第三十話 避けられない儀式

「もう、来たんですね……」


「ええ……」


 ルチアは、動揺しているようだ。

 こんなにも、時期が来るとは思いもよらなかったのだろう。

 アマリアは、静かに、うなずいた。

 うつむきながら。


「ごめんなさい。ルチア……」


 アマリアは、ルチアに謝罪した。

 申し訳ないと思っているのだ。

 ルチアを死なす事で、神様を復活させなければならない。

 あまりにも、理不尽で、残酷な事だ。

 それでも、彼女達に教えてきた。

 神魂の儀を行う事は、誇り高いことなのだと。

 世界を救うことになるのだから。

 たとえ、命を犠牲にすることになってもだ。


「良かった」


「え?」


「これで、皆、助かる……」


 ルチアは、安堵していた。

 自分が、神魂の儀を行う事により、ヴィオレット達は、助かるのだ。

 もう、妖魔と戦う必要もない。

 それどころか、ヴィオレット達が、神魂の儀を行う事もなくなるのだ。


「神魂の儀は、いつになりますか?」


「まだ、決まっていませんが、おそらく、一週間後になるでしょう。禊など、やることがありますので」


「そうですか」


 ルチアは、問いかける。

 神魂の儀は、いつ、行われるのか。

 だが、アマリアも、わかっていないようだ。

 なぜなら、神魂の儀が行われるのは、先ほど、決まった事だ。

 アライアが、ダリアに報告し、ダリアが、決めた。

 アマリアは、それを知らされただけだ。

 と言っても、今すぐにではない。

 神魂の儀を行うには、準備が必要なのだ。

 アマリアも、ルチアも。

 それでも、ルチアは、安堵していた。 

 あと一週間で、皆が、救われると思っているのだから。


「本当に、後悔していないんですか?」


「え?」


 アマリアは、意を決して、ルチアに問いかけた。

 後悔していないのかと。

 ルチアは、驚き、戸惑っていた。

 なぜ、アマリアが、そのような事を問いかけるのかと、疑問を抱いて。


「本当の事、話してください」


「こ、後悔していない、ですよ?」


 アマリアは、懇願した。

 ルチアの本音が聞きたいのだ。

 だが、ルチアは、戸惑いながらも、答える。

 後悔などしていないのだ。

 ヴィオレット達を救えるのだから。

 だが、アマリアは、真剣な眼差しでルチアを見ている。

 まるで、ルチアの心情を見抜いているかのようであった。


「でも、ヴィオレット達が、どう思うのかってのが、怖いです……」


 ルチアは、ついに、観念したかのように、語り始めた。

 自分が、隠していた本音を。

 怖いのだ。

 この事をヴィオレット達が、知ったらと思うと。

 ヴィオレットは、どう思うのだろうかと。

 自分が、死ぬ事を受け入れられるのかと。

 いや、受け入れらるはずなどなかった。

 ルチアとヴィオレットは、家族なのだから。


「ヴィオレットを一人にしてしまうのが、本当は、怖い。誰かを失うのが、どれほど、辛いのか、わかっていますから……」


「ルチア……」


 ルチアは、恐れていたのだ。

 ヴィオレット達を残して、この世界から去ってしまう事を。

 残されたヴィオレットは、悲しむであろう。

 ルチアも、同じ想いをしてきたのだから、良くわかるのだ。

 両親が、死に、カトレアが行方不明になってしまったのだから。

 だが、神魂の儀を行わなければならない。

 ヴィオレット達を救う為に。

 ルチアは、不安に駆られていた。

 死を恐れているのではない。

 ヴィオレットの事を想ってだ。

 アマリアは、耐え切れず、ルチアを抱きしめた。


「ごめんなさい」


 アマリアは、ルチアに、謝罪した。

 それも、声を震わせて。

 ルチアの事を想うと、心が痛んだのだ。

 それでも、神魂の儀は、避けられない。 

 アマリアも、わかっていた。

 だからこそ、自分を責めた。


「ごめんなさい……。何も、できなくて……。あなた達に、辛い思いをさせて……」


「アマリア様は、悪くありません。だから、泣かないでください……」


 アマリアは、謝罪した。

 何もできずにルチアを死なせてしまう事を、責めたのだ。

 母親失格だと自分を責めて。

 だが、ルチアは、アマリアを咎めるつもりなどなかった。

 アマリアの辛さを理解しているから。

 ルチアは、涙を流し始めた。

 アマリアの事を想うと、心が痛んだからだ。


「アマリア様、神魂の儀を行ってください」


「ルチア」


 ルチアは、改めて、アマリアに懇願した。

 自分の魂を神様に捧げると。  

 誰が、止めようと、ルチアの決意は固いだろう。

 アマリアは、心が痛んだ。


「私、神様に魂を捧げます。ヴィオレット達の為に」


 ルチアは、自分の為ではなく、ヴィオレット達の為に、魂を捧げるつもりだ。

 自分が、命を通した後、ヴィオレット達が、悲しむことをわかっていながら。



 翌朝、ヴィオレットは、王宮の待機室に招集される。

 大事な話があると言われて。

 ヴィオレットは、待機室にたどり着き、入った。

 待機室では、カレン、セレスティーナ、ライム、ベアトリスが、待機していた。


「皆……」


「ヴィオレット」


 カレンは、ヴィオレットが入ってきたことに気付き、ヴィオレットの方へと視線を向ける。

 それも、深刻そうな表情を浮かべて。

 ヴィオレットは、あたりを見回す。

 待機室には、ルチアは、いなかった。


「今日は、一人かい?」


「ああ」


 ベアトリスは、ヴィオレットに尋ねる。

 いつもなら、ルチアと共にここを訪れるからだ。

 だからこそ、違和感を覚えたのだろう。

 ヴィオレットは、深刻そうな表情を浮かべて、うなずいた。


「ルチア、何かあったの?」


「昨日、任務の後、倒れてな。今は、研究所で眠ってる」


「そうなの。心配ねぇ」


 ライムは、ヴィオレットに尋ねる。

 ヴィオレットの表情を目にして、不安に駆られたのだろう。

 ルチアの身に何かあったのではないかと。

 ヴィオレットは、静かに、語った。

 ルチアが倒れた事、研究所で眠っている事を。 

 話を聞いたセレスティーナは、ルチアの身を案じた。 

 あれほど、元気だったルチアが、倒れるなど、よほどの事だと思ったからであろう。


「カレン、何か、聞いてないか?」


「いいえ、聞いてないわ。何度も、研究所に行って、聞いたんだけど。眠ってるって」


「そうか……」


 ヴィオレットは、カレンに問いかけた。

 カレンなら、何か、聞かされているのではないかと、推測して。

 だが、カレンは、首を横に振って、答える。

 何も知らされていないようだ。

 カレンでさえも。

 実は、カレンは、ルチアの事を心配して、研究所を訪れたが、ルチアは、今も、眠っていると聞かされたらしい。

 それ以上、詳しい事は聞かされていなかった。

 もちろん、眠っていることは、真っ赤な嘘なのだが、カレンは、疑う事はしなかったのだ。

 盲目的に信じていたのだろう。

 帝国の事も、研究者の事も。

 それは、ヴィオレットも、同様であり、カレンの話を聞いて、うつむいていた。

 暗い表情を浮かべて。


「心配よね。本当に……」


 カレンは、ルチアの事を心配していた。

 ルチアと仲が良かったのだ。

 ルチアも、人懐っこい性格だったため、すぐに仲良くなったのだ。

 ゆえに、カレンは、ルチアの身を案じていた。


「で、なんで、あたしら、集められたんだ?」


「わからないわ」


「え?カレン、聞いてないの?」


「ええ」


 ベアトリスは、気になった事があったようで、カレンに問いかける。

 なぜ、自分達は、集められたかだ。

 だが、カレンは、知らされていなかった。

 呼ばれた理由を。

 ライムは、あっけにとられている。

 カレンは、いつも、キウス兵長から、聞かされていたからだ。

 だが、今回は、何も、聞いていないらしい。

 カレンは、ライムの問いに、静かに、うなずいた。


「何かあったのかしらぁ」


「……」


 セレスティーナは、よほど、深刻な事があったのではないかと、推測する。

 おそらく、ルチアの事に関してではないだろうか。

 ヴィオレットは、そう、予想していたが、そう思うと、気が気でなかった。

 ルチアの身に何かあったのではないかと、思って。

 その時だ。

 キウス兵長が、待機室に入ってきたのは。


「キウス兵長」


「皆、集まっていますね?」


「はい」


 ヴィオレット達は、キウス兵長が入ってきた途端、敬礼する。

 キウス兵長は、カレン達を目にして、全員、集まったと認識した。

 ルチアがいないというのに。 

 やはり、ルチアの事を知っているようだ。

 もしかしたら、何か、聞かされているのかもしれない。


「あの、ルチアの事は……」


「その事ですが、今からお話します」


「はい、すみません……」


 ヴィオレットは、焦燥に駆られ、キウス兵長に問いかける。

 だが、キウス兵長は、すぐには、答えなかった。

 今から、話するつもりのようだ。

 ヴィオレットは、先走ってしまったと、反省し、頭を下げた。

 それほど、冷静さを失っているという事であった。


「……ルチア様は、神魂の儀を行うことになりました」


「え?」


 キウス兵長は、淡々と説明する。

 ルチアが、神魂の儀を行う事を。

 ついに、ヴィオレット達は、知ってしまったのだ。

 だが、ヴィオレットは、混乱しているようで、すぐには、理解できなかった。


「神様に、魂を捧げるときが来たのです」


「っ!?」


 残酷で、衝撃的であった。

 ルチアが、神様に魂を捧げるというのだ。

 つまり、ルチアが、死ぬという事。

 ヴィオレットは、衝撃を受け、体を硬直させた。

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