第五話 死に怯えた結果
カトレアは、予想していなかったようだ。
まさか、自分とルチア、どちらも、ヴァルキュリアになれるとは。
だが、まだ、安堵するのは速い。
研究者達は、どうするのか、答えは、完全に出ていないからだ。
「ほう、さすがだな」
「で、どっちを選ぶ?」
「そうだな……」
当然の結果と言わんばかりに、感心する研究者達。
だが、問題は、どちらを選ぶかだ。
ルチアか、カトレアか。
カトレアは、息を飲んだ。
彼らは、どちらを選ぶのか。
「カトレアでいいんじゃないか?」
残酷だった。
選ばれたのは、ルチアではなく、カトレアだった。
なぜなのかも、意味が分からないカトレア。
だが、それよりも、自分が、選ばれた事が、ショックであり、愕然としていた。
「どうしてだ?」
「まぁ、姉だし」
「そんな理由かよ」
「冗談だ」
選ばれた理由は、単純かつ残酷だ。
カトレアが、姉だからと言う理由だ。
そんな理由で、自分は、しななければならないのか。
カトレアは、さらにショックを受けていた。
理由を聞いて他の研究者達は、呆れているが、実は、冗談らしい。
本当の理由があるようだ。
「ルチアを守ろうという強い意思がある。それを利用すれば、ヴァルキュリアになると言ってくれるだろう」
「だったら、ルチアも、言うんじゃないか?」
「どうだろうな。あの子は、まだ、子供だし」
「確実に、ヴァルキュリアになってくれそうな子を選んだというわけか」
研究者達の言う通りであった。
確かに、カトレアは、両親が、亡くなった時、ルチアを守ろうと決意を固めたのだ。
ルチアを守れるのは、自分しかいないと悟って。
だが、他の研究者は、ルチアも、強い意思を持っている可能性があるのではないかと、指摘する。
と言っても、それは、あくまで推測だ。
ルチアは、成長するにつれて、どうするのかは、まだ、不明だ。
となれば、今、強い意思を持っていると確定できるのは、カトレアのみ。
だからこそ、研究者は、カトレアを選んだのだ。
話を聞いていたカトレアは、力が抜け、尻餅をついていた。
――私が、ヴァルキュリア?でも……でも……。死にたくない!!
憧れのヴァルキュリアになれる。
だが、いずれは、死を迎えてしまう。
戦って、命を落とすのではない。
神様に魂を捧げる事で、命を落とすのだ。
それは、カトレアにとって、あまりにも、理不尽であり、残酷であった。
ゆえに、カトレアは、死を恐れた。
翌日、孤児達は、いつものように、施設で遊んでいる。
ルチアとヴィオレットもだ。
だが、カトレアは、呆然としていた。
昨夜の事を考えているようだ。
――私、死んじゃうの?
カトレアは、死を恐れていた。
このままでは、確実に、自分が、ヴァルキュリアに変身する時が来る。
伝説のヴァルキュリアになれば、うれしかったはずなのに。
ヴァルキュリアになるという事は、死ぬという事なのだ。
ゆえに、カトレアは、ヴァルキュリアになるのを恐れた。
その時であった。
「お姉ちゃん」
「ルチア……」
「ねぇ、一緒に遊ばない?」
「ごめんね、ちょっと、気分が悪いの」
「そっか。わかった」
ルチアは、カトレアに声をかけると、カトレアは、ルチアの方へと視線を向ける。
カトレアを誘いに来たのだ。
だが、カトレアは、気分が悪いと言って、断り、ルチアから、遠ざかった。
一体、どうしたのだろうか。
何も知らないルチアは、きょとんとしていた。
他の孤児達も。
「最近、カトレア、元気ないよね?」
「どうしたのかな?」
他の孤児達も、気付いていたのだ。
カトレアが、元気ない事に。
心配しているのだろう。
もちろん、ヴィオレットも、気付いていた。
しばらくして、ヴィオレットは、カトレアの元へと駆け寄る。
カトレアの身を案じて。
「カトレア」
「ヴィオレット……あの子は?」
「ほかの子と、遊んでる」
「そう」
カトレアは、ルチアの事が気になっていたようだ。
断ってしまった事に対して、罪悪感を感じているのだろう。
だが、ルチアは、他の孤児達と遊んでいるらしい。
それを聞いたカトレアは、安堵した。
少々だけだが。
「どうかしたの?」
「え?」
「元気ないから」
「そ、そうかしら……」
ヴィオレットは、カトレアに問いかける。
心配しているのだ。
最近、元気がない。
何かあったのではないかと。
だが、カトレアは、ヴィオレットに悟られないように、反応した。
と言っても、動揺しているが。
「この前、何か言いかけたよね?」
「え、ええ……」
「続き、聞いていい?」
ヴィオレットは、昨日、カトレアが、何か、言いかけていた事が、気になっていたのだ。
何を話そうとしていたのか。
カトレアに問いかけるヴィオレット。
だが、カトレアは、うつむいてしまった。
言えなくなってしまったのだろうか。
――ヴィオレットになら、言っても大丈夫かもしれない……。でも、これが、他の人に知られたら?施設や研究所の人達に知られたら?
カトレアは、葛藤し始めた。
ヴィオレットになら、全てを打ち明けてもいいのではないかと。
だが、ふと、思ってしまう。
誰かが、自分達の会話を聞いていたら。
自分は、どうなってしまうのだろうか。
記憶を抹消され、強引にヴァルキュリアに変身させられるかもしれない。
そう思うと、ヴィオレットには、言えなかった。
――やっぱり、言えない……。
カトレアは、話そうとしなかった。
恐れを抱いてしまったのだ。
ヴィオレットは、ますます、カトレアを心配した。
「どうしたの?先生、呼んでこようか」
「い、いい!!」
施設の者を呼びに行こうとするヴィオレット。
だが、カトレアが、ヴィオレットの手をつかみ、制止させた。
ここで、知られてしまってはまずいのだ。
カトレアが、ヴァルキュリアに関する秘密を知ってしまったとなれば。
必死に、首を横に振るカトレア。
ヴィオレットは、カトレアの事を気遣い、立ち止まった。
呼びに行くのをやめたようだ。
カトレアは、安堵し、息を吐いた。
「ねぇ、ヴィオレット。お願いがあるの」
「何?」
「ルチアと、仲良くしてあげてね」
「え?」
カトレアは、ヴィオレットに懇願する。
ルチアと仲良くしてほしいと。
いきなり、どうしたのだろうか。
ヴィオレットは、違和感を覚え、あっけにとられていた。
「約束して」
「う、うん」
それでも、カトレアは、強く、懇願した。
約束してほしいと。
もちろん、断るはずがない。
ヴィオレットは、戸惑いながらも、うなずいた。
「ありがとう」
カトレアは、安堵していた。
ヴィオレットなら、そういってくれると信じていたかのように。
ヴィオレットは、問いかけたいことが山ほどあったが、今は、やめておくことにした。
カトレアを気遣って。
だが、後に、後悔することになるとは、ヴィオレットも、気付いていなかった。
それから、一か月後の事だ。
夜、カトレアが、施設から遠ざかっていったのは。
研究所に行くわけではない。
目指すのは、別の場所であった。
――誰もいない。
カトレアは、あたりを見回し、慎重に、進む。
見つかってはならないからだ。
今は、どうしても。
――あの地下に行けば、出られるはず……。
カトレアは、地下を目指していた。
帝国に入る時に使った魔方陣を目指していたのだ。
魔方陣があるのは、王宮エリアの地下だとカトレアは、覚えていた。
カトレアは、帝国を抜け出そうとしたのだ。
誰にも、気付かれないように。
カトレアは、息をひそめ、地下へと向かっていった。
翌朝、そうとは知らないルチアは、目を開けて、起き上がる。
いつものように。
「おはよう、お姉ちゃん」
ルチアは、いつものように、カトレアに声をかける。
だが、カトレアは、いなかった。
いつもなら、カトレアは、ルチアよりも、早く、起きて、笑って、声をかけてくれているはずなのに。
「あれ?」
ルチアは、呆然としていた。
カトレアがいなくなってしまったのだ。
先に、部屋を出たのだろうか。
ルチアは、カトレアを探して、部屋を出た。
ヴィオレットも、起床して、部屋を出ていた。
カトレアの事を考えながら。
――カトレア、どうしたんだろう……。
ヴィオレットは、カトレアの事が気になっていたのだ。
約束を交わしてから、ずっと。
あの日以降、カトレアは、ルチア達を遊ぶようになった。
いつものカトレアに戻ったのだ。
かのように見えたが、ヴィオレットは、違和感を覚えていた。
まるで、悟られないようにしているかのように、見えたのだ。
ヴィオレットは、聞けずじまいであったが、今日こそは、カトレアに、尋ねようと決意を固めた。
だが、その時であった。
「急いで、探すのよ!!」
「わかったわ!!」
施設の者が、慌てている。
誰かを探しているようだ。
それも、血相を変えて。
「どうしたんだろう?」
施設の者の様子を目の当たりにしたヴィオレットは、立ち止まった。
何があったのか、理解できず。
すると、施設の者が、ヴィオレットを見つけ、ヴィオレットの元へと、すぐさま、駆け寄った。
慌てふためいたように。
「あ、ヴィオレット。ちょうどよかった」
「何?」
「カトレア、知らない?」
「え?知らないけど。どうしたの?」
施設の者が、ヴィオレットに尋ねる。
カトレアが、どこにいるのか、知りたいようだ。
だが、ヴィオレットは、知らない。
カトレアなら、ルチアと一緒にいるはずだ。
だというのに、なぜ、尋ねられたのだろうか。
胸騒ぎがするヴィオレット。
恐る恐る施設の者に尋ねた。
「カトレア、いなくなったのよ」
「え!?」
衝撃的だった。
なんと、カトレアは、施設を、帝国を脱走してしまったのだ。
たった一人の家族であり、大事な妹でもあるルチアを残して。
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