第三話 孤独に耐えていたのは
「ルチア……」
ヴィオレットは、驚いているようだ。
想像もしていなかった。
ルチアが、泣いている姿など。
太陽のように、満面の笑みで笑っていたというのに。
一体、どうしたのだろうか。
「嫌だよぅ……。もう、会えないの、嫌だよぅ……」
ルチアは、泣き続けた。
両親と二度と会えない事を寂しがっているのだ。
涙が、止まらないほどに。
ルチアの姿を目にして、ヴィオレットは、うつむいた。
今は、ルチアの事を心配して。
――私、ひどいこと言った……。皆、辛いはずなのに……。なんで、自分の事ばっかり……。
ヴィオレットは、自分を責めたのだ。
今日、ルチアにひどい事を言ってしまったと。
ルチアだって、忘れられるはずがない。
両親の事を。
そう思うと、ヴィオレットは、拳を握りしめた。
「ひっく、ひっく……」
ルチアは、ずっと、泣き続けた。
涙を止められないのだろう。
だが、その時だ。
ヴィオレットは、いつの間にか、ルチアの元へと歩み寄り、ルチアの頭を撫でたのは。
まるで、ルチアを心配しているかのように。
「ん?」
頭を撫でられたルチアは、驚き、顔を上げる。
ヴィオレットが、心配そうな表情を浮かべながら、ルチアの頭を撫でていたのだ。
何も言わずに。
慰めるように。
「大丈夫?」
「ヴィオレットちゃん……」
ヴィオレットは、ルチアに声をかける。
初めてだ。
施設に入って以来、ヴィオレットが、自分から、声をかけたのは。
ルチアは、涙をぬぐい、静かにうなずいた。
「……ちょっとだけ、お話しない?」
「うん」
ヴィオレットは、ルチアを誘う。
これも、初めてだ。
ヴィオレットは、誘いを拒絶してきたというのに。
不思議な感覚だった。
ルチアは、静かにうなずく。
ヴィオレットは、ルチアの隣に立った。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう!!ヴィオレットちゃん!!」
ヴィオレットは、ルチアに声をかける。
心配しているのだ。
心の底から。
ルチアを涙をぬぐったと、うなずいた。
それも、微笑みながら。
ルチアの笑顔を目にしたヴィオレットは、違和感を覚えた。
「どうして、笑うの?」
「え?」
ヴィオレットは、ルチアに尋ねる。
どうして、笑えるのか、理解できなかったのだ。
今まで、泣いていたというのに。
ヴィオレットに尋ねられたルチアは、驚いていた。
なぜ、尋ねられたのか、わかっていないようだ。
「辛いんでしょ。お父さんとお母さんに会えないのが……」
「うん……」
ヴィオレットは、ルチアが、なぜ、泣いていたのか、知っている。
辛いのだ。
両親に、もう、会えないから。
ヴィオレットも、同じ気持ちを抱いているからこそ、ルチアの心情を理解した。
ヴィオレットに尋ねられたルチアは、静かに、うなずく。
それも、寂しそうに。
やはり、寂しかったのだ。
ヴィオレットは、そう、推測していた。
「本当は、寂しいよ。お父さんとお母さんに、もう、会えないのが……」
ルチアは、自分の心情を打ち明ける。
本当は、寂しい。
すごく、寂しいのだ。
なら、なぜ、いつも、笑っているのだろうか。
夜は、一人で泣いていたというのに。
ヴィオレットには、まだ、わからなかった。
ルチアが、笑みを浮かべている理由が。
「でもね。お父さんとお母さんが、教えてくれたんだ」
「何を?」
ルチアが、いつも、笑っている理由は、両親が、教えてくれたからだという。
一体、何を教わったのだろうか。
ヴィオレットは、見当もつかず、ルチアに尋ねた。
まるで、姉のように。
「何があっても、笑って生きろって。笑っていれば、大丈夫だって」
ルチアの両親は、ルチアに常に、笑顔でいる事を教えたのだ。
たとえ、何が起こっても、何があっても、笑っていれば、乗り越えられる。
ルチアの両親は、そう、言いたかったのだろう。
だからこそ、ルチアは、常に、笑っていたのだ。
寂しさに耐えながら。
両親の教えに従ってきたのだ。
そう思うと、ヴィオレットは、心が痛んだ。
「だから、笑ってたんだけど……やっぱり、駄目だった……」
たとえ、どれほど、寂しくても、ルチアは、笑って過ごそうと決めたのだ。
両親に教えてもらった通りに、生きれば、大丈夫だと信じて。
だが、本当は、寂しかった。
だからこそ、耐えられず、夜、一人で、涙を流していたのだ。
誰にも、悟られないように。
「お姉ちゃんが、居てくれるのに……。寂しくなった……」
ルチアには、姉のカトレアがいる。
決して、一人ではなかった。
だが、それでも、寂しくなったのだ。
当然だろう。
当たり前の日常が、妖魔によって、奪い去られてしまったのだ。
ヴィオレットも、ルチアの気持ちが、痛いほどわかる。
ずっと、耐えてきたのだと思うと、心が痛んだ。
「頑張ったね……」
「うん……」
ヴィオレットは、ルチアの頭を優しく撫でる。
姉のように。
ヴィオレットに慰められたルチアは、目に涙を浮かべ始めた。
それほど、辛かったのだろう。
「もう、大丈夫だから」
「うん……」
ヴィオレットは、ルチアを慰め続ける。
もう、寂しくないと、言いたいのだろう。
これからは、自分がいる。
カトレアも、他の孤児達も、ルチアの側にいてくれる。
決して、一人ではないのだ。
ルチアは、静かに、うなずき、涙を流した。
「お昼、ごめんね……ひどいこと言って」
ヴィオレットは、ルチアに謝罪する。
申し訳ないと感じたのだろう。
ルチアに、ひどい事を言ってしまったのだ。
だが、ルチアは、首を横に振る。
ヴィオレットの事を責めてなどいなかった。
「ありがとう……」
ルチアは、満面の笑みを浮かべた。
それは、偽りの笑みではない。
心の底から、生まれた笑みだ。
ヴィオレットは、そう、推測していた。
――皆、辛いんだ。けど、笑って、生きようとしてる。頑張ってるんだ。ルチアも……。
ルチアの涙を目にして、ルチアの心情を知って、ヴィオレットは、辛いのは、自分だけではないと知る。
他の孤児達も、辛いはずだ。
両親を亡くしているのだから。
それでも、懸命に、笑って生きようとしていたのだ。
ルチアも、同様に。
――ルチアは、私より、年下だ。なのに、頑張って、笑って生きようとしている。
ルチアは、ヴィオレットよりも、幼い。
それでも、今を懸命に生きようとしていた。
両親の教えに従って。
そう思うと、ヴィオレットは、拒絶していた自分が恥ずかしく思えた。
自分は、ルチアよりも、年上なのに、なぜ、孤独になろうとしていたのかと。
――私も、頑張らなきゃ……。
ヴィオレットは、決意を固めた。
ルチア達のように、懸命に生きると。
どんな状況でも、笑って生きようと。
ヴィオレットは、立ち上がった。
彼女を見ていたルチアは、ヴィオレットを見上げた。
「行こう、ルチア」
「え?」
ヴィオレットは、手を伸ばし、ルチアを誘う。
だが、どこに行くのだろうか。
ルチアは、あっけにとられているようで、ぽかんとしていた。
「戻ろうよ。カトレアが、心配してる」
「うん」
ヴィオレットは、部屋に戻ろうと促していたのだ。
ルチアが部屋から出た事をカトレアは、気付いてしまったかもしれない。
今頃、心配しているだろう。
カトレアの元へと連れていこうとしたのだ。
ルチアは、強くうなずき、ヴィオレットの手を握りしめた。
カトレアは、ルチアが、いなくなった事に、気付いていた。
部屋を出て、廊下を歩いていた。
「ルチア、いないなぁ……」
カトレアは、あたりを見回す。
だが、ルチアは、どこにもいなかった。
暗くて、よく見えない。
見失ったかもしれないと、不安に駆られながら。
「どこに行っちゃったんだろう……」
カトレアは、立ち止まる。
心配しているのだ。
どこを探しても、ルチアは、見当たらない。
どこに行ってしまったのだろうか。
実は、ルチアが、夜、一人で泣いている事は、カトレアも知っていた。
だが、ルチアは、気付かれたくないはずだ。
カトレアだけには。
カトレアは、ルチアの心情を知っているからこそ、あえて、探そうとしなかった。
だが、今夜は、遅すぎる。
何かあったのではないかと、思い、部屋を出て、探し始めたのだ。
ちなみに、この話は、ルチアが、サナカと名乗っていた姉から聞かされた話であり、ルチアが、彼女から聞いた話を語っていた。
――まさか、外に?
カトレアは、不安に駆られる。
外に出てしまったのではないかと。
そう思うと、居てもたっても居られず、カトレアは、鍵をこっそり借りて、施設の外に出てしまった。
扉には、鍵がかかっていたが、窓から、出た可能性もある。
窓にも、鍵はかかっているが、空いていたかもしれない。
故に、カトレアは、施設の外に出た。
施設周辺をくまなく探すカトレア。
だが、ルチアは、いなかった。
ルチアを見つける事ができず、途方に暮れるカトレア。
その時であった。
カトレアが、研究所の前を通ったのは。
「ほう、二人も、精霊人が、入ってきたのか」
「それも、数少ない華の精霊人のようだ」
「ん?」
大人達の声が聞こえる。
しかも、自分達の事を話しているようだ。
一体、何の話をしているのだろうか。
カトレアは、気になり、見つからないように、こっそりと、話を聞き始めた。
「しかも、二人とも、素晴らしい力を持っているそうじゃないか」
「これなら、神に魂を捧げる事はできるだろう」
「死ぬかもしれないがな」
「え?」
衝撃的だった。
自分達は、死ぬかもしれないというのだ。
カトレアは、呆然と立ち尽くしてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます