第八話 新しい生活

「わ、私達が……」


「ヴァルキュリア!!」


 ヴィオレットが、信じられないと言わんばかりの表情で、続けて、ルチアが、心底嬉しそうに、叫ぶ。

 反応は、それぞれ、と言ったところであろう。

 当然かもしれない。

 信じられるはずがないのだ。

 まさか、自分達が、ヴァルキュリアになれる素質があるなどと。

 だが、同時に、うれしいのだ。

 憧れのヴァルキュリアになれると言われたのだから。


「そうだよ。君達のオーラは、強い。だからこそ、ヴァルキュリアになれる。これは、今回の健診でわかった事だよ」


 カナリアは、微笑みながら、説明する。

 ルチアとヴィオレットが、選ばれた理由を。

 カナリア曰く、健診の後、調べたのだという。

 ルチアとヴィオレットのオーラについて。

 そして、女帝や他のヴァルキュリア達、施設の者達にも説明し、最後に、ルチアとヴィオレットに説明したようだ。


「君達は、すぐに、王宮で過ごしてもらうよ。特別な訓練を受けてもらうからね」


「あ、はい……」


「はい!!」


 カナリアは、説明を続ける。

 ルチアとヴィオレットは、話についていってるかどうかは不明だ。

 それでも、カナリアは、話を続けた。

 ルチアとヴィオレットは、ヴァルキュリア候補となる。

 本来、ヴァルキュリア候補は、ヴァルキュリアの元で、過ごし、訓練を受けることになるが、ルチアとヴィオレットは、特別らしい。

 王宮で、過ごし、訓練を受けるらしいのだ。

 なぜなのかは、カナリアは、理由を語らなかったが。

 ヴィオレットは、不安げにうなずく。

 だが、ルチアは、嬉しそうだ。

 うれしいのだろう。

 ヴァルキュリアになれるのだから。


「大丈夫。君達なら、なれるよ。強い意思を持っているんだから」


 カナリアは、ヴィオレットの不安を取り除くように、語る。

 心配などする必要がないと。 

 だが、ルチア達は、知らない。

 ルチアとヴィオレットが、ヴァルキュリアになれると、教えられたのは、ヴァルキュリア達だけだ。

 女帝は、この事をすでに知っていたのだ。

 ルチアとヴィオレットが、施設に入った時から。

 ゆえに、王宮に移り住むことも、全て、初めから、用意されていたシナリオであった。



 次の日、ルチアとヴィオレットが、ヴァルキュリア候補になった事は、施設の孤児達にも、知らされた。


「ねぇねぇ、聞いた!?」


「うんうん。ルチアとヴィオレットが、ヴァルキュリアになれるんでしょ?」


「やっぱり、精霊人って、すごいね」


 話は、ルチアとヴィオレットの話で持ち切りだ。

 特に、女子達は、騒いでいる。

 ルチアとヴィオレットが、ヴァルキュリアになれるというのだ。

 澤がないはずがないのだろう。

 ルチアとヴィオレットは、可愛らしくて、美しい。

 成績も優秀だ。 

 ゆえに、女子達にとっては、憧れの的だったのだ。


「皆、もう、知ってるよ」


「あ、ああ」


 自分達の話が、ルチアとヴィオレットの耳に入ってくる。

 聞かないようにと思っていても。

 そのためか、ヴィオレットは、どこか、落ち着きがなかった。

 珍しく。


「どうしたの?ヴィオレット」


「なんだか、実感がわかなくてな」


「私も」


 ヴィオレットの様子がおかしい事に気付いたルチアは、ヴィオレットに尋ねる。

 ヴィオレットは、実感がわかないようだ。

 自分が、ヴァルキュリアになるとは、想像もつかないのだろう。

 それは、ルチアも、同じであった。


「でも、ヴァルキュリアだよ!!憧れのヴァルキュリア!!どうやって、なるんだろう!!」


 確かに、実感がわかない。

 だが、それでも、ルチアは、うれしいのだ。

 憧れのヴァルキュリアになれると言われたのだから。

 ルチアは、嬉しそうに、はしゃいでいた。


「楽しそうだな」


「うん。楽しみ」


 ルチアの様子をうかがっていたヴィオレットは、微笑む。 

 ほほえましいのだろう。

 ルチアを見ていると。


「大変だと思うけど、ヴィオレットと一緒なら、大丈夫」


「そうか」


 ルチアは、怖くなかった。

 たとえ、過酷な試練であってもだ。

 なぜなら、ヴィオレットと一緒だから。

 一人だったら、恐怖に耐えられなかっただろう。

 だが、ヴィオレットがいてくれる。

 それだけで、心強い。

 ヴィオレットも、同じであった。

 ルチアとなら、共に世界を守れると思っていたのだから。


「頑張ろうな」


「うん!!」


 ルチアとヴィオレットは、改めて、決意を固めた。

 ヴァルキュリアになり、共に戦い、共に世界を守る事を。



 一週間後、ルチアとヴィオレットは、王宮に移り住むこととなった。

 引率してくれたのは、研究者ではなく、帝国兵だ。

 ルチアとヴィオレットは、緊張しながらも、とある部屋へと向かった。


「さあ、こちらですよ」


 帝国兵は、ルチアとヴィオレットを案内する。

 それも、丁寧に。

 だからだろうか。

 少し、心が落ち着いたのは。

 帝国兵が、施設まで迎えに来た時は、恐れおののいたのだ。

 帝国兵に会う事は、滅多になかったのだから。

 だが、話してみると、礼儀正しく、丁寧だ。

 自分よりも、年上だというのに。

 それゆえに、ルチアとヴィオレットは、恐怖心がなくなり、心が落ち着き始めていた。


「お二人とも、今日からは、聖女様と暮らすことになりますので、くれぐれも、粗相のないように」


「え?聖女様?」


「そうです」


 と言っても、帝国兵は、ルチアとヴィオレットに忠告する。

 今日から、二人は、聖女と共に、暮らすというのだ。

 確かに、王宮エリアで過ごすとは、聞いていたが、聖女とは、聞いていない。

 ゆえに、ルチアは、目を瞬きさせて、驚いていた。


「聖女様って?」


「ヴァルキュリアの力を与えてくれる人だよ。すごい人なんだ」


「あ、前に、その本、読んでたよね?」


「ああ」


 ルチアは、聖女とは、誰なのか、わからないようだ。

 故に、ヴィオレットに尋ねた。

 ヴィオレットなら、知っているのではないかと悟って。

 ヴィオレット曰く、聖女が、自分達をヴァルキュリアに変身できるように、力を与えてくれるらしい。

 ヴィオレットは、以前、図書館で知ったのだ。

 ヴァルキュリアと聖女に関する本を読んでいた為。


「では、行きましょう」


 帝国兵は、ルチアとヴィオレットを聖女の部屋まで案内した。

 聖女は、一体、どんな人なのだろうか。

 優しいのだろうか。 

 それとも、厳しいのだろうか。

 彼女と共に暮らせるだろうか。

 様々な不安を抱えながらも、部屋へと進むルチアとヴィオレット。

 ついに、ルチア達は、聖女の部屋にたどり着いた。

 帝国兵は、ドアをノックすると、優しそうな声が聞こえてくる。

 どうやら、聖女は、優しい女性のようだ。

 その声を聞いただけで、ルチアとヴィオレットは、安堵する。

 帝国兵は、ドアをそっと開けた。


「アマリア様、ルチアとヴィオレットを連れてまいりました」


「ええ、ありがとうございます」


 ルチア達は、帝国兵に連れられて、部屋へと入る。

 部屋では、聖女が、ルチアとヴィオレットを出迎えた。

 彼女こそが、聖女・アマリアだったのだ。

 これが、聖女・アマリアと最初の出会いであった。


「こんにちは、ルチア、ヴィオレット。私が、アマリアと申します」


「よ、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 アマリアは、静かに、お辞儀する。

 本当に、聖女のようだ。

 美しく、穏やかな表情を浮かべている。

 アマリアを目にした途端、ルチアは、緊張してしまう。

 ヴィオレットも、静かに、頭を下げるが、少々、緊張しているようだ。


「緊張しないでください。あなた方とは、家族になりたいのです。私の事は、母と思っていただければ」


「は、はい」


 アマリアは、ルチアとヴィオレットの元へと寄り添う。 

 まるで、母親のように。

 アマリアは、家族として、暮らしたいと思っていたのだ。 

 ルチアとヴィオレットの母親になりたいと、心の底から願っていたほどに。

 だが、まだ、緊張は解けないようだ。

 ルチアは、強くうなずく。

 ルチア達の様子を目にしたアマリアは、ルチアとヴィオレットの頭を優しく撫でた。

 それだけで、ルチアとヴィオレットは、緊張が解けた。

 家族になれた気がして。


「さあ、メイドに紅茶を用意してもらいましたので、一緒に飲みましょう」


「はい!!」


 アマリアは、ルチアとヴィオレットを連れて、テーブルへと歩み寄る。

 彼女達のやり取りを見ていた帝国兵は、頭を下げ、そっと部屋を出た。

 彼女達の時間を邪魔してはいけないと、悟ったのだろう。

 椅子に座るルチア達。

 すると、すぐさま、メイドが、現れ、紅茶を用意する。

 何もかもが、初めてであり、新鮮であった。

 帝国兵に案内された事も、王宮に入った事も、聖女に出会えたことも、メイドがいる事も。

 まるで、お姫様になれたかのようだ。

 ルチアとヴィオレットは、そう思えてならなかった。

 紅茶を飲み始めるルチア達。

 程よい香りに、甘みのある紅茶は、ルチアとヴィオレットの心を落ち着かせた。


「美味しい」


「うん、美味しい」


「それは、良かったです」


 紅茶を飲み、微笑むルチアとヴィオレット。

 どうやら、心が落ち着いたようだ。

 そう思うと、アマリアは、微笑んだ。


「ルチア、ヴィオレット、あなた方には、辛い事を押し付けてしまいます。本当に……」


 何か、思い出したのか、アマリアは、申し訳なさそうに、うつむく。

 確かに、これから、ルチアとヴィオレットは、辛い試練を受けることになるだろう。

 ヴァルキュリアになるという事は、過酷であり、命がけなのだ。

 だからこそ、アマリアは、責任を感じていた。

 まだ、幼い二人を戦わせることになると思うと。


「大丈夫です。アマリア様」


「え?」


「私、頑張りますから!!」


 ルチアは、強く、宣言する。

 たとえ、過酷な試練が待ち受けていても、ヴィオレットと一緒だ。

 だからこそ、決意を固めていた。

 ヴァルキュリアになると。


「私もです、アマリア様」


「ありがとうございます」


 ヴィオレットも、同様だ。

 引き返すつもりはない。

 ルチアが、ヴァルキュリアになると言うなら、自分も、ヴァルキュリアになるだけだ。

 ルチアを守るために。

 二人の決意は、固い。

 幼い身でありながらも。

 彼女達の意思を聞いたアマリアは、微笑んだ。

 ありがたいと思いながら。

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