第九話 母親として

 アマリアとの共同生活から一か月が過ぎた。

 ルチアとヴィオレットは、毎日のように、訓練場で、訓練を続けている。

 帝国兵と共に。

 ルチアは、蹴り技を訓練し、ヴィオレットは、鎌の扱い方を訓練しているようだ。

 ヴァルキュリアには、それぞれ、扱える武器が違う。

 華のヴァルキュリアは、ブーツであり、蹴りを主体とする。

 雷のヴァルキュリアは、鎌を使い、豪快に、切り裂くことができるのだ。

 さらに、二人は、魔法や魔技の訓練も、行った。

 と言っても、ヴィオレットは、島にいた時に、習得していたらしい。

 ルチアも、はじめは、慣れず、苦戦していたが、今では、いとも簡単に、魔法や魔技を発動できるようになっていた。


「今日の訓練は、ここまでだ」


「終わったぁ」


「そうだな」


 訓練は終了したらしい。

 ルチアとヴィオレットは、汗をかき、息を切らしながらも、笑みを浮かべていた。

 まるで、余裕があるかのようだ。


「疲れた?」


「いいや。ルチアは?」


「全然」


 ルチアは、ヴィオレットに問いかけるが、ヴィオレットは、首を横に振る。 

 さすがと言ったところであろう。

 ルチアに聞き返すヴィオレットであったが、やはり、ルチアも、余裕のようだ。

 ゆえに、二人は、互いを見合わせ、ある事を思いついた。


「あの、すみません」


「なんだ?」


 ルチアとヴィオレットは、帝国兵に歩み寄る。

 二人を指導してくれた者だ。

 彼は、ルチアとヴィオレットへと視線を移す。

 一体、どうしたのかと言いたいのだろう。


「もうちょっと、訓練しても、いいですか?」


 ルチアは、帝国兵に相談する。 

 なんと、訓練を続けたいというのだ。 

 これには、周りの帝国兵も、驚きを隠せない。

 先ほど、行っていた訓練は、過酷だったというのに。

 帝国兵達だけでも、ついていくのが精一杯だ。

 だというのに、ルチア達は、疲れを見せない。

 ゆえに、彼らは、驚きを隠せなかった。


「自主練か、良いぞ」


「ありがとうございます」


 指導者は、感心しているようだ。

 訓練についていけるだけでなく、自主練をしたいと言い出すのだから。

 訓練を重ねて、強くなったのだろう。

 ヴィオレットは、お礼を述べ、すぐさま、ルチアと訓練を始めた。


「すごいな、まだ、訓練を続けるのか?」


「さすがだな」


「あのお方が言った通りだ」


 周りの帝国兵達も、感心しているらしい。

 彼女達は、女性だ。

 しかも、自分達よりも、幼い。

 だというのに、自分達以上に、訓練についていっているのだから。

 帝国兵が言う「あのお方」とは、誰の事かは、不明だ。

 だが、見抜いていたのだろう。

 ルチアとヴィオレットの強さは、帝国兵とは違う。

 別格だと。

 だが、訓練を見守っていたアマリアだけは違った。

 彼女は、不安げな表情で、二人を見ていたのであった。


「ルチア、ヴィオレット……」


 アマリアは、静かに呟く。 

 それも、心配そうな様子で。

 実は、アマリアが、訓練を見に来ることはめったにない。

 アマリアも、公務をこなさなければならなず、忙しいのだ。

 ゆえに、ヴァルキュリア候補と過ごす事は、前例になかった。

 異例中の異例だったのだ。

 それでも、アマリアは、彼女達を受け入れた。

 母親になろうと決意して。

 アマリアは、見守っていたが、悲しそうな表情を浮かべて、静かに訓練場を出た。


 

 何も知らないルチアとヴィオレットは、訓練を終え、部屋に戻ってきた。


「ただいまです!アマリア様!」 


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい」


 ヴィオレットが、静かに言い、ルチアが、元気よく言う。

 いつもの事だ。

 先に部屋に戻っていたアマリアは、ルチアとヴィオレットの元へと歩み寄る。

 母親が子を迎えるように。


「二人とも、よく頑張りましたね」


「はい!!」

 

 アマリアは、ルチア達の頭を優しく撫でた。

 撫でられてうれしかったのか、ルチアは、微笑む。

 それも、満面の笑みで。

 彼女達の表情を目にしたアマリアは、ふと、暗い表情を浮かべてしまった。


「どうされました?アマリア様」


「い、いえ」


 ヴィオレットは、アマリアの様子に気付いたようで、尋ねるが、アマリアは、首を横に振った。

 二人に、悟られないようにするためだ。

 自分の心情を。



 翌日、アマリアは、当時の女帝・ダリア・イア・ヴェーリヴィアとダリアの部屋で、紅茶を飲んでいた。

 ただ、紅茶を飲みに来たのではない。

 ルチアとヴィオレットのことについて、報告していたのだ。

 ダリア曰く、彼女達の様子をうかがい、今後の方針を決めたいという要望だったから。


「二人とも、強くなっているそうね。期待できるわ」


「そ、そうですね……」


 ダリアは、嬉しそうだ。

 ルチアとヴィオレット事は、帝国兵からも、聞いてる。

 アマリアの話を聞き、二人は、強くなっているのだと、悟った。

 これなら、ヴァルキュリアになれる日は近いのではないかと、推測しているようだ。

 だが、アマリアは、不安げな表情を浮かべる。

 ダリアとは違って。


「あら、どうしたの?アマリア。何か、不安な事でもあって?」


「あ、はい……」


 アマリアの心情に気付いたダリアは、問いかける。

 アマリアは、静かにうなずいた。


「あの、あの子達は……あれを受け入れられるのかどうかが、心配で……」


「あの事ね。正直、あの子達には、申し訳ないわ……」


「どうしたら、良いのでしょうか……」


 アマリアは、ルチアとヴィオレットの事を心配していたようだ。

 まだ、語っていない事があるらしい。

 それゆえに、「あの事」を知ったら、ルチアとヴィオレットは、受け入れられるのか、不安でたまらないのだろう。 

 ダリアも、「あの事」について、知っているようで、申し訳なさそうに語る。

 「あの事」とは、一体、何のことなのだろうか。

 あまり良くないことのようで、アマリアは、ダリアに相談した。


「まだ、話すべき時ではないわ。貴方もわかっているでしょう?」


「は、はい」


 ダリアは、アマリアを諭した。

 彼女達は、まだ、知るべき時ではないと。

 「あの事」は、彼女達にとって、残酷ではあるが、今は、知ってはならないのだ。

 残酷であるがゆえに。

 アマリアは、静かにうなずいた。


「大丈夫よ。あの子達なら、きっと、受け入れてくれるわ。だって、強い子だもの。それは、貴方が、良く知っている事でしょう?」


「は、はい」


 確かに、ルチア達は、強い。

 だからこそ、真実を知っても、受け入れてくれる。

 ダリアは、そう、信じているようだ。

 アマリアは、戸惑いながらも、強くうなずいた。


「貴方も、覚悟を決めなさい」


「はい……」


 ダリアは、アマリアに覚悟を決める事を促す。

 まずは、アマリアが、決意を固めなければならないのだ。

 いずれは、話さなければならない事だ。

 それを話すのは、アマリアなのだろう。

 アマリアは、静かにうなずいた。

 いつか、話す時が来るまで。



 アマリアは、部屋から出た後、ダリアは、紅茶を静かに飲んでいた。

 微笑みながら。

 だが、その時であった。


「うまく、いきましたね?ダリア様」


「何が?」


「もし、ルチアとヴィオレットが、真実を知れば、逃げるかもしれませんからね。カトレアのように」


 部屋に入ってきたキウス兵長が、ダリアに問いかける。

 部屋の中にいたわけではないが、外にいた彼は、聞こえてしまったのだ。

 アマリアとダリアのやり取りを。

 ゆえに、笑みを浮かべていた

 今、真実を話せば、ルチア達が、真実を受け入れず、逃げ出してしまった可能性があるかもしれない。 

 カトレアのように。

 キウス兵長は、それを懸念していたようだ。


「本当、困るわよね。今、話されては」


「ええ、彼女達は、特別な力を持っているようですし」


 ダリアは、その可能性もあると、微笑みながら、答える。

 ルチア達に逃げられては困るのだ。

 なぜなら、ルチア達は、他のヴァルキュリアとは違って、特別な力をその身に宿している。

 だからこそ、アマリアと過ごさせたのだ。

 精神が侵食されたヴァルキュリアから守るために。


「でも、もし、知ってしまって、脱走したら、捕まえればいいわ。捕まえて、暗示をかけるの。真実を知っても、受け入れるようにってね」


 仮に、ルチア達が、逃げたとしても、捕らえればいいと、ダリアは、思っているようだ。

 その上で、暗示をかけるつもりでいた。

 彼女達が、逃げられないように。

 完全に、真実を受け入れられるようにと。

 それを聞いたキウス兵長は、不敵な笑みを浮かべていた。

 まるで、納得したかのように。



 何も知らないアマリアは、部屋へと戻った。


「ただいま帰りました……」


「お帰りなさい!!アマリア様」


 少々、暗い表情で、部屋に入ったアマリア。

 苦悩しているのだろう。

 ルチア達に真実を打ち明けるべきか。

 ルチアは、元気に、アマリアを出迎え、ヴィオレットは、静かに、アマリアに歩み寄った。


「今日も、訓練を?」


「はい」


 アマリアは、ルチア達に問いかける。

 今日も、訓練をしてきたようだ。

 ヴィオレットは、静かにうなずいた。


「ヴァルキュリアになれるんだったら、頑張ります!!」


「そ、そう……」


 ルチアは、決意をアマリアに伝える。

 ヴァルキュリアになるためであれば、どんな訓練でも、乗り越えると決めているのだろう。

 なんて、意思の強い子達なのだろうか。

 アマリアは、戸惑いながらも、うなずいた。

 罪悪感を感じているのだろう。


「どうされました?アマリア様」


「いいえ、なんでもありませんよ」


 ヴィオレットは、アマリアの心情を悟ったようで、アマリアに問いかける。

 だが、アマリアは、首を横に振った。

 悟られてはならないのだ。

 どうしても。



 その日の夜。

 アマリアは、一人、夜空を見上げていた。

 ルチアとヴィオレットの事を思いながら。


「ごめんなさい。ルチア、ヴィオレット……」


 アマリアは、涙を流した。

 ルチアとヴィオレットに申し訳ないと、感じて。

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