第五章 暗殺者と聖女編・前編
第五十五話 遠い昔の約束
クロスとクロウは、語り終えた。
最後は、ヴィクトルも、語って。
これが、記憶をなくした双子の過去であった。
「そんな事が、起こってたんですね……」
「……」
アマリアは、衝撃を受けているようだ。
自分の知らないところで、帝国が、制圧していたとは。
そして、カイリの謎の力により、クロスとクロウが、記憶を失っていたとは。
カイリは、何も、言えなかった。
反論もできないほどに。
「だから、俺達は、許せないんだ」
「何を語っても、俺達は、信じられないし、許すつもりはない」
「……」
シャーマン達を殺され、記憶を奪われたクロスとクロウは、カイリを許せなかった。
クロスは、カイリを許せず、拳を握りしめる。
怒りを抑え込んでいるかのようだ。
クロウも、真実を知っても、カイリを許すつもりは、毛頭なかった。
「それでも、話を聞いてあげて」
「そうだな。俺様も、そうした方がいいと思う」
ルチアは、クロスとクロウに懇願する。
カイリの話を聞いてほしいと、願っているのだ。
すると、ヴィクトルまでもが、うなずいていた。
これには、さすがのクロスとクロウも、驚きを隠せない。
シャーマン達を殺されたというのに、なぜ、話を聞いたほうがいいと言えるのだろうか。
何を語ったところで、許せるはずもないというのに。
「ダリアに騙されていたというのが気になるからな。何が起こったのか、正直に語ってみろ」
「……ああ」
ヴィクトルは、気になっているようだ。
カイリが、ダリアに騙されていたというのが。
彼は、利用されていたのではないかと、思っているようだ。
だからこそ、話を聞くべきだと、判断したのだろう。
カイリは、うなずき、語る事を決意した。
「私が、幼い時の話をさせてほしい。まだ、父上が、生きていた頃の事だ」
カイリは、静かに語る。
幼い時の事を思い返しながら。
今から、百五十年前の話だ。
カイリとアマリアは、誕生した。
それも、同じ日に。
十年たったある日、カイリの父親は、カイリ、ダリア、コーデリアを庭へと連れていく。
そして、カイリに語りかけたのだ。
自分の願いを。
「いいかい。カイリ。お前は、立派な皇帝になるんだぞ。私の意思を引き継いでな」
「はい、父上」
父親の願いは、カイリが皇帝になる事だ。
自分の意思を引き継いで。
だからこそ、厳しく育てた。
故に、カイリは、立派に育ったのだ。
強く、優しい子に。
だが、カイリは、優しすぎた。
皇帝になるには、致命傷と言ってもいいほどに。
父親は、それを懸念していた。
「大丈夫よ、貴方。この子は、立派な皇帝になってくれるわ」
「私も、そう思う」
ダリアは、父親に語りかける。
まるで、不安を取り除くようだ。
信じているのだろう。
カイリなら、立派な皇帝になってくれると。
それは、コーデリアもであった。
と言っても、この時、まだ、二人は、悪に染まっていたのかは、不明だが。
「ほら、アマリアが、来てくれたぞ。行って差し上げなさい」
「はい」
カイリ達の元へとアマリアが、歩み寄る。
アマリアは、生まれてすぐ、両親が、病気で、命を落としたため、皇帝に、引き取られていたのだ。
不思議な力を持つアマリアを守るために。
カイリとアマリアは、生まれた時から、ずっと、一緒だった。
離れ離れになった事は、一度もない。
父親は、アマリアの元へと行くように、カイリを促す。
カイリは、うなずき、アマリアの元へと駆け寄った。
「カイリ、何のお話、してたんですか?」
「私が、立派な皇帝になるお話です」
「それは、素敵ですね」
アマリアは、カイリに語りかける。
気になっているのだろう。
カイリと皇帝が何を話していたのか。
カイリは、アマリアに教えた。
いつか、立派な皇帝になるようにと、言い聞かされた事を。
それを聞いたアマリアは、笑みを浮かべた。
カイリなら、皇帝になってくれると信じているのだろう。
「アマリア。私が、皇帝になったら、アマリアは、私の妃になってくれませんか?」
「え?」
なんと、カイリは、アマリアに、懇願する。
妃になってほしいと。
プロポーズだ。
もちろん、幼いカイリは、いとも簡単に、言ってしまったが、彼にとっては、本気だ。
アマリアは、驚き、あっけにとられた。
突然すぎて。
「私で、いいんですか?」
「もちろんです」
アマリアは、カイリに問いかける。
カイリが、何と言ったのか、理解している。
だからこそ、確認するように、問いかけたのだ。
本当に、自分が、妃でいいのかと。
自分以外に、ふさわしい人がいるのではないかと。
カイリは、微笑みながら、うなずいた。
迷いなどなかった。
自分には、アマリアしかいないのだ。
自分を支えてくれる女性は。
「喜んで」
アマリアは、カイリの手を取り、微笑んだ。
もちろん、幼い二人の口約束だ。
本当に、二人が、結婚するのかは、誰にも分らない。
それでも、カイリとアマリアは、信じていた。
いつか、夫婦になって、帝国を守る日が来るのだと。
それから、二年後、カイリとアマリアは、正式に婚約者となった。
それを聞いた帝国の誰もが、祝福したのだ。
誰もがうらやましがるほどに。
カイリとアマリアは、幸せだった。
世界中の誰よりも。
だが、幸せは長く続かなかった。
ある事件をきっかけに。
それは、三年後の事だ。
早朝、カイリは、いつものように、訓練場で、剣の修業をしていた。
帝国兵と剣の試合をしているカイリ。
だが、カイリは、いとも簡単に、帝国兵の剣を、弾き飛ばした。
「ま、参りました。さすがです」
「貴方もだ」
帝国兵は、手を伸ばす。
いい試合ができたからであろう。
カイリも、手を伸ばし、握手を交わした。
その時であった。
「カイリ」
「アマリア」
訓練場で、カイリの修業を見守っていたアマリアが、声をかける。
カイリは、アマリアの方へと歩み寄った。
「今日も、訓練していたのですね」
「ああ。皇帝になるためには、剣術は、必要だからな」
「そうでしょうか?」
「そうだ。皆を、帝国を守るためにはな」
カイリは、次期皇帝になる男だ。
だからこそ、剣術が必要だと考えている。
家族を、帝国の民を、そして、愛する者を守るために。
自ら、剣をとって、戦おうとしているのだろう。
妖魔と。
「さすがは、美男美女ですな」
「カイリ皇子が、羨ましいです。素敵な婚約者がいらっしゃるのですから」
帝国兵達は、カイリとアマリアのやり取りを目にして、羨ましがっているようだ。
当然であろう。
カイリとアマリアは、美男美女。
次期皇帝と聖女。
二人は、雲の上の人でもあり、誰もがうらやむ理想のカップルと言っても、過言ではないだろう。
そんな二人は、周囲の視線など、気にも留めていなかった。
だが、その時であった。
「た、大変です!!」
「どうした?」
一人の帝国兵が、慌てて、訓練場に入ってくる。
何かあったようだ。
カイリは、推測して、帝国兵の元へ歩み寄り、問いかけた。
「こ、皇帝が!!」
「え?」
カイリにとって、そして、帝国の民にとって、衝撃的な事実が告げられる。
なんと、皇帝が、命を落としたのだ。
それも、何者かに、殺されて。
妖魔ではなく。
カイリとアマリアは、血相を変えて、皇帝の部屋へと入る。
皇帝は、剣を刺されて、血を流して倒れていた。
それも、目を見開いたまま。
続けて、ダリアとコーデリアが、部屋に入る。
無残な姿の皇帝を目にして、目を見開き、衝撃を受けていた。
「まさか、こんなことになるなんて……」
「お父様……」
ダリアも、コーデリアも、体を震わせている。
信じられないのだろう。
まさか、皇帝が殺されるなど、予想もするはずもない。
それは、カイリも、同じであった。
「一体、誰が、こんなことを……」
カイリは、信じたくなかった。
皇帝が、殺されたなどと。
だが、間違いではない。
皇帝は、剣で貫かれたのだ。
何者かによって。
その後、皇帝の葬儀がしめやかに行われた。
帝国の民、全員が、涙を流し、悔やんでいたのだ。
そして、カイリ達も。
皇帝を殺した者を憎んで。
葬儀が終わり、カイリは、部屋に戻った。
皇帝との思い出を思い出しながら。
それと、事件現場の事も。
――王宮にいる誰かが、殺した。と言う事だよな……。
カイリは、思考を巡らせる。
おそらく、外部の者ではなく、内部の者が、皇帝を殺したのだろう。
王宮エリアに入れるのは、一部の者だけだ。
それに、皇帝は、戦闘能力が高い。
特に、剣術に優れている。
よほど、手だれている者でなければ、殺せないはずだ。
皇帝は、剣を握りしめたまま、死んでいたのだから。
――今も、あいつは、いるのだろうか。母上達は、無事なのだろうか……。
急に、カイリは、不安に駆られる。
もし、王宮エリアに、皇帝を殺した者がいるのであれば、ダリアやコーデリアも、危険が及ぶことになるであろう。
彼女達は、剣術を身に着けていないのだから。
カイリは、立ち上がり、部屋を出ようとする。
ダリアとコーデリアの身を案じて。
その時であった。
「きゃあああああっ!!!」
「っ!?」
ダリアとコーデリアの叫び声が聞こえる。
カイリは、目を見開き、驚愕していた。
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