第二十四話 ヴァルキュリア候補、行方不明事件

 とある夜の事だ。

 部屋は、薄暗い。

 月明かりが差し込むが、良く見えない状態だ。

 そんな中で一人の少女が、逃げていた。

 黄色い髪の少女が。

 その少女に迫っているのは、大きな影であった。


「や、やめてください!!」


「いいじゃねぇか。逃げんなよ。殺し合いをしてみようぜ」


 黄色い髪の少女が、泣きながら、叫ぶ。

 まるで、恐怖に怯えているようだ。

 だというのに、影は、少女へと迫っていく。

 その影の正体は、なんと、ベアトリスであった。

 ベアトリスは、斧を肩に担ぐ。

 しかも、笑みを浮かべて。



 別のエリアでも、同じような事が起こっていた。

 誰かが、殴られている音が部屋中に響き渡る。

 殴られていたのは、緑の髪の少女であった。


「お、お止めください!!」


「えーなんで?意味が分からないんだけど」


 緑の髪の少女は、泣きながら、懇願する。

 だが、少女の願いは、届かない。

 その少女を殴っているのは、なんと、ライムであった。 

 ライムは、残酷な表情を浮かべている。

 まるで、ライムではないかのようだ。

 ライムが、少女に迫ると、少女は、泣き叫んだ。



 別のエリアでは、二つのエリアとは、異なっている。

 静かだったのだ。

 不気味なくらいに。

 部屋では、セレスティーナが、夜空を眺めていた。


「ふふふ、私のヴィオレット、愛おしいヴィオレットを手に入れないと」


「……」


 セレスティーナは、笑みを浮かべている。

 だが、いつものように優しい笑みではない。 

 どこか、不気味だ。

 何かに執着しているように思える。

 そんなセレスティーナの様子を青い髪の少女が、静かに見ており、複雑な感情を抱えていた。



 時間が経つと、少女達は、ルビーエリアに集まっている。

 被害にあった少女達とセレスティーナの豹変ぶりを見てしまった少女だった。


「皆、集まった?」


「うん」


 青い髪の少女が、問いかけると、二人の少女はうなずく。

 二人の少女が、顔にあざができていた。

 ライムとベアトリスに殴られたのだろう。

 実は、彼女達は、ヴァルキュリア候補だったのだ。

 それゆえに、セレスティーナ達に、仕えていた。


「もう、耐えられない」


「私も。ヴァルキュリア様が、あんなことをするなんて……」


 黄色の髪の少女が、きつく、目を閉じて、首を横に振った。

 殺されかけたのだ。

 ベアトリスに。

 緑の髪の少女も、涙を流す。

 殺されかけたりはしなかったが、ライムに何度も、殴られたのだ。

 最初は、信じたくなかった。

 何かの間違いだと。

 だが、もう、耐えられなくなってしまったのだ。

 青い髪の少女も、同様に。


「もう、ここから、逃げよう。自由になるんだ!!」


 青い髪の少女は、決意を固める。

 ここから逃げる事を。

 偶然、ヴァルキュリアの豹変ぶりを知ってしまった、三人は、今夜、逃げる事を決行した。

 と言っても、すぐに、逃げたら、追いかけられてしまう。

 ゆえに、ヴァルキュリア達が、眠りに着くまで、辛抱強く耐えていた。


「でも、どこへ逃げるの?」


「私達は、島にはいけないよ?これ、外せないし……」


 緑の髪の少女は、問いかける。

 逃げると言っても、どこへ逃げるつもりなのだろうか。

 ヴァルキュリア候補の少女達は、腕に、腕輪をつけられている。

 逃げられないように。

 魔方陣を使えば、腕輪から、魔法が発動され、捕らえられる仕掛けになっているのだ。 ゆえに、島へは逃げられない事を、黄色の髪の少女は、知っており、問いかけた。


「あそこに逃げよう。モルガナイトエリアに」


「どうして、そこに?」


「……あてがあるの」


 青い髪の少女は、決断する。 

 島ではなく、モルガナイトエリアに逃げようと。

 だが、なぜ、モルガナイトエリアなのだろうか。 

 問いかける緑の髪の少女。

 青い髪の少女が、あてがあると告げた。

 誰か知り合いがいるのだろうか。


「ついてきて」


 青い髪の少女は、静かに歩き始める。

 緑の髪の少女と黄色の髪の少女は、不安に駆られながらも、青い髪の少女についていった。

 生き延びる為に。



 翌朝、ルチア達は、招集される。

 しかも、緊急事態だと、言われて。

 ルチアは、ヴィオレットと合流し、カレン達が待つ待機室へと向かった。


「聞いた?ヴィオレット」


「ああ、緊急事態らしいな」


「どうしたんだろう」


 ルチアは、ヴィオレットに問いかけると、ヴィオレットは、静かにうなずいた。

 緊急事態だと聞かされ、不安に駆られるルチア。

 何か事件が起こったのだろうか。

 ついに、妖魔が、出現したのだろうか。

 ルチアは、胸に手を当てた。

 心を落ち着かせるために。


「……」


「ルチア、どうした?」


「ううん、何でもないよ」


 ルチアは、うつむき、黙り込む。

 様子が変だ。

 そう思ったヴィオレットは、ルチアに問いかけた。

 何かあったのではないかと。

 だが、ルチアは、首を横に振った。 

 ヴィオレットに悟られないように。


――薬も、一応、飲んだし。大丈夫、だよね。


 ルチアは、自分の体調を心配していたのだ。

 念のため、薬は、飲んできた。

 ゆえに、眩暈が起こる事はないはず。

 ルチアは、自分に言い聞かせた。

 大丈夫だと。

 ルチアとヴィオレットは、待機室に入る。

 待機室では、カレン、セレスティーナ、ライム、ベアトリスが、ルチアとヴィオレットが来るのを待っていた。


「皆、集まったわね」


「うん」


 カレンは、全員、集まった事を確認し、ルチアは、うなずく。

 だが、どこか、様子がおかしい。

 セレスティーナ、ライム、ベアトリスは、暗い表情を浮かべていたのだ。


「どうした?何かあったのか?」


「……」


 ヴィオレットは、三人の様子がおかしいことに気付き、問いかける。

 だが、誰も、答えようとしなかった。

 答えられないのだろうか。

 ますます、ルチアは、不安に駆られた。


「これから、話すわ」


 カレンは、三人の代わりに話すと答える。

 相当、辛い事があったようだ。

 ゆえに、カレンは、三人は、自ら、語ることができないと、判断したのだろう。


「昨夜、ヴァルキュリア候補がいなくなったの」


「え!?」


 カレンは、ルチアとヴィオレットに話した。

 それも、衝撃的だった。

 なんと、ヴァルキュリア候補がいなくなったというのだ。

 ヴァルキュリア候補は、脱走したというのだろうか。

 ルチアは、驚き、動揺していた。


「いなくなったのは、カーラ、ラミィ、リアリスよ」


「その子達って……」


「そうさ。カーラは、あたしについてたヴァルキュリア候補さ」


 カレン曰く、いなくなったのは、三人のようだ。

 彼女達の名を聞いたヴィオレットは、察した。

 ヴィオレットの様子を目にしたベアトリスは、自嘲気味に語る。

 カーラは、ベアトリスに仕えていたヴァルキュリア候補だったのだ。


「ラミィ、どうしちゃったんだろう。何かあったのかなぁ」


「リアリスも、どうして、逃げたりしたのぉ。私が、悪いことしたのかしらぁ」


 ライムも、セレスティーナも、暗い表情を浮かべながら、呟く。

 いなくなったラミィは、ライムに仕えていたヴァルキュリア候補であり、リアリスは、セレスティーナに仕えていたヴァルキュリア候補だったのだ。

 これで、ルチアは、理解した。

 なぜ、セレスティーナ達の様子がおかしかったのかを。

 自分達が、大事にしてきたヴァルキュリア候補が突然、いなくなってしまったのだ。


「この件についてだけど、捜索はルチアとヴィオレットにやってもらうわ」


「私達だけで?」


「ええ」


 カレンは、ルチアとヴィオレットに指示する。

 行方不明になったヴァルキュリア候補の捜索は、ルチアとヴィオレットだけでやることになったようだ。

 だが、なぜ、二人だけなのだろうか。

 セレスティーナ達も、探したいはずだ。

 ルチアは、問いかけるが、カレンは、うなずくだけで、それ以上は、答えなかった。


「といっても、騎士にも、協力してもらうつもりよ。あの子達は、島に逃げたかもしれないし」


「わかった」


 今回、任務に参加するのは、ルチアとヴィオレットだけではない。

 島にいる騎士達も、協力を要請するつもりだったのだ。

 彼女達は、島に逃げた可能性がある。

 腕輪がある限り、それはないはずなのだが、念のためであろう。

 腕輪は、外せないようにはなっているが、何らかの方法で、外し、逃げた可能性もあるのだから。


「もしかしたら、騎士が来るかもって話もあったわ」


「そうなの!?」


「ええ。何か、気になる事があるみたい」


 カレン曰く、騎士が、帝国に来るかもしれないという話もある。

 ルチアは、驚いていた。

 なぜ、彼らは、帝国に来ようとしているのだろうか。

 だが、カレンも、詳しくは知らないようで、気になる事があるためだと、聞かされてらしい。

 ルチアは、これ以上は、問いかけなかった。


「で、あたしらは、どうすればいいのさ」


「事情を聞かせてもらうわよ。何か、あったのかもしれないし」


 ベアトリスは、カレンに問いかける。

 自分達は、任務に参加しないが、どうするつもりなのかと。

 カレンは、答えた。

 事情を聞くようにと、キウス兵長に命じられていたのだ。

 セレスティーナ達の話を聞き、行方不明になった理由を探ろうとしているのだろう。


「わかったよ」


「仕方がないわねぇ」


 ライムとセレスティーナは、落ち込みつつも、承諾する。

 協力してくれるようだ。

 もちろん、ベアトリスも。

 彼女達も、心配なのだろう。

 ヴァルキュリア候補達の事が。

 と、ルチアは、思っていた。

 だから、彼女は、知らなかった。

 セレスティーナ達に異変が起こっていたとは。


「そういうわけだから、頼んだわよ」


「ああ」


 カレンは、ルチア達に託した。

 ヴァルキュリア候補を見つけてくれると、信じて。

 ヴィオレットは、静かにうなずいた。

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