第四十九話 帝国へ

「ヴァルキュリア候補が、行方不明?」


「は、はい」


 信じられなかった。

 ヴァルキュリア候補が行方不明になったとは。

 一体、帝国で何が起こっているのだろうか。

 クロスは、帝国兵に問いかけるが、帝国兵は、何度も、うなずいていた。

 どうやら、様子からして、本当に、行方不明になったようだ。


「島にいる可能性があるという事だな」


「か、かもしれません」

 

 フランクは、帝国兵が伝えに来たという事は、島に逃げ込んだ可能性もあると推測したのだろう。

 と言っても、ヴァルキュリア候補は、脱走すると、身に着けられた腕輪により、捕らえられてしまうと聞いた事があるため、可能性は低いように思えるが。


「わかった。この事は、俺が、各島に伝える」


「はっ!」


 フランクは、ヴァルキュリア候補が失踪した事は、各島に伝えると告げる。

 それを聞いたクロス達は、驚いていた。

 フランクは、何を言っているのか、理解しているからだ。

 だが、何も知らない帝国兵は、敬礼し、部屋から去った。


「フランク」


「もう、隠せねぇさ。話すしかねぇよ」


 ヴィクトルは、フランクの名を呼ぶ。

 なぜ、告げると言ってしまったのかと。

 慎重にならなければいけないというのに。

 だが、フランクは、これ以上、隠す事は、不可能だと判断したようだ。

 いずれは、わかってしまうのだから。


「だが、帝国に、潜んでいる可能性も高いよな?」


「そうだな」


 クロウは、まだ、ヴァルキュリア候補は帝国に潜んでいると推測しているようだ。

 ヴァルキュリア候補がいなくなったのは、昨夜。

 腕輪を身に着けているなら、帝国から島へは移れないのだから。

 ヴィクトルも、同じことを思っているようで、うなずいた。


「だったら、俺は、帝国に向かう」


「クロウ?」


「暗殺者の事も、気になる。だからだ」


 意外だった。

 クロウが、帝国に行くとは、誰も、予想していなかったのだろう。

 クロスでさえもだ。

 だが、なぜ、帝国に行くと言いだしたのだろうか。

 見当もつかず、クロスは、クロウに問いかけた。

 クロウ曰く、暗殺者の事も、気になるからだ。

 シャーマンを殺した暗殺者とは、一体、誰の事なのか。


「クロウが行くなら、俺も行く。無茶しそうだからな」


 クロスは、クロウが帝国に向かうというなら、自分も行くと告げた。

 止めるつもりはないらしい。

 クロウの事を心配しているのだろう。

 もちろん、暗殺者の事をも、探しださなければならない。

 シャーマン達の命を奪った暗殺者を許せるはずがなかった。


「どうしてもか?」


「ああ」


 フランクは、クロス達に問いかける。

 止めようとしているのだ。

 ヴァルキュリア候補を探す事も、暗殺者を探す事も。

 自分のように、腕をなくすかもしれない。

 それどころか、死ぬかもしれないと懸念しているようだ。

 それでも、クロス達は、うなずく。

 自分の意思を変えるつもりは、毛頭なかった。


「ここに残ってほしいんだが」


「それでもだ」


 フランクは、もう一度、懇願する。

 クロスとクロウには、残ってほしいと。

 だが、それでも、クロス達の意思を変える事はできなかった。


「止めても、無理みたいだな」


「あぁ。巻き込みたくなかったんだがな」


 ヴィクトルは、ため息をつく。

 何度言っても、彼らの意思を変える事はできないと、あきらめたようだ。

 それほど、彼らの意思が強いという事であろう。

 フランクも、悟ったようで、ため息をついた。

 本当は、彼らを巻き込みたくはなかったのだが。


「けど、無謀な事はするなよ」


「わかってる」


 フランクは、忠告した。

 今回は、危険であるがゆえに。

 クロスとクロウは、静かにうなずいた。



 しばらくして、クロスとクロウは、ルーニ島行の船に乗り、ルーニ島へ向かった。

 ルーニ島にたどり着いた二人ではあったが、フォウ達に気付かれないように、遺跡へ向かった。

 知られたら、止められることはわかっていたからだ。

 遺跡の魔法陣で帝国に着いた時、帝国兵がクロス達を歓迎してくれた。

 どうやら、フランクが、帝国兵に、報告してくれたようだ。

 クロスとクロウは、地下から、地上へ上がり、王宮エリアにたどり着いた。


「ついたな。帝国に」


「ああ」


 クロスとクロウは、王宮エリアを見回す。

 帝国に来るのは、初めてだ。

 立ち並ぶ家、お店、屋敷。

 どれも、見た事がない。

 見慣れた風景だ。

 別の目的で訪れていたら、どんなに良かったかと思うほどに。

 クロスとクロウは、別のエリアに向かう為、帝国兵に道を聞き、案内してもらい、橋を渡って、ルビーエリアにたどり着いた。

 だが、行方不明になったヴァルキュリア候補は、水、風、地のヴァルキュリアに仕えていた少女達だ。

 ルビーエリアにいるとは思えない。

 他のエリアに向かった方がよさそうだ。

 クロスとクロウは、橋を通って、モルガナイトエリアにたどり着いた。


「金髪の仮面の暗殺者か……」


「帝国の紋章……それなりに、身分が高くないと、持てないはずだよな?」


「ああ……」


 クロスとクロウは、金髪の仮面の暗殺者について、思考を巡らせる。

 顔が見えていないため、特徴はつかめていない。

 だが、気になる事は、帝国の紋章を持っていた事、そして、金髪であった事だ。

 クロス曰く、帝国の紋章は、身分の高い者しか持てない。

 と言う事は、貴族や兵長クラス、そして、皇族の者しか持てないだろう。


「この予感は、当たらないでほしいんだが」


「そうだよな……」


 金髪で、身分の高い者は、いくらでいる。

 特定はできない。

 だが、クロスとクロウは、特定の人物しか思い浮かばない。

 もし、「彼」が、暗殺者であったらと思うと、衝撃を受けそうだ。

 「彼」は、二人を鍛えてくれた。

 兄のように、支えてくれた者なのだから。

 だからこそ、クロウは、予感が当たらないでほしいと願ったのだろう。


「今は、ヴァルキュリア候補の事を探してみるか?」


「何か知ってるかもしれないしな」


 クロスとクロウは、ヴァルキュリア候補を探す事に専念した。

 あまり、深くは考えたくないのだろう。

 ゆえに、クロスは、提案した。

 慎重をあたりを見回すクロスとクロウ。

 だが、その時であった。


「どうなるんだろうな。帝国は」


「さあな。ヴァルキュリア様が、いるんだから、安心だと思うけど」


「だが、レジスタンスも、いるんだろ?」


「ああ、帝国に反感を持つ奴らがな」


「そいつらの事は、どうするつもりなんだ?」


 帝国の民の声が聞こえる。

 何やら、聞き慣れない言葉が聞こえてくる。

 彼らは、「レジスタンス」と言っていたが、一体、何なのだろうか。

 帝国に反感を持つ者だと言っていたが。

 不安に駆られているようだ。


「レジスタンス?」


「……話を聞いてみよう」


 クロスは、首をかしげる。

 「レジスタンス」とは、何かは、不明のようだ。

 クロウは、直接、話を聞いたほうがいいと判断したようだ。

 自分達が、騎士だ。

 警戒する事はないだろう。

 クロスとクロウは、帝国の民の元へと歩み寄った。


「すみません」


「ん?あんたらは……」


「き、騎士様!?」


「そうです」


 クロスは、帝国の民に語りかける。

 帝国の民は、一瞬だけ、警戒したが、クロスとクロウを見た途端、驚いていた。

 彼らは、知っていたようだ。

 クロスとクロウが、騎士であると。

 問いかけられたクロスは、正直に、答えた。


「すみません、レジスタンスの事、聞いてもいいでしょうか?」


「は、はい」


 クロスは、「レジスタンス」のことについて、問いかける。

 すると、帝国の民は、静かに語り始めた。



 説明を聞いたクロスとクロウは、ゆっくりと、歩き始める。

 思考を巡らせながら。


「なるほどな。帝国に反感を持つ者が集まっているのか」


「場所もわかった。もしかしたら、ヴァルキュリア候補も、そこにいるかもしれないな」


「なんで、そう思うんだ?」


 「レジスタンス」とは、帝国に反感を持つ組織のようだ。

 屋敷や酒場にアジトがあるらしい。

 クロウは、「レジスタンス」が潜んでいる場所を知り、推測しているようだ。

 ヴァルキュリア候補も、その場所にいるのではないかと。

 だが、どうして、そう思ったのだろうか。

 クロスは、問いかけた。


「行方不明になったってことは、脱走したかもしれないだろ?」


「なるほど」


 クロウが、推測した理由は、突然、行方不明になったのは、脱走した可能性があるという事だ。

 さらわれた可能性もあるかもしれないが、誰も気付かなかったという事は、脱走の方が、可能性が高いだろう。

 話を聞いたクロスは、納得していた。


「そこに行ったほうがいいかもしれないな」


 クロスとクロウは、「レジスタンス」のアジトがある酒場へと向かおうとする。

 だが、その時だ。

 ルチアとヴィオレットの後姿を見かけたのは。


「あれ?君達は……」


 クロスが声をかけると、ルチアとヴィオレットは、立ち止まる。

 驚いているのだろうか。

 考えてみれば、ヴァルキュリア候補が行方不明になったと聞かされているのであれば、ヴァルキュリアである彼女達も、動くはずだ。

 だが、まさか、ルチアとヴィオレットと再会を果たすとは思いもよらなかったのだろう。

 このような形で。

 ルチアとヴィオレットは、ゆっくりと、振り向いた。


「あ!!」


 ルチアは、驚きつつも、二人の元へと駆け寄る。

 ヴィオレットも、笑みを浮かべながら、歩み寄った。


「クロス、クロウ」


「また、会ったな」


「そうだな」


 ルチアは、嬉しそうに彼らの名を呼ぶ。

 ルチアの表情を目にしたクロスは、嬉しそうだ。

 もちろん、ヴィオレットも。

 こうして、クロス達は、ルチア達と再会を果たした。

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