第二話 誘う少女と拒絶する少女

 ヴィオレットが、きょとんとした顔で、ルチアを見上げている。

 信じられないのだろう。

 ルチアが、なぜ、自分に声をかけたのか。 

 今まで、他の孤児達と遊んでいたというのに。


「そうだけど……」


「ねぇ、一緒に、遊ぼうよ」


 ヴィオレットは、そっけない返事をする。

 自分に構ってほしくなかったのだ。

 だが、ヴィオレットの心情を知らず、ルチアは、ヴィオレットを誘う。

 それも、満面の笑みで。


「いい……」


「え?」


 ヴィオレットは、いつものように、冷たく突き放す。

 だが、ルチアは、聞こえなかったようだ。

 ヴィオレットが、小声で突き放したからであろう。

 ルチアは、あっけにとられ、ぽかんとしていた。


「一人がいい」

 

 ヴィオレットは、もう一度、ルチアを冷たく突き放す。

 今度は、聞こえるように。

 こうすれば、ルチアは、自分から離れていくであろう。

 近寄らなくなるはずだ。

 今までの孤児達もそうだ。

 ヴィオレットは、そう、推測していた。


「そんな事、言わずに、ね?」


「……いい」


 意外だった。

 ルチアは、めげることなく、もう一度、誘おうとしたのだ。

 ヴィオレットは、ますます、理解できなかった。

 ルチアの心情を。

 ヴィオレットは、少々、いらだった様子で、冷たく突き放す。

 強く言えば、ルチアは、今度こそ、離れるのではないかと。

 だが、ルチアは、呆然と立ち尽くしていただけであった。


「ルチアちゃん、遊ぼうよ」


「あ、うん」


 他の孤児達がルチアに声をかける。

 ルチアは、振り向き、うなずいた。 

 ようやく、一人に、なれる。

 ヴィオレットは、解放された気分になり、安堵していた。


「じゃあ、またね!!」


 ルチアは、ヴィオレットから離れる際、手を振る。

 しかも、満面の笑みで。

 だが、ヴィオレットは、手を振る事はなく、目をそらした。

 ルチアは、そのまま、他の孤児達の方へと走っていく。

 そんな彼女を、ヴィオレットは、不思議そうに見ていた。


「なんで、私の事……」


 ヴィオレットは、理解できなかった。

 なぜ、彼女は、自分を見つけ、誘ったのだろうか。

 何も知らないのだろうか。

 自分が、一人になりたいと。

 誰も、自分の事を話さなかったのだろうか。

 思考を巡らせるヴィオレットであったが、やはり、見当もつかなかった。



 翌朝、食堂に入ったヴィオレット。

 食堂には、多くの孤児達であふれている。

 女子だけでなく、男子もいるのだ。

 それでも、ヴィオレットは、端っこで、一人で、朝食を食べようとしていた。

 その時であった。


「おはよう!!ヴィオレットちゃん!!」


「……」


 ルチアが、ヴィオレットに声をかける。

 だが、ヴィオレットは、いつものように、目をそらし、うつむくばかりだ。

 なぜ、ルチアが、声をかけたのか、理解できないまま。


「あのね、お姉ちゃんとご飯食べるんだけど、一緒に、食べない?」


「いい。一人で、食べる」


 ルチアが、ヴィオレットを誘う。

 姉のカトレアと朝食を食べるつもりのようだ。

 もちろん、他の孤児も、混じってのことだろう。

 だが、ヴィオレットは、ルチアの誘いを断り、ルチアから、遠ざかるように、歩き始めた。

 ルチアを残して。

 ヴィオレットに断られたルチアは、カトレアの元へと戻った。


「駄目だった。お姉ちゃん」


「そう……」


 ルチアは、少々、落ち込みながら、カトレアに話す。

 そんな彼女を目にしたカトレアは、慰めるかのように、頭を撫でた。

 カトレアには、話していたのだ。

 ヴィオレットを誘ってくると。

 少々、心配していたカトレアであったが、呼び止める前に、ルチアは、ヴィオレットの元へと駆け寄ったのだ。

 他の孤児達も、ルチアを心配した。


「あの子、いつも、一人ね」


「うん、私達が、誘っても、いいって言われる」


「だから、皆、誘わなくなったよね……」


 カトレアは、ヴィオレットの方へと視線を移す。

 ヴィオレットは、端っこで一人で、朝食を食べていた。

 誰とも、話そうとせず。

 他の孤児達は、口々に語る。

 彼女達も、ヴィオレットを誘っていたのだ。

 だが、ヴィオレットは、常に断っていた。

 拒絶するかのように。

 それゆえに、誰も、誘わなくなったのだ。

 誘っても、断られるだけだと、わかっているから。


「あの子も、辛い事があったのよね……。きっと……」


「だったら、やっぱり、一緒がいいよ!!」


「え?」


 カトレアは、ヴィオレットの心情を察したらしい。

 なぜ、常に、一人でいるのか。

 なぜ、誘いを断るのか。

 ここにいる孤児達は、両親を亡くしている。

 病死もあるが、ほとんどは、妖魔に殺されたのだ。

 ゆえに、ヴィオレットは、死を受け入れられないのではないかと、カトレアは、悟ったのだろう。 

 それを聞いたルチアは、立ち上がり、一緒がいいと、主張した。


「一人じゃ、辛いよ……」


 ルチアは、少々、落ち込みながら、座る。

 両親が、亡くなった時の事を思い出したのだろうか。

 カトレアは、ルチアの頭を優しくなでた。


「いい子ね、ルチア。頑張ってね、お姉ちゃん、応援してる」


「うん!!」


 カトレアは、ルチアを応援する事を決意した。

 ルチアなら、心を開けるのではないかと。

 ルチアは、微笑みながら、強くうなずいた。



 思い返しながら、語っていたヴィオレットは、穏やかな表情を浮かべる。

 ルチアも、つられて、穏やかな表情を浮かべていた。


「ルチアは、何度も、私を誘った。その度に、私は、断った」


「ヴィオレット、あの頃から、頑固者だったもんね」


「私は、頑固者なのか?」


「そうだよ」


「そうか……」


 ルチアは、ふと、笑みをこぼす。

 ヴィオレットは、子供の時から、頑固者だったようだ。

 話を聞いたヴィオレットは、あっけにとられている。

 どうやら、自覚はなかったようだ。

 だが、ヴィオレットは、反論はしなかった。

 今は、受け入れているのだろう。



 さらに、ルチアとヴィオレットは、話を続ける。

 ルチアとカトレアが、施設に入ってから、二週間が経った。

 相変わらず、ルチアは、ヴィオレットを誘うが、ヴィオレットは、その度に断っていた。


「ヴィオレットちゃん!!」


「何?」


 ルチアは、ヴィオレットに声をかけた。

 何度も、誘われたからか、ヴィオレットは、珍しく、苛立っていた。

 だが、ルチアは、ヴィオレットの心情に気付いていなかった。


「一緒に、遊ばない?」


「いい」


 ルチアは、ヴィオレットを誘う。

 だが、ヴィオレットは、誘いを断った。

 少々、苛立ちながら。


「そんな事、言わずに、遊ぼうよ!!」


「……」


 ルチアは、めげずに、ヴィオレットを誘った。

 ついに、ヴィオレットは、答えることさえも、しなくなったのだ。

 代わりに、ため息をついた。

 苛立って。


「ねぇ……」


「やめてってば!!」


 ルチアは、ヴィオレットの手をつかもうとする。

 だが、その時だ。

 ヴィオレットが、声を荒げて、ルチアの手を払いのけたのは。

 部屋にいた孤児や施設の者が、驚き、静まり返った。

 ヴィオレットの方へと視線を向けて。


「一人が、いいの。私は、一人になりたいの」


 ヴィオレットは、冷たく突き放しながら、立ち上がる。

 自分から、遠ざかろうとしているようだ。


「貴方とは、違う……。お父さんとお母さんが、死んだことを忘れられない」


「え?」


 衝撃的だった。

 ヴィオレットは、ルチアが、両親の死を忘れていると思っているようだ。

 ルチアから、遠ざかっていくヴィオレット。

 だが、ルチアは、呆然と立ち尽くしていた。

 傷ついたかのように。

 そんなルチアに対して、他の孤児達が、ルチアの元へと駆け寄った。


「ルチアちゃん、もうほっときなよ」


「ルチアちゃんが、傷つくだけだよ」


「う、うん」


 他の孤児達は、ルチアを慰める。

 今の言葉は、ひどいと感じたのだろう。

 ルチアは、戸惑いながらも、うなずき、カトレアの元へと戻った。


「ルチア、大丈夫?」


「うん」


 カトレアは、ルチアに声をかける。

 心配しているのだろう。

 ルチアは、うなずくが、どこか、元気がない。

 明らかに傷ついていた。

 だが、ヴィオレットは、ルチアの方を全く見なかった。

 見たくなかったのだ。


――これでいい。これでいいんだ。もう、あの子は、来なくなる。


 ヴィオレットは、わかっていた。

 ルチアを傷つけてしまったと。

 罪悪感を感じていたが、自分に言い聞かせていた。

 ルチアは、もう、これで、自分を誘いには来なくなる。

 だから、これでいいのだと。


 

 その日の夜。

 自分の部屋に戻ったヴィオレットは、中々、眠れなかった。

 本来なら、二人一部屋なのだが、ヴィオレットは、それを拒絶したのだ。

 一人になりたくて。


「眠れない……」


 目を閉じても、中々、眠れないヴィオレット。

 いつもなら、眠ってしまうのだが。

 原因は、ルチアを傷つけたからなのだろうか。

 罪悪感を感じているからなのだろうか。

 ヴィオレットは、ルチアの事ばかり、考えてしまい、部屋を出た。

 


 一人、廊下を歩くヴィオレット。

 廊下には、誰もいない。

 だが、それでいい。

 一人になれる。

 誰とも会いたくなかったのだ。

 孤児達にも、施設の者にも。

 特にルチアとは。 

 そう思いながら、廊下を歩くヴィオレット。

 だが、その時であった。


「ひっく……ひっく……」


――誰か、泣いてる?


 誰かの泣き声が聞こえる。

 一体、誰だろうか。

 ヴィオレットは、気になったようで、声のする方へと、向かっていく。

 なんと、泣き声の主は、意外な人物であった。


「お父さん……お母さん……」


 夜に泣いていたのは、ルチアであった。

 両親がなくなった事を、寂しく思いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る