情を浮かべて、よろめく。

 反撃できないほど、深い傷を負ってしまった。


「行くぞ、クロウ!!」


「ああ!!」


 クロスとクロウが、カイリを追い詰めようとする。

 シャーマン達の仇を取るために、カイリを殺すつもりだ。

 もはや、カイリの言い訳など、聞くつもりはない。

 それほど、怒りに駆られているのだろう。

 うなだれ、愕然とするカイリ。

 反撃するつもりもないようだ。

 二人の古の剣が、カイリを捕らえよとする。

 だが、その時だ。

 カイリの体から、まがまがしい力が発動されたのは。


「なっ!!」


 クロスとクロウが、立ち止まる。

 危険を察知したのだろう。 

 だが、まがまがしい力は、瞬く間に、広がり、爆発を引き起こした。

 カイリ、クロス、クロウは、巻き込まれてしまったのだ。


――何が起こったかは、わからなかった。俺達の意識は、途切れたからな……。


 クロスとクロウは、そこで、意識が途絶えてしまった。

 だからこそ、今でも、わからなかったのだ。

 二年前のあの日、自分達の身に何が起こったのか。



 その頃、レージオ島では、ヴィクトル達が、クロスとクロウの帰りを待っていた。

 神魂の儀の日に、決着をつけるとは、聞かされている。

 だが、彼らは、知らないのだ。

 クロスとクロウが、カイリを殺そうとしてなどと。

 だからこそ、止めることもできず、ただ、アジトで、待つしかなかった。


「大丈夫だろうか」


「……」


 ヴィクトルは、不安に駆られている。

 嫌な予感がするのだ。

 空も暗い。

 まるで、何か、良からぬ事が起こる気がして。

 フランクも、黙っていた。

 答えられないのだ。

 大丈夫だとは、言えずに。


「やっぱ、オレ達も、行こうぜ!!」


「うん、その方が、良いと思う」


 ルゥとジェイクは、帝国に乗り込んだほうがいいと、提案する。

 彼らも、心配しているのだ。

 クロスとクロウの事を。

 それゆえに、アジトから出ようとした。


「お待ちなさい。今は、二人を信じて、待ちましょう」


「けどよっ!!」


 フォルスは、二人を止める。

 今、騎士がいなくなると、妖魔が、襲ってきた時に、壊滅してしまう。

 それを懸念したのだ。

 だからこそ、フォルスは、信じるしかなかった。

 クロスとクロウが、無事に、戻ってくることを。

 だが、ルゥは、不安に駆られたままであった。

 その時であった。


「か、頭!!」


「どうした!!」


 フランクの部下が、慌てて、フランクの元へと駆け寄る。 

 それも、血相を変えて。

 何かあったようだ。

 フランク達は、部下の元へと駆け寄り、問いかけた。


「た、大変です!!ファイリ島、ウォーティス島、ウィニ島、ロクト島が、帝国に制圧されました!!」


「なっ!!」


 衝撃的であった。

 なんと、ルーニ島、レージオ島以外の島が、帝国に制圧されてしまったのだ。

 妖魔ではなく。

 油断していた。

 結界は、まだ、張られている。

 ゆえに、妖魔は、近づけないと、判断していたのだ。

 誰も、予想していなかったのであろう。

 まさか、帝国が、島を制圧するなど。

 フランク達は、衝撃を受け、愕然としていた。

 帝国は、完全に裏切った。 

 本当に、騙されていたのだ。

 フランク達は、それを思い知らされた。



 各島が、本当に、制圧されてしまったのか、確かめるべく、外に出るフランク達。

 その時であった。

 コーデリアの女王の幻影が、フランク達の前に現れたのは。


「こ、この人は……」


「コーデリア王女か?」


 予想外であった。

 まさか、ダリアではなく、娘のコーデリアが、フランク達の前に現れるとは。

 と言っても、魔法の力で、幻を生み出したのだが。

 他の島でも、同じような現象が起こっているのだろう。

 だが、コーデリアは、何をするつもりなのだろうか。

 フランク達は、見当もつかなかった。


「宣言するわ。私達、帝国は、エデニア諸島を、征服することをね!!」


 コーデリアは、宣言する。

 エデニア諸島を征服すると。

 フランク達は、衝撃を受けた。

 誰も、理解できず。

 コーデリアは、ただただ、高笑いをしていただけであった。

 まるで、勝ち誇ったかのように。



 その後、ヴィクトル達は、海賊船で、他の島の様子をうかがいに行く。

 だが、部下の言う通り、島は、帝国に制圧されていた。

 しかも、コーデリアは、自分が、女帝になったようだ。

 亡き母・ダリアの意思を継ぐと。

 行方不明になっていた大精霊達も、核に封じ込められ、今は、帝国が手にしている。

 これでは、うかつに近づくこともできなかった。

 ヴィクトル達は、あきらめようとはしなかった。 

 いつか、取り戻すと決意して。

 


 しばらくして、ヴィクトル達は、ルーニ島へと到着する。

 だが、ルーニ島は、いつもと変わらなかった。

 制圧はされていなかったようだ。

 安堵するヴィクトル達。

 だが、いつ、制圧されるかは、わからない。

 油断は、禁物であった。

 ルーニ島では、クロス、クロウが、ルチアと共に暮らしている。

 アレクシアと言う女研究者が、保護者代わりとなって。

 

「そうか、あいつらの記憶は……」


「うむ。怪我を負って、ここに流れ着いておった。じゃが、二人とも、記憶を失っておったのじゃ。ルチアも」


 フォウ曰く、制圧されたあの日、クロスとクロウは、気を失って、倒れていたのだ。

 しかも、ルチアまで。

 フォウのことまでも、忘れてしまったのだ。

 騎士である事も。

 だからこそ、フォウは、決意を固めた。

 騎士である事も、自身がクロスとクロウの祖父である事も、明かさない事を。

 彼らには、平穏な生活を送ってほしいと望んだのだ。

 自分が、騎士になる事を、提案してしまったせいで、記憶を失ってしまったのだから。

 ヴィクトルも、それを受け入れ、クロスとクロウに、真実を明かそうとはしなかった。


「ヴィオレットは、どこにいるのかは?」


「わからぬ……」


 ヴィクトルは、フォウに尋ねる。

 ヴィオレットが、いないことを気にかけていたのだ。

 だが、フォウさえも、わからなかった。

 彼女がどうなっているのかも。


「これから、どうするつもりじゃ?」


「……海賊になる。あの人を意思を継いで、エデニア諸島を取り戻す」


「そうか……」


 フォウは、ヴィクトルに問いかける。

 制圧され、彼らも、自由に島を行くことはできなくなった。

 全ての島が、制圧されるのも、時間の問題であろう。

 それでも、ヴィクトル達は、あきらめるつもりはない。

 ヴィクトル達は、海賊になったのだ。

 右腕をなくし、海賊をやめざるおえなくなったフランクの意思を継いで。

 そして、いつの日か、全ての島を取り戻す事を決意していたのだ。


「安心しな。あいつらを巻き込むつもりはないぜ」


「すまんのぅ」


「いいってことよ」


 もちろん、これは、ヴィクトル達だけで、やろうとしている事だ。

 クロスとクロウ、そして、ルチアを巻き込むつもりは、毛頭なかった。

 フォウは、頭を下げて、謝罪する。

 無理をしてしまったと、自分を責めているのだろう。

 だが、ヴィクトルは、フォウを責めるつもりは毛頭なかった。

 フォウの気持ちが、わかるのだから。


「じゃあな」


 ヴィクトルは、フォウに別れを告げて、海賊船に戻ろうとする。

 クロス達に会おうとはしなかったのだ。

 今は、平穏な暮らしをしてほしいと、願っているがために。

 こうして、クロスとクロウは、記憶を失ったまま、二年間、ルーニ島で、過ごす事になる。

 自分達が、騎士であった事、フォウの孫であった事を忘れたまま。

 それでも、彼らの意思は、まだ、消えていなかった。

 島を守りたいという想いは、潰えていないのだ。

 だからこそ、騎士になることができたのだろう。

 そうとも知らないクロスとクロウは、ルチアと、平穏な暮らしを続けていたのであった。

 再び、騎士となって、島を取り戻すその日まで。

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