第三十一話 運命の歯車は狂いだす

「ルチアが?」


「マジかよ……」


 カレンは、衝撃を受けているようだ。

 だが、それは、ベアトリスも同じ。

 ライムとセレスティーナは、衝撃を受けているようで、声が出なかった。

 誰も、予想していなかったのだ。

 まさか、ルチアが、神魂の儀を受けることになるとは。


「キウス兵長、それは、本当なのですか?」


「そうです」


 カレンは、信じられなかった。

 ゆえに、キウス兵長に問いかけたのだ。

 キウス兵長は、静かに、うなずいた。

 どうやら、間違いではないようだ。


「でも、私達の方が先にヴァルキュリアになったのに……」


「実は、言っていない事があったんですよ」


「言っていない事?」


 カレンは、違和感を覚えたようだ。

 なぜなら、なぜ、ルチアが、自分達よりも先に、神魂の儀を行うことになったのか、理解できないからだ。

 カレン達は、ルチアよりも先に、ヴァルキュリアになっている。

 ヴァルキュリアに変身している回数も、固有技を発動している回数も、ルチアよりは、はるかに上だ。

 なのに、なぜなのだろうか。

 すると、キウス兵長が、真実を明かし始めた。

 カレン達に言っていない事があると言って。

 ライムは、疑問を抱き、問いかけた。


「ルチア様とヴィオレット様は、力が強い。そのため、あなた方よりも、先に神魂の儀を行う事となったのです」


「そ、そんな……」


 キウス兵長は、淡々と、説明した。

 ルチアとヴィオレットは、カレン達よりも、強い力を秘めている。

 ゆえに、カレン達よりも早く、神の力と馴染み、神魂の儀を行うことになったのだと。

 ヴィオレットは、愕然とした。

 ショックを受けているのだ。


「儀式は、一週間後に行われます。全員、出席してもらいますので」


「……わかりました」


 キウス兵長は、カレン達に告げた。

 神魂の儀は、一週間後に行うと。

 ヴァルキュリアは、全員、出席することになっているのだ。

 ルチアの最後を見届ける為に。

 カレンは、静かに、うなずいた。

 反対したいところではあったが、従うしかないのだ。

 だが、その時であった。


「あの、すみません」


「どうされました?ヴィオレット様」


 ヴィオレットが、突如、呼び止めた。

 何かを決意するかのように。

 キウス兵長は、ヴィオレットに問いかけた。

 何か言いたいことがあるのではないかと悟って。


「その儀式、中止にしてもらえませんか?」


「え?」


「ヴィオレット、なに言ってるの?」


 ヴィオレットは、キウス兵長に懇願した。

 神魂の儀を中止してほしいと。

 これには、さすがのキウス兵長も驚きを隠せない。

 カレンも、戸惑うばかりであった。

 なぜ、そのような事を言いだしたのかと。


「私が、代わりに魂を捧げます!!だから、中止にしてください!!お願いします!!」


 ヴィオレットは、ルチアを死なせたくなかったのだ。

 だからこそ、懇願した。

 自分が、代わりに、神魂の儀を行い、ルチアを救おうとしたのだ。

 ゆえに、ヴィオレットは、頭を下げ、強く願った。

 ルチアの為に。


「残念ですが、これは、決まった事ですので」


「……」


 キウス兵長は、静かに告げた。

 これは、決まった事なのだ。

 キウス兵長では、どうにもできない。 

 何より、ヴィオレットの魂は、まだ、完全に融合していない。

 不完全な状態では、神魂の儀は、行えなかったのだ。

 ヴィオレットは、これ以上、何も言えず、黙ってしまった。


「では、失礼します」


 キウス兵長は、待機室から出た。

 誰も、言葉を交わそうとせず、ただ、沈黙だけが流れる。

 ヴィオレットは、体を起こすが、歯がゆい思いだ。 

 ルチアの死を見届けなければならないのだ。

 これほど、残酷な事はないだろう。

 ヴィオレットは、拳を握りしめる。 

 彼女の心情を察してか、カレンは、ヴィオレットに歩み寄った。


「ヴィオレット、貴方の気持ちは、わかるわ。でもね、止められないのよ、私達では」


「……」


 カレンは、ヴィオレットに語りかける。

 気持ちは、痛いほどわかる。 

 カレンだって、ルチアを失いたくない。

 だが、止めることはできないのだ。

 他のヴァルキュリアも、そうであったように。

 カレン達も、見届けた事があるからわかるのだ。

 これは、大事な儀式なのだと。

 世界を救うためには。

 それでも、ヴィオレットは、ただ、黙っていた。

 悔しさを滲ませて。



 その日の夜、ヴィオレットは、アマリアの部屋を訪れていた。


「アマリア様、いませんか?」


 ヴィオレットは、扉をノックする。

 だが、返事がない。 

 アマリアは、どこかに出かけたのだろうか。

 ヴィオレットは、それでも、ノックしようとしたその時であった。


「どうした?」


「あの、アマリア様とお話がしたくて」


 見回りを行っていた帝国兵が、ヴィオレットに語りかける。

 ヴィオレットは、正直に答えた。

 アマリアに頼もうとしていたのだ。

 神魂の儀を中止してもらうように。

 アマリアなら、わかってくれる。

 何とかしてくれるのではないかと、推測して。


「アマリア様は、儀式の準備で、忙しいんだ。儀式が終わるまでは、ここには、戻られないと思うが。どこにいるかもわからないしな」


「そうですか……」


 なんと、アマリアは、神魂の儀が終わるまでは、部屋には、戻らないようだ。

 どこかで、引きこもっているらしい。

 しかも、帝国兵は、知らないようだ。

 一部の者しか知らされていないのだろう。

 ヴィオレットは、静かに、うなずいた。



 ヴィオレットは、部屋に戻る。

 だが、眠りに就くことはできなかった。

 ずっと、ルチアの事ばかりを考えていたのだ。

 

――ルチアが、死ぬ。死んでしまう……。


 ヴィオレットは、体を震わせる。

 恐れているのだ。

 ルチアが、死ぬ事を。

 本当は、ルチアの事を説得したい。

 ルチアも、どこにいるのか不明だ。

 ゆえに、説得する事もできず、ヴィオレットは、途方に暮れていた。


――嫌だ。それだけは、絶対に、嫌だ!!


 ヴィオレットは、首を横に振った。

 ルチアを死なせたくはないのだ。

 まだ、他に方法があるはずだ。

 ヴィオレットは、あきらめていなかった。

 必ず、ルチアを救うと決意を固めて。



 翌日、カレンは、訓練場を訪れる。

 ヴィオレットの事が気になっていたのだ。

 部屋を訪れたのだが、いなかった。

 ゆえに、訓練場に来ているのではないかと推測したのだ。

 だが、ヴィオレットは、訓練場にはいなかった。


「ヴィオレット、今日は、来てないのね」


「はい。そうですね」


「……どこに行ったのかしら」


 カレンは、ヴィオレットが来ていないと知り、不安に駆られた。

 今、ヴィオレットは、冷静さを失っている。

 故に、ヴィオレットを心配していた。



 ヴィオレットは、図書館にいた。

 調べていたのだ。

 ルチアを助ける方法を。


――何か、あるはずだ。方法が。ルチアを助ける方法が……。


 ヴィオレットは、いくつもの書物を読み漁った。

 ヴァルキュリアに関する事は、それ以外の書物も。

 ルチアを助ける事ができるなら、なんだってできた。

 だが、やはり、助ける方法を見つけるのは、至難の業のようだ。

 ヴィオレットは、途方に暮れていた。

 その時であった。


「ん?」


 ヴィオレットは、ある記事を見つける。

 それは、剣に関する事だ。

 その書物には、聖剣の事が記載されてあった。


「これは……聖剣?魂を救う剣?」


 その書物には、こう記載されていた。

 聖剣は、魂を救うことができると。

 と言っても、使用する条件は、記載されていなかった。

 ただ、魂を救うとしか記載されていなかったのだ。

 それでも……。


「これを使えば、ルチアは、助かるかもしれない……」


 希望が見えてきた。

 聖剣を使えば、ルチアを救えるのではないかと。

 おそらく、神魂の儀を阻止しようとしているのだろう。

 聖剣を使って。

 どのように魂を救うかは、記されていないが。


――一か八かだ。やるしかない!!


 ヴィオレットは、決意を固めた。

 聖剣を使って、ルチアを救うと。



 空が暗くなる。

 ダリアは、ワインを飲みながら、夜空を見上げていた。


「ついに、この時が来たわね」


 ダリアは、喜んでいるようだ。

 ついに、魔神が復活する。 

 ルチアの魂によって。

 そう思うと、笑みを浮かばずにいられないのだろう。


「ふふふ、楽しみだわ」


 ダリアは、不敵な笑みを浮かべていた。

 魔神の力を使って、世界を掌握しようとしている。

 救いなどなかった。

 世界を破滅に導こうとしていたのは、ダリアだったのだから。



 ついに、神魂の儀の日が訪れた。

 ルチアは、部屋で待機していたのだ。


「ついに、来たんだね……」


 いよいよだ。

 ルチアは、死ぬ。

 だが、神様に魂を捧げるのだ。

 それで、ヴィオレット達が、救われる。

 後悔などなかった。

 ただ、ヴィオレットの事が心配ではあったが。

 禊などで忙しかったルチアは、ヴィオレットに会えていない。

 ゆえに、真実を知ったヴィオレットが、どんな思いで過ごしてきたのかは、わからなかった。

 ルチアは、扉の前に立つ。

 神魂の儀の為に、部屋を出ようとしているのだ。

 だが、その時であった。


「ん?」


 ルチアは、ふと、視線を下に向ける。

 なんと、扉と床の間に、手紙が挟まっていたのだ。


「手紙?」


 ルチアは、その手紙を拾い上げ、封筒を開けて、読み始める。

 差出人は、なんと、カイリ皇子であった。



 その頃、ヴィオレットは、地下にたどり着いていた。

 どういうわけか、見張りの帝国兵は、気絶している。

 だが、ヴィオレットにとっては、好都合であった。


「ルチア……」

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