第十七話 強い意思

 ルチアとヴィオレットが、ヴァルキュリアになってから、一か月の月日が過ぎた。

 あれから、二人は、多くの妖魔達と対峙してきた。

 もちろん、どの戦いも余裕だったわけではない。

 苦戦した事も、あったのだ。

 それでも、二人は、戦い抜いた。

 互いを守るために。

 今日も、ルチアとヴィオレットは、任務を終えて、帝国に帰還した。


「今日も、無事に終わったね」


「そうだな」


 王宮エリアの街中を歩いている。

 すると、帝国の民が、一斉に、ルチアとヴィオレットの方へと視線を向けたのだ。

 もはや、彼女達は、帝国の民達にとって、憧れの的、希望なのだろう。

 肝心の二人は、視線を向けられても、気にしていないようだが。


「これから、どうしようか。また、訓練する?」


「いいぞ。その前に、休憩だ」


「はーい」


 任務が終わったというのに、ルチアは、また、訓練をしようかと、提案する。

 何とも、元気な少女であろうか。

 と言っても、ヴィオレットも、そのつもりだったようだ。

 その前に、休憩が必要だとヴィオレットは、ルチアの頭を撫でた。

 ルチアは、元気よくうなずくが、そのやり取りは、姉妹のようだ。

 帝国の民の誰もがそう思っていた。

 ルチアとヴィオレットは、王宮にある待機室へたどり着いた。


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい」


「あ、カレン!!」


 待機室に入るルチアとヴィオレット。

 すると、待機室には、カレンが、出迎えてくれたのだ。

 ルチアは、カレンの元へと駆け寄る。

 それも、嬉しそうに。


「ただいま、カレン」


「お帰りなさい。うまくいったみたいね」


「うん!!ヴィオレットのおかげでね」


 ルチアは、カレンに抱き付く。 

 カレンとも、仲良くなったのだ。

 姉のように慕っているのだろう。

 カレンも、嬉しそうに、微笑んでいた。

 まるで、姉のように。


「今日は、どうしたの?」


「ダリア様に呼ばれてたのよ。報告してたの」


「報告?」


 今日は、カレンは、ルビーエリアで、待機しているはずだ。

 ヴァルキュリアは、いつも、王宮エリアにいるわけではない。

 ルチアとヴィオレットは、別であり、王宮エリアで待機することになっているが。

 リーダーであるカレンは、定期的にダリアに報告しにここに来るらしい。 

 だが、何を報告しているのだろうか。

 ルチアは、見当もつかず、首をかしげた。


「私達、ヴァルキュリアの事よ。様子を教えてほしいって」


「そうなんだ」


「ええ」


 ダリアは、ヴァルキュリアの状況をリーダーであるカレンに聞いていた。

 なぜなのかは、不明だが、ダリアは、自分達の事を気にかけているのではないかと思うのだ。

 そのため、カレンは、定期的に王宮に行き、ダリアに報告していた。

 今の所、皆、異常はなく、いつも通りだと報告してきたところだ。


「で、これから、貴方達は、どうするの?」


「訓練しようかなって、言ってたところ」


「すごいわね。妖魔との戦いで、疲れてないの?」


「全然」


 カレンは、ルチア達に問いかける。

 これから、どうするのか。

 買い物でもするのではないかと思っているのだ。

 ルチアも、ヴィオレットも、女の子なのだから。

 だが、ルチアは、カレンにとって、意外な言葉を口にする。

 訓練をすると言いだしたのだ。

 カレンは、心底驚いた。

 先ほど、任務から帰還したばかりだというのに。

 カレンに問いかけられたルチアは、堂々と、答える。

 疲れなど、全然なかったのだ。


「頑張るって、決めてるから」


 ルチアは、頑張ると決めていたのだ。

 ヴァルキュリアの結末を聞かされた時から。

 いや、ヴァルキュリアになれると聞いた時からもしれない。

 ルチアは、ふと、思い返した。

 アマリアとダリアから、神魂の儀の事を聞かされたことを。


「カレン、神魂の儀を行えば、いつかは、神様が、復活するんだよね?」


「え?ええ、いずれかはだけど」


 ルチアは、カレンに問いかける。

 神魂の儀の事を。

 それも、確認するように。

 カレンは、戸惑いながらも、うなずた。

 なぜ、今になって、聞いたのだろうかと、思考を巡らせながら。


「だったら、私が、終わらせるよ」


「え?」


「ルチア、どういう意味だ?」


 突然、ルチアが、宣言する。

 終わらせるとは、どういう意味なのだろうか。

 カレンは、驚くばかりだ。

 ヴィオレットも、見当もつかないようで、ルチアに問いかけた。


「私の魂を捧げて、神様を復活させる。絶対に」


「でも、そんな事、できるかどうかは……」


「やれるよ。力を蓄えれば、絶対に」


 ルチアは、自分の魂を神様に捧げると決意を固めていたのだ。

 神様を復活させるために。

 そうすれば、妖魔は、消える。

 ヴィオレット達も、戦わなくて済む。

 それどころか、命を落とす事もなくなる。

 ゆえに、ルチアは、決意を固めていた。

 ルチアの話を聞いたカレンであったが、いつ、復活できるはどうかは、不明だ。

 それでも、ルチアの決意は、固かった。

 自分が、力を蓄えれば、復活できるはずだと、思い込んでいるようだ。


「もう、誰も死なせたくないから」


「強いのね。貴方は……」


 ルチアの決意は、固かった。

 誰も、死なせないために。

 カレンは、驚いていた。

 ルチアは、自分とは違うような気がして。

 だが、ヴィオレットは、ルチアから、目を背けていた。

 大事なルチアを失いたくない。

 そう思うと、何も言えなかったのだ。


「そう言えば、聞いたんだけど、貴方達、アマリア様と暮らした事があるんですって?」


「あ、ああ」


 カレンは、あえて、話題を変えた。

 心情を悟られないように。

 実は、カレンは、聞いていたのだ。

 ルチアとヴィオレットが、アマリアと過ごしていたと。

 ヴィオレットは、戸惑いながらも、うなずいた。

 正直、助かったと、思いながら。


「うらやましいわ。あの方と過ごせるなんて」


「カレン達は、先代のヴァルキュリア様と過ごしたんだっけ」


「そうよ。厳しかったんだから」


 カレンは、羨ましがっていた。

 憧れのアマリアと過ごせたのだから。

 本来、ヴァルキュリア候補は、ヴァルキュリアと共に過ごす事になっている。

 訓練も、ヴァルキュリアから、受けるものなのだ。

 それゆえに、厳しかった。

 カレン達は、その厳しい訓練を乗り越えて、ヴァルキュリアになったのだ。

 もちろん、ルチア達も、厳しい訓練を受けているのだが。


「アマリア様は、雲の上の人だって思ってたの。中々、会えなかったしね」


 カレンは、アマリアにあまり、あった事がないのだ。

 ヴァルキュリア誕生の儀くらいしか会えない。

 ヴァルキュリアでさえも、滅多に会えない存在なのだ。

 アマリアは、カレン達にとっても、雲の上の人のようだ。


「で、やっぱり、優しかった?」


「そ、そうだな」


「遠慮しなくていいわ。なんとなく、想像つくから」


 カレンは、問いかける。 

 アマリアは、優しかったのかと。

 問いかけられたヴィオレットは、戸惑いながらも、うなずいた。

 正直に答えていいのかと。

 カレン達の事を想うと、申し訳なく思ったのだろう。

 だが、カレンは、意地悪をしているわけではない。

 率直な答えを聞きたかっただけなのだ。


「でも、最近、アマリア様に、会えないんだよね……」


「そうね……特別な任務に就いているって言っていたわ」


「え?特別な?」


「そうよ。どんな任務かは、わからないけど」


「極秘か」


 ルチアは、寂しがっているようだ。

 最近、アマリアに会えていない。

 ヴァルキュリアになってから、部屋も、別々になったのだが、それでも、アマリアに会いに行ったのだ。

 家族として。

 だが、部屋に入ろうとしても、アマリアは、留守の時が多かった。

 カレンは、その理由を知っているようだ。

 特別な任務に就いているという。

 どのような任務なのだろうか。

 ルチアは、首をかしげて、問いかけるが、カレンも、詳しくは聞かされていないらしい。 

 カレンの様子をうかがっていたヴィオレットは、極秘任務だと悟った。


「安心して。カイリ皇子も、一緒だって聞いてるわ。きっと、アマリア様を守ってくれるわよ」


「そ、そうだよね」


 アマリアは、一人で、任務を遂行しているわけではないらしい。

 カイリ皇子も、同行しているようだ。

 それを聞いたルチアは、安堵していた。

 カイリ皇子は、戦闘能力は、上だという噂を聞いた事がある。

 カイリ皇子と一緒なら、アマリアも、無事だろうと、推測していた。


「任務が、終わったら、会えるわよ」


「うん、ありがとう」


 カレンは、ルチアとヴィオレットに告げる。

 任務が、終わったら、会えるはずだと。

 ルチアは、満面の笑みを浮かべて、うなずいた。

 嬉しそうに。

 ヴィオレットも、穏やかな表情を浮かべていた。

 


 ルチアとヴィオレットは、訓練場へと向かう為に、待機室を出た。

 その直後、カレンは、ため息をついた。

 それも、複雑な感情を抱いて。


「ルチア、貴方が、羨ましいわ。貴方は、とても、強い意思を持ってるんだから」


 カレンは、ルチアの事をうらやましく思っていた。

 魂を捧げるということは、死ぬという事だ。

 カレンも、ヴァルキュリアになってから、聞かされていた為、断る事はできなかったが、怖かったのだ。

 本当は。

 自分の意思で、魂を捧げると、決意を固めたルチアが、羨ましく思えてならなかった。


「私が、もし、先に、神魂の儀を行うことになったら、あの子達は、救われるのかな……でも……」


 カレンは、ルチア達に死んでほしくなかった。

 もし、あと一人の魂で、神様が、復活するのであれば、自分が、捧げるべきではないかと思ったのだ。

 だが、そう思うと、カレンは、体が震え始めた。

 死と言う恐怖が、カレンを覆い尽くしているかのように。


「どうして、怖くなっちゃうのかしら。駄目なのに……」


 カレンは、どうしても、決意を固めることができなかった。

 死ぬと思うと、怖かったのだ。

 ヴァルキュリアにとっては、誇り高きことのはずなのに。


「ルチア、本当は、怖いのよ。死ぬって……。とても……」


 カレンは、ルチアに語りかけた。

 まるで、ルチアに教えるかのように。

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