第五十二話 残酷な決意

「あいつが、暗殺者……」


 信じられなかった。 

 いや、信じたくなかった。

 カイリが、暗殺者などと。

 だが、話から推測して、彼しかいない。

 そう思うと、クロウは、怒りが抑えられなかった。


「どうする?クロウ」


「決まってる」


 クロスは、クロウに問いかける。

 確認するかのように。

 もちろん、クロウの意志は固かった。


「仇を、取る!!」


 クロウは、決断した。

 シャーマンの仇を取るために、カイリを殺す事を。



 念のため、クロスとクロウは、カイリの部屋を訪れていた。

 事実を確認する為に。

 ノックをするクロス。

 だが、ドアは開かなかった。

 ドアを開けようとしても、ビクともしない。

 鍵がかかっているらしい。


「いないみたいだな」


「ああ」


「逃げたのか?」


「いや、逃げれるはずがない。逃げれば、自分が、暗殺者だと言っているようなものだ」


 どうやら、カイリは、部屋にいないらしい。

 逃げたのだろうか。

 クロスが、そう推測すると、クロウが、首を横に振る。

 仮に、逃げたとしても、自分が、暗殺者だと明かしているようなものだ。

 隠し通すつもりなら、皇子として、振る舞っているはずだ。

 周りの者達を欺けて。


「じゃあ、どこに……」


 となれば、カイリは、どこにいるのだろうか。

 クロスは、思考を巡らせる。

 だが、その時であった。


「お前達、何をしている」


「っ!!」


 男性の声が聞こえる。

 不審がられてしまったのだろうか。

 クロスとクロウは、声のする方へと視線を向けた。

 問いただしたのは、帝国兵のようだ。

 見回りに来たのだろう。

 だが、帝国兵は、クロスとクロウを見るなり、我に返ったような表情になっていた。


「あ、あなた方は、失礼しました!!」


「あ、いえ……」


 帝国兵は、慌てて、頭を下げる。

 気付いたのだろう。

 クロスとクロウが、何者なのかを。

 クロスは、戸惑いながらも、反応を返した。


「どうなさったのですか?騎士様」


「カイリ皇子に会いたいんです」


「……そうですか」


 帝国兵は、クロスとクロウに問いかける。

 なぜ、騎士が、カイリの部屋を訪れようとしているのか、見当もつかないのだろう。

 クロスは、カイリに会いたいと告げた。 

 理由を語らずに。

 それ以上、語れば、気付かれてしまうかもしれないと警戒したのだ。 

 だが、帝国兵は、気付いていないようだ。

 当然であろう。 

 誰も、予想できるはずがない。

 クロスとクロウが、カイリを殺そうとしているなどと。


「カイリ皇子は、先ほど、女帝に呼ばれたようです」


「そうですか。ありがとうございました」


 帝国兵曰く、カイリは、呼ばれたようだ。

 それも、女帝・ダリアに。

 今は、女帝の間にいるのだろう。

 クロスは、頭を下げ、クロウと共に、帝国兵から遠ざかった。


「女帝の間か……このまま、皇族、全員……」


 クロウは、怒りを露わにする。

 女帝の間には、カイリとダリアがいるはずだ。

 ダリアも、暗殺者がカイリだと知っているはず。

 つまり、シャーマンを殺すように仕向けたのは、ダリアの可能性があるのだ。

 そう思うと、クロウは、怒りを抑えられなかった。

 皇族を全員、殺そうとしているようだ。


「待て」


「なんだ?」


 クロスは、冷静さを保ちながら、クロウを制する。

 だが、クロウは、感情を抑えきれなかった。

 珍しく。


「少し、落ち着こう」


「だがっ!!」


 クロスは、クロウを落ち着かせようとする。

 感情をむき出しにしているのがわかったのだろう。

 だが、クロウは、声を荒げた。

 その時だ。

 クロスが、人差し指を口に近づけたのは。

 合図したのだ。

 声を出さないようにと。


「俺達の目的が、知られたら、それこそ、仇を討つことができなくなる。女帝も、知っている可能性だってあるんだからな」


「……わかった」


 クロスは、警戒しているのだ。

 カイリが、暗殺者である事は、ダリアも、知っている。

 もし、このまま、女帝の間に突入して、カイリが、暗殺者である事を明かしたとしても、ダリアが、権力を振るって、もみ消してしまうかもしれない。

 自分達も、暗殺される可能性が高い。

 だからこそ、慎重に進まなければならないのだ。

 クロウは、心を落ち着かせたのか、静かに、うなずいた。

 このまま、様子を見るしかないと判断したのだろう。


「いつもと、逆転したみたいだな」


「そうだよな」


 クロウは、思わず、苦笑する。

 いつもは、クロウが、冷静さを失わず、判断するのだ。

 だが、今は、クロスが、クロウを諭している。

 逆転してしまったようだ。

 クロウも、思わず、笑みをこぼした。


「でも、どうすれば……」


 クロスは、止めたが、どうするべきなのかは、まだ、答えが見つかっていない。

 今すぐにでも、カイリに問い詰めたい。

 だが、カイリが、正直に、答えるはずもないだろう。

 女帝・ダリアの前では、隠し通すはずだ。

 と言っても、カイリを追い詰めるチャンスは、なかった。


「やはり、女帝の間に行こう」


「駄目だ。それは……」


「情報を探るだけだ。殺しはしない」


「……わかった」


 クロウは、女帝の間に行こうと提案する。

 だが、クロスは、それを止めた。

 今は、危険だと。

 クロウは、静かに、理由を語った。

 情報が欲しいのだ。

 カイリが、今、何をしようとしているのか。

 もしかしたら、カイリが、暗殺者であるという決定的な証拠がつかめるかもしれない。

 今のクロウは、冷静さを保っているようだ。

 そう、クロスは、判断し、クロウの提案を受け入れた。


 

 クロスとクロウは、女帝の間へと向かう。

 だが、見張りの帝国兵が、扉の前で、二人を止めた。

 今は、誰も、通すなと。

 会話も聞かれないように、遠ざけようとする。

 カイリとダリアの会話を聞くことすらも、できないようだ。


「女帝の間にはいけないようだな」


「うん。ここまでか……」


 クロスとクロウは、途方にくれた。

 会話さえも、聞き取れない。

 遠くから帝国兵を観察するが、帝国兵は、警戒しているようだ。

 ゆえに、何も、情報を得られなかった。

 だが、あきらめようとしたその時、ドアが開き、カイリが、女帝の間から出てくる。

 しかも、アマリアが、カイリの元へ駆け付けたのだ。 

 カイリが、女帝の間に行ったと知り、女帝の間に来たのだろう。


「あれは……」


 カイリとアマリアは、立ち止まって、会話をしている。

 しかも、二人の会話が、聞こえてくるのだ。

 クロスとクロウは、周囲を警戒しながら、二人の会話を立ち聞きし始めた。


「本当に、神魂の儀を行うつもりなんでしょうか……」


「そうなんだろうな」


「あの子の魂を犠牲にしなければならないなんて……」


「仕方がないんだ。神を復活させるにはそうするしかない」


 アマリアは、辛そうに語る。

 神魂の儀とは、一体なんだろうか。

 クロスとクロウは、何も知らないが、これだけは、わかる。

 誰かの魂が、犠牲になってしまうのだと。

 だが、それは、誰もが、仕方がない事なのだと、受け入れている。

 一体、魂を犠牲にして、何をするつもりなのだろうか。

 クロスとクロウは、見当もつかなかった。


「貴方は、これから、どうするおつもりですか?」


「母上達の護衛に努める。神魂の儀が、終わるまではな」


「カイリがですか?」


「ああ。今回は、特別だからな」


 カイリは、今後の事を語る。

 なんと、ダリア達の護衛をするというのだ。

 皇子でありながら。

 アマリアは、驚き、問いかける。

 カイリ曰く、今回の儀式は、特別だというのだが。


「と言っても、私は、儀式には参加できないがな」


「そうなんですね」


「すまない」


 皇子でありながら、カイリは、儀式に参加できないらしい。

 なぜかは、不明だが。

 アマリアは、辛そうな表情を浮かべたままだ。

 カイリは、謝罪するが、アマリアは、首を横に振った。

 カイリの事を責めているのではないのだ。


「いいえ。お怪我、早く治るといいですね」


「あ、ああ」


 アマリアは、カイリの右腕に触れる。

 心配しているのだろう。

 カイリが、右腕に怪我を負っている事を、アマリアは、知っているのだから。

 カイリは、戸惑いながらも、うなずいた。

 何かを隠しているかのように。

 アマリアは、カイリの元を去り、遠ざかっていった。

 アマリアを見送ったカイリも、別の方向へと歩き始める。

 幸い、クロスとクロウの元へは歩み寄ろうとしなかった。

 ゆえに、彼に気付かれることはなかった。


「なんだ?神魂の儀とは」


「わからない」


 クロウは、問いかける。

 神魂の儀とは、一体、何だろうか。

 聞いたこともない儀式だ。

 だが、クロスも、わからなかった。

 何をするつもりなのか。


「でも、その日が、仇を取るチャンスなんじゃないのか?」


「え?」


「あいつは、儀式には、参加できない。と言う事は……」


「仇を取ることができる、か……」


 カイリとアマリアの会話を聞いていたクロウは、チャンスが生まれたと推測しているようだ。

 カイリ曰く、儀式には、参加できない。

 おそらく、儀式に参加できるのは、ごく一部。

 女帝とその娘とアマリアは、参加するであろう。

 他の者は、参加するかは、不明だが。

 となれば、ダリア達に、知られることなく、仇をとれるというのだ。


「クロウ」


「ああ。神魂の儀の日、あいつを……殺す」


 仇を取るチャンスが、生まれた。

 神魂の儀の日、クロスとクロウは、カイリを殺すつもりだった。

 兄と慕っていた彼を。

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