第六話 ヴィオレットの決意
昨夜、カトレアは、脱走してしまった。
その話は、瞬く間に、施設にも、広がった。
もちろん、研究者達にも。
カトレアの脱走で、他の孤児達は、ざわついている。
戸惑っているのだろう。
「うそ!?カトレアがいなくなったって本当!?」
「そうみたい。だって、どこにもいないんだよ?」
カトレアが、脱走したと信じられない孤児もいるようだ。
当然であろう。
カトレアは、真面目であった。
ルチアが、悪さをすれば、姉として叱るほどに。
他の孤児達の手本となれるように。
カトレアは、孤児の中でも、年上の方だ。
ゆえに、真面目であった。
そんなカトレアが、脱走するとは、誰も、予想できるはずがない。
妹であるルチアでさえも。
「でも、外に出るのって、禁止されてたよね?鍵は、かかってたの?」
「魔法で壊されてたって」
施設から、外に出る事は、禁止されていた。
特に、夜は。
だが、カトレアは、何度も、鍵を持ちだして、外に出ていたのだ。
昨夜は、鍵を持ちださずに、魔法を発動して、ドアを壊したらしい。
しかも、鍵穴の部分だけ。
そのため、施設の者に気付かれずに、脱走できてしまったようだ。
「これから、ルチア、どうなるのかな……」
「どうなんだろう……」
孤児達は、ルチアの事を心配しているようだ。
当然であろう。
ルチアは、姉のカトレアを慕っていた。
カトレアも、ルチアの事を大事にしていたのだ。
両親がなくなり、家族は、ルチアとカトレアの二人だけになったのだから。
だが、カトレアも、行方不明になってしまった。
帝国兵が、探しているらしいが、まだ、見つかっていないらしい。
もしかしたら、帝国を出たかもしれないという噂まであるようだ。
王宮エリアの地下にある魔方陣から出てしまえば、帝国から出られる。
見張りがいるが、精霊人であるカトレアなら、吹き飛ばしてしまう事も、可能であろう。
ゆえに、帝国を出た可能性は高かった。
ヴィオレットは、孤児達の会話を聞いてしまった。
ルチアの事を心配して。
そのため、ヴィオレットは、施設の者に歩み寄った。
「ん?どうしたの?ヴィオレット」
「ルチアは?」
施設の者は、ヴィオレットに問いかける。
どうしたのだろうかと、気になったようだ。
ヴィオレットは、問いかけた。
ルチアの事が気になっているのだ。
ルチアの姿が見当たらないため。
「……今は、部屋にいるの。一人にしてほしいって」
「……」
施設の者は、正直に答えた。
ルチアは、カトレアが、脱走し、行方不明になったと聞かされた時から、部屋に閉じこもってしまったのだ。
施設の者が、声をかけても、一人にしてほしいと言うばかりであった。
ヴィオレットは、ますます、心配した。
まるで、ここに来たばかりの自分のようだと思ったのだろう。
ヴィオレットは、居てもたっても居られず、急いで、部屋から出た。
「あ、待ちなさい!!ヴィオレット」
施設の者は、ヴィオレットを追いかける。
それも、慌てて。
だが、ヴィオレットは、全速力で、走ったため、施設の者から、遠ざかっていった。
ルチアの部屋へと行くために。
ルチアは、部屋のベッドの上で、泣いていた。
部屋には、カトレアはいない。
もう、会えないかもしれない。
そう思うと、涙が、止まらなかった。
「お姉ちゃん……なんで……」
ルチアは、信じられなかった。
なぜ、カトレアが、脱走したのか。
ずっと、一緒だったというのに。
両親が亡くなった後、カトレアは、約束してくれたのだ。
自分が、側にいてくれると。
ルチアも、信じていた。
なのに、どうして、いなくなってしまったのか。
ルチアは、わからなかった。
だが、その時だ。
ドアをたたく音が、聞こえてきたのは。
「ルチア?いる?」
「ヴィオレット……」
ドアをたたいたのは、ヴィオレットのようだ。
ルチアの事を心配して、部屋まで来たのだ。
ルチアは、顔を上げるが、目が真っ赤に晴れていた。
「ここを開けて。お話がしたいの」
「……やだ。会いたくない」
ヴィオレットは、ルチアに懇願する。
会って話がしたいのだ。
だが、ルチアは、それを拒んだ。
誰とも会いたくないと。
「もう、嫌だよ……。なんで、皆、いなくなっちゃうの?ヴィオレットも、いなくなるの?」
「ルチア……」
ルチアは、恐れを抱いているようだ。
カトレアが、いなくなった事で、一人になってしまうのではないかと。
それゆえに、ヴィオレットも、自分の元から去ってしまうのではないかと、推測し、懸念したのだろう。
まるで、以前のヴィオレットのようだ。
ルチアに会うまでは、ヴィオレットも、誰かを失うのを恐れて、孤独になっていたのだから。
そう思うと、ヴィオレットは、心が痛んだ。
ルチアの気持ちが、痛いほどわかるから。
「どうして、私が、施設で一人ぼっちでいたか知ってる?」
「わからない……」
ヴィオレットは、ルチアに問いかける。
なぜ、ルチアや他の孤児達を拒んだのか。
だが、ルチアは、わからないようだ。
考えたくもないのだろう。
「私も、怖かった。誰かが、また、いなくなるんじゃないかって。お父さんやお母さんみたいに」
ヴィオレットは、理由を打ち明けた。
今のルチアを同じなのだと。
怖かったのだ。
誰かを失うのが。
だからこそ、一人でいようとした。
「でも、ルチアが、頑張ってるってわかったから、私も、頑張ろうと思ったんだ」
「……」
ヴィオレットは、ルチアが、懸命に生きようとしている事を知り、懸命に生きることを決意したのだ。
ルチアのように、笑って生きてみようと。
何も知らなかったルチアは、涙をぬぐいながら、ドアの方へと視線を向ける。
ヴィオレットに励まされた気がして。
「ルチア、大丈夫だよ。私は、いなくならない」
「なんで、そんな事、言えるの?」
「……私も、一人になりたくないし」
ヴィオレットは、ルチアを慰めた。
ルチアの元からいなくならないと約束して。
だが、ルチアは、信じられないようだ。
なぜ、ヴィオレットが、そのような事を言えるのか。
理解できないのだろう。
簡単な事だ。
ただ、ヴィオレットも、一人になりたくないのだ。
ルチアに、側にいてほしいのだ。
「ルチア、私、ルチアのお姉ちゃんになるよ」
「え?」
ヴィオレットは、意を決したように、語った。
ルチアの姉になると。
カトレアの代わりに。
ルチアは、驚き、あっけにとられた。
どうしたのだろうかと。
ヴィオレットは、後悔していたのだ。
カトレアが、元気がなくなった事に気付いていた。
もし、理由を聞いていれば、脱走する事はなかったかもしれない。
そう思うと、悔やんでいたのだ。
ヴィオレットは、ルチアの姉になろうと、決意を固めた。
「私が、お姉ちゃんになってあげる。だから、ここを開けて」
ヴィオレットは、もう一度、懇願する。
すると、ドアが、ゆっくりと、開いた。
ルチアが、ドアを開けてくれたのだ。
ヴィオレットは、ルチアの元へと歩み寄った。
「本当に?」
「うん」
ルチアは、恐る恐る尋ねる。
恐れているのだろう。
ヴィオレットも、そう言って、いなくなるのではないかと。
だが、ヴィオレットは、強くうなずいた。
ルチアの不安を取り除くように。
ルチアは、涙を流した。
「ヴィオレット!!」
ルチアは、ヴィオレットに抱き付く。
本当に、怖かったようだ。
また、誰かを失ってしまう事が。
ルチアは、涙を止められず、嗚咽する。
ヴィオレットは、ルチアを優しく抱きしめ、頭を撫でた。
――これからは、私が、ルチアを守る。絶対に、守るんだ。
ヴィオレットは、決意を固めた。
ルチアの姉になり、ルチアを守ると。
強く、強く……。
時間が経ち、夜になる。
カトレアが、施設から脱走した事により、研究所では、急きょ、会議が行われた。
「まさか、カトレアが、いなくなってしまうとはな」
「私達の話を聞いていたのかもしれない」
「まったく、施設の連中は、何やってるんだ」
研究者達にとっても、カトレアの脱走は、予想外だったようだ。
当然であろう。
脱走者が出たのは、初めてだ。
異例中の異例と言っても過言ではない。
カトレアが、なぜ、脱走したのか、研究者達は、推測しているようだ。
自分達の話を聞いてしまったのではないかと。
そう思うと、施設の者達に対して、怒りを覚えていた。
貴重な人材を逃してしまったのだから。
「まぁ、いいさ。まだ、希望はある」
「そうだな」
と言っても、完全に、希望を失ったわけではない。
候補者は、もう一人いる。
カトレアの妹・ルチアだ。
もう、彼女に、ヴァルキュリアになってもらうしかなかった。
会議に出ていたアライアは、突然、立ち上がる。
それも、決意を固めたかのように。
「ルチアには、華のヴァルキュリアになってもらおう。そして、いずれかは……」
アライアは、宣言した。
ルチアには、必ず、華のヴァルキュリアになってもらうと。
そして、最後に待っているのは、残酷な結末であった。
「神復活の為に、礎となってもらうのだ!!」
ルチアには、魂を捧げてもらおうと、考えていたのだ。
たとえ、ルチアが、死ぬとわかっていながらも。
こうして、ルチア達は、運命に翻弄されることになった。
自分達も、知らない残酷な物語が、始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます