第四話 知ってはいけなかった事

――し、死ぬって?


 カトレアは、理解できなかった。

 自分達が、死ぬという事なのだろうか。

 だが、なぜ、死ぬ事になるのか。

 カトレアは、動揺しながらも、研究所にいる彼らの話を聞くことにした。

 気付かれないように、ひっそりと。


「だが、華のヴァルキュリアになれるのは、一人だ。ルチアか、カトレアのどちらかだけになるな」


「確かに。どちらかだけが、神に魂を捧げられるという事か」


 研究室の者は、華のヴァルキュリアについて語っているようだ。

 カトレアは、ヴァルキュリアの事は知っていた。

 両親から聞かされていたのだ。

 ヴァルキュリアの伝説を。

 精霊人の少女達が、神と共に世界を守ったと言われている。

 カトレアは、この話が好きであった。

 自分も、ヴァルキュリアになりたいと思うほどに。

 だが、現実は、残酷だ。

 ヴァルキュリアにはなれても、いずれは、死ぬという事なのだろう。


「適性が高いのは、どちらだ?」


「まだ、わからない。時間をかけないとな」


「そうか……」


 ルチアとカトレアのどちらが、ヴァルキュリアになれるかは、不明のようだ。

 まだ、研究が必要なのだろう。

 今は、わからないようだ。


――どちらかが、ヴァルキュリアになれる。でも、死んじゃうって事?


 衝撃的な真実を知ってしまったカトレアは、呆然と立ち尽くしていた。

 ルチアとカトレアは、憧れのヴァルキュリアになれる。

 だが、死んでしまうというのだ。

 いずれは、神様に魂をささげ、命を落とすのだろう。


――嫌だ……。死にたくない……。


 カトレアは、死を恐れた。

 生きたかったのだ。

 両親のように、死にたくない。

 そう思うと、カトレアは、もう、耐えられず、走り始めた。

 それでも、研究者達は、研究に夢中で、気付いてなかった。 

 カトレアが、立ち聞きをしていたとは。



 無我夢中で走り、施設に戻ったカトレア。

 逃げるかのように、自分の部屋に戻った。

 その時であった。


「あ、お姉ちゃん……」


「ルチア……」


 カトレアは、ルチア、ヴィオレットと遭遇した。

 偶然、居合わせたのだ。 

 カトレアは、息を切らしながら、ルチアに歩み寄る。

 心情を悟られないように。


「ヴィオレットと一緒だったのね」


「う、うん」


 ルチアに語りかけるカトレア。

 だが、ルチアは、戸惑いながらもうなずいた。

 恐れているのだろう。

 カトレアが、怒っているのではないかと、予想しているようだ。

 そんなルチアの様子をうかがっていたヴィオレットは、ルチアの前に出た。

 ルチアをかばうかのように。


「あの、ルチアを怒らないであげて。この子は……」


「……わかってるわ。ありがとう」


「え?あ、うん……」


 ヴィオレットは、説明しようとする。

 なぜ、ルチアが、部屋を出たのか。

 もちろん、カトレアは、理由を知っていた為、咎めるつもりはなかった。

 笑みを浮かべるカトレア。

 だが、様子がおかしい。 

 ヴィオレットは、カトレアの異変に気付いていた。


「さあ、もう寝ましょう」


「うん」


 カトレアは、ルチアの手をつかみ、部屋に入ろうとした。


「貴方も、もう、寝なさい。ヴィオレット」


「うん」


 カトレアは、姉のように、ヴィオレットに、寝るように促す。

 ちなみに、カトレアの方が、年は上だが、あまり、変わらない。

 それでも、ヴィオレットは、素直にうなずいた。


「おやすみ、ヴィオレットちゃん」


「おやすみ、ルチア」


 ルチアは、ヴィオレットに手を振りながら、部屋に入る。

 それも、満面の笑みで。

 ヴィオレットも、つられて、微笑みながら、手を振った。

 部屋に入ったルチアとカトレア。 

 ヴィオレットは、一人残された。

 だが、孤独を感じない。

 それどころか、気になった事があったのだ。

 カトレアは、どこか様子がおかしい。

 そんな気がしていた。


「どうしたんだろう」


 ヴィオレットは、思考を巡らせるが、見当もつかず、部屋に戻る事にした。

 だからこそ、ルチアも、ヴィオレットも、気付かなかった。

 カトレアが、ヴァルキュリアに関する重要な秘密を知り、苦悩していた事に。



 ヴィオレットは、ルチアに心を開いてから、一週間が経った。


「ヴィオレット、一緒に遊ぼうよ!」


「うん」


 ルチアは、ヴィオレットを誘った。

 いつものように。

 ヴィオレットは、ルチアの誘いを拒絶することなく、うなずき、ルチアの方へと駆け寄った。

 それも、笑みを浮かべながら。

 明らかに、変化があったのだ。

 それも、良い変化が。


「最近、ヴィオレット、ルチアと遊ぶようになったよね」


「うん、雰囲気も変わってきてる」


 他の孤児達も、気付いているようだ。

 ヴィオレットの雰囲気が変わってきたと。

 いつの頃なのかは、誰も気付いていない。

 だが、ヴィオレットに対する印象は、変わってきたようだ。

 もちろん、良い印象に。

 カトレアは、ルチアとヴィオレットを見守っていたが、どこか、元気がない。

 だが、誰も気付いていなかった。

 他の孤児達も、施設の者も、ルチアでさえも。


「お姉ちゃん!!」


「あ、ルチア……」


「ヴィオレット、連れてきたよ」


「え、ええ」


 ルチアは、ヴィオレットと共に、カトレアの元へと駆け寄る。

 カトレアは、心情を悟られないように、笑みを浮かべていた。


「さあ、今日は、何して遊びましょうか?」


「そうだね」


 カトレアは、ルチアに語りかける。

 ルチアは、うなずき、遊び始めた。

 ルチア、カトレアと遊ぶヴィオレット。

 実は、ヴィオレットは、気付いていたのだ。

 カトレアの様子が、おかしいと。

 いつもと違うと。



 だからこそ、ヴィオレットは、カトレアの元へと歩み寄った。

 ルチアが、他の孤児達と遊んでいる間に。


「どうしたの?最近、元気ないけど?」


「え?」


 単刀直入に聞くヴィオレット。

 これには、さすがのカトレアも、驚きを隠せない。

 心情を悟られないようにしていたというのに。

 いつから、ヴィオレットは、気付いていたというのだろうか。


「何かあった?」


「え?」


 ヴィオレットは、カトレアに問いかけた。

 まるで、気付いているかのようだ。

 と言っても、何があったのかまでは、ヴィオレットも、わからないのであろう。

 カトレアは、思わず、驚いてしまった。

 隠し通すこともできないほどに。


「ど、どうして?」


「最近、元気がないから。ルチアも、心配してる。あの子は、何も言わないけど」


 カトレアは、あくまで、隠し通すつもりだ。

 と言っても、動揺している。

 ヴィオレットが、気付くほどに。

 元気がないと、感じていたようだ。

 ルチアも、実は、心配していた。

 カトレアの事を想って、何も言わなかったが。

 カトレアから言うのを待っていたのだろう。


「よくわかってるのね」


「カトレアも、わかってるんでしょ?」


 カトレアは、観念したように語る。

 たった一週間で、ヴィオレットは、ルチアの心情を見抜いていたのだ。

 カトレアも、驚くほどに。

 だが、ヴィオレットは、カトレアも、ルチアの心情を見抜いていたのではないかと、推測している。

 カトレアは、ルチアの姉なのだから。


「……ちょっと、気になった事があったのよ」


「そう」


 カトレアは、ヴィオレットの問いに答える。

 だが、詳しくは語ろうとしなかった。

 語りたくないのだ。

 まさか、自分か、ルチアのどちらかが、死ぬかもしれないなど。

 何も知らないヴィオレットは、静かにうなずいた。

 それ以上は、問いかけようとせずに。 

 カトレアを追い詰めたくなかったのだ。

 ヴィオレットの様子をうかがっていたカトレアは、心が痛んだ。

 まるで、罪悪感を感じたかのように。

 だからこそ、カトレアは、決心した。

 ヴィオレットになら、話してもいいのではないかと。


「ねぇ、ヴィオレット」


「何?」


 カトレアは、ヴィオレットに語りかける。

 言いたいことがあるようだ。

 カトレアは、何か、隠している。

 もしかしたら、話してくれるのかもしれない。 

 ヴィオレットは、静かに、カトレアの方へと視線を向けた。


「実は……」


 カトレアは、話そうとした。

 昨夜の事を。

 ヴィオレットになら、話してもいいのではないかと、思ったようだ。

 だが、その時であった。


「お姉ちゃん!!ヴィオレット!!」


 ルチアが、ヴィオレットとカトレアを見つけ、駆け寄る。

 これにより、カトレアの話は、中断された。

 何も知らないルチアは、ヴィオレット達の元へとたどり着く。

 それも、息を切らしながら。


「どうしたの?ルチア」


「二人を探してたんだよ」


「そう。ごめんなさいね」


 ヴィオレットは、ルチアの元へと歩み寄る。

 気になったのだろう。

 ルチアが、なぜ、ここに来たのだ。

 ルチア曰く、二人を探していたそうだ。

 カトレアは、ルチアの元へと歩み寄り謝罪した。

 だが、ルチアは、気にしていなかった。

 ルチアは、二人を連れて、歩き始める。

 話が中断となり、ヴィオレットは、カトレアの方へと視線を向けるが、カトレアは、それ以上、何も言わなかった。

 語れなくなってしまったようだ。

 ヴィオレットも、それ以上、問う事はなかった。



 その日の夜、カトレアは、研究所の入り口前に立つ。

 結果を知るために。

 いつ、結果が、わかるかは、不明だ。

 だからこそ、カトレアは、毎晩のように、施設を抜け出し、研究所の入り口近くで、立ち聞きしていたのだ。

 もちろん、誰にも気付かれないように。


「結果がわかったぞ」


「そうか」


「で、どちらが、ヴァルキュリアになれるんだ?」


 どうやら、結果がわかったらしい。

 今夜、ルチアか、カトレアのどちらかが、ヴァルキュリアになれるかが、わかるのだ。

 カトレアは、きつく目を閉じた。


――お願い。お願いします……。死にたくない……。


 カトレアは、懸命に祈る。

 自分は、適正無となってほしいと。

 ルチアの事よりも、自分の命を選んでしまったのだ。

 それも、無意識に。

 カトレアの鼓動が高鳴る。

 早く、結果を言ってほしいと。


「どちらも、適正有だ」


「え?」


 ついに、研究者が、答えた。

 なんと、ルチア、カトレア、両名は、ヴァルキュリアになれる素質があるようだ。

 カトレアは、驚き、呆然としていた。

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