楽園世界のヴァルキュリア―黎明の少女達―

愛崎 四葉

第一章 ヴァルキュリア編・前編

第一話 それは、知らなくてはいけない物語

 帝国が滅んでから、一か月の月日が経った。

 皆、それぞれ、平和に暮らしていたのだ。

 妖魔が、出てくることもなくなった。

 だが、一部、わだかまりができていた。

 過去の事が、帝国で、起きた事が原因だったのだ。

 それは、仕方がないと、状況を受け入れたものも居る。

 だが、ルチアは、どうしても、何とかしたかった。

 ヴィオレット達の為に。

 そのため、密かに、ヴィクトルに相談したのだ。

 相談の結果、ヴィクトルは、ルチア達を海賊船・エレメンタル号に、招待した。

 ルチア達は、部屋に集められた。

 ヴィクトル達も、カレン達も、カイリとアマリアも、クロスとクロウも。


「全員、集まったな」


「うん」


 ヴィクトルは、あたりを見回し、全員が、いる事を確認する。

 ルチアも、静かにうなずいた。


「なんで、ここに来たの……。あまり、来たくなかった」


「そう……ね」


 カレンは、ヴィオレットの方へと視線を向けながら、ヴィクトルに尋ねる。

 彼女達は、ルーニ島に来る事をためらっていたのだ。

 セレスティーナも同様のようで、うなずく。

 おそらく、ライムも、ベアトリスも、あまり、来たくなかったのだろる。

 なぜなら、ヴィオレットがいるからだ。

 彼女に会いたくない事は、知っている。

 それでも、ヴィクトル達は、強引に、ルチア達を呼び寄せた。


「ごめん……」


 ヴィオレットは、カレン達に謝罪する。

 もちろん、謝って済む問題ではない。

 ヴィオレットもわかっていた。

 それでも、謝らずにはいられなかった。

 どうしても。


「だからこそだ」


「え?」


 ヴィオレットは、知っていたからこそ、ルチア達を呼び寄せたと告げる。

 これには、さすがのカレン達も、驚きを隠せない。

 ヴィクトルは、何を考えているのか、理解できないでいるのだろう。


「俺達は、お互い知るべきだ。過去に何があったのかを」


「うん、私もそう思う」


 ヴィクトルは、ルチアから相談を受けた時、提案したのだ。

 過去の事をちゃんと話した方がいいのではないかと。

 カレン達が、ヴィオレットを受け入れられないのは、自分達を一度、殺したからだ。

 だが、ルチアの事も、刺している。

 だからこそ、余計に、受け入れられないのだろう。

 クロスとクロウが、カイリの事を受け入れられないのは、カイリが、シャーマンを殺したからだ。

 ヴィオレットも、カイリも、その事に関しては、話していない。

 だからこそ、いつまでも、わだかまりが、生じていた。


「あのね、ヴィクトルさん達を呼んだのは、私なんだ」


「ルチアが?」


「うん」


 ルチアは、真実を打ち明ける。

 ヴィクトルの提案を受け入れたうえで、ルチアは、島に来てほしいと懇願したのだ。

 自分が、呼んだことにすれば、カレン達も、少しは、わかってもらえるのではないかと推測して。

 もちろん、カレン達が、ヴィクトル達を責めないようにと、思ったのも確かだが。

 カレンは、驚きながらも、ルチアに問いかける。

 ルチアは、静かにうなずいた。


「ちゃんと、話そう。ちゃんと、聞こう。話を聞いたうえで、受け入れるかどうかを決めてほしい」


「……わかったわ」


 ルチアは、説得する。

 いつまでも、このままではいけないと思ったからだ。

 話をしてから、受け入れるかどうかを判断しても、遅くはない。

 だからこそ、ルチアは、ヴィクトル達を呼び寄せたのだ。

 ルチアの懇願が届いたのか、カレン達は、静かにうなずいた。


「クロスとクロウも、それでいいよね?」


「……わかった」


「うん、そうだよな」


 ルチアは、クロスとクロウにも、問いかける。

 彼らにも、わかってもらいたいからだ。

 クロウは、少々、戸惑いながらも、うなずいた。

 自分が受け入れられるかどうか、心配のようだ。

 だが、クロスは、静かに答えた。

 どうなるかは、わからないが、話を聞く決意を固めたのだろう。


「……まずは、私から話をさせてほしい」


「うん。そうだね、私達の話をしよう」


 ヴィオレットは、先に自分の話をさせてほしいと懇願した。

 それも、静かに。

 ルチアも、同じことを思っていたらしく、自分の話をしたいと、思っていたようだ。

 二年前、何があったのかを。


「まず、私とルチアが出会った時の話からさせてほしい」


「どうぞ、どうぞ」


 ヴィオレットは、二年前の話ではなく、ルチアと出会った時の話をしたいと懇願した。

 必要と言うわけではない。

 だが、どうしても、聞いて知ってほしかったのだ。

 ルチアの事を憎んでなどいなかったことを。

 もちろん、ヴィクトルも、受け入れないわけがない。

 快く受け入れてくれた。


「私が、ルチアに出会った頃は、9歳の時だ。両親を妖魔に殺されて、帝国の施設に入った。その時、ルチアに出会ったんだ」


「うん、そうだったね」


 ヴィオレットは、静かに、ゆっくりと、語り始めた。

 ルチアと出会ったのは、ヴィオレットは、9歳の時だ。

 当時、ルチアは、6歳であった。

 ヴィオレットは、ルチアよりも、先に、施設に入ったようだ。

 なぜなら、両親が、妖魔に殺されてしまったから。

 妖魔に殺され、孤児になった子供達は、帝国の施設に入ることになっていた。

 ヴィオレットも、その一人であった。



 帝国の施設は、王宮エリアにあった。

 王宮の隣に、建設されていたのだ。

 いくつもの建物が立ち並び、図書館や食堂、道場まで、建設されていた。

 ヴィオレットは、施設の女子寮に入った。


「母さんも、父さんも、もう、いない……。一人になったんだ……」


 施設では、ヴィオレットは、常に一人であった。

 親を亡くし、一人になった彼女は、孤独だったのだ。

 もちろん、親を亡くしたのは、ヴィオレットだけではない。

 施設にいる子供達は、全員、孤児だ。

 それでも、彼女達は、楽しそうに遊んでいた。

 孤独になりたくなくて。

 朝から昼までは、勉強し、昼から夕方までは、自由時間となっている。

 ゆえに、施設の子供達は、遊んでいた。

 だが、ヴィオレットは、孤独を選んだ。

 両親の死を受け入れる事ができずに。

 その時だ。

 二人の少女が、ヴィオレットの元へと駆け寄ったのは。


「ヴィオレット、こっちで、遊ぼうよ」


「いい」


 少女達は、ヴィオレットを誘う。

 遊びたいと思ったのだろう。

 だが、ヴィオレットは、それを拒絶した。

 それも、冷たい表情でうつむきながら。

 彼女の表情を見た少女達は、すぐさま、ヴィオレット達から、遠ざかってしまった。


――どうせ、皆、いなくなる。だったら、もう、一人でいいんだ。


 再び、孤独になったヴィオレット。 

 だが、ヴィオレットは、それでいいと思っていたのだ。

 一人でいいと。

 両親を失った悲しみが、ヴィオレットを苦しめている。

 もし、彼女達と仲良くなっても、また、妖魔が、彼女達の命を奪うかもしれない。 

 ヴィオレットは、それを恐れたのだ。

 だからこそ、ヴィオレットは、孤独でいいと、思っていた。


――あんな想いはしたくない……。


 ヴィオレットは、同じ悲しみを繰り返したくなかった。

 思い浮かぶのは、血の海と倒れている両親の姿だ。

 地獄だった。

 何が起こったのかも、最初はできないほどに。

 ヴィオレットは、誰かが死ぬのを恐れていたのだ。

 だから、一人になった。

 ルチアと出会うまでは。



 ヴィオレットが、施設に移り住んでから、一か月後の事であった。

 その日は、いつになく、皆、騒いでいた。


「ねぇ、新しい子が来るんだって。それも、二人も」


「せいれいじんらしいよ」


「どんな子かな?」


 少女達は、嬉しそうに、話している。

 なんと、新しい子が二人も、来るというのだ。

 つまり、孤児が増えたという事だ。

 彼女達は、両親を妖魔に殺されてしまったのだろう。

 しかも、話によると精霊人らしい。

 ヴィオレットは、それを聞いて、顔を上げた。


――精霊人、私と一緒だ。だから、どうってわけじゃないけど……。


 ヴィオレットは、精霊人に反応したようだ。

 自分も、精霊人だったから。

 と言っても、ヴィオレットにとっては、何も変わりなかった。

 変わるはずがなかったのだ。

 だが、その時であった。

 施設の者が、二人の少女を連れてきたのは。

 それも、ピンクの髪の少女達を。


「みんな、今日から、新しいお友達が来たわよ」


「はーい」


 施設の者が、ヴィオレット達を集める。

 新しい孤児を連れてきたようだ。

 子供達は、手を上げ、喜ぶが、ヴィオレットだけは、喜べなかった。

 ただ、うつむくばかりで。


「さあ、こっちへいらっしゃい」


「はい!!」


「はぁい!!」


 施設の者が、呼ぶと、二人の少女が、部屋に入ってくる。

 一人は、はっきりとした口調で、もう一人は、あどけない様子で。

 二人の少女は、可愛らしく、微笑んでいる。

 ヴィオレットと同じ境遇のはずなのに。

 ヴィオレットは、それが不思議でたまらなかった。

 新しい孤児は、最初は、ヴィオレットのようにうつむくばかりだ。

 両親を亡くしたのだ。

 当然であろう。


「カトレアちゃんとルチアちゃんです。皆、仲良くしてね」


 はっきりとした口調の子が、カトレアと言うらしい。

 実は、カトレアは、ルチアの実の姉で、サナカの本名だったのだ。

 そして、あどけない様子の子が、ルチアだった。

 ルチアとヴィオレットが、出会った瞬間であった。



 ルチアとカトレアが、施設に来てから、一週間が経った。

 ヴィオレットは、いつものように、隅っこで、しゃがみ込み、うつむいている。

 もう、誰も、ヴィオレットに声をかける者は、いなかった。


「ルチアちゃん、一緒に遊ぼう!!」


「うん!!」


 子供達が、ルチアに声をかけるとルチアは、微笑みながら、子供達と遊び始める。

 カトレアは、少々、元気がない。

 当然だ。

 両親を亡くしたのだから。

 だが、ルチアだけは、違った。

 常に、笑っていたのだ。

 どんな時も。


――あの子は、いつも、笑ってる。どうして?私と同じはずなのに……。


 ヴィオレットには、信じられなかった。

 なぜ、いつも、笑っていられるのか。

 自分と同じで、両親を妖魔に殺されたはずなのに。

 姉がいるからだろうか。

 いや、そう言う理由ではない気がする。

 ヴィオレットには、理解できなかった。

 ルチアの心情が。

 だが、その時であった。


「あ、いた!!」


「え?」


 ルチアが、ヴィオレットの方へと視線を向けた途端、走り始める。

 ヴィオレットの方へと駆け付けたのだ。

 ヴィオレットは、あっけにとられて、驚いていた。


「見つけたよ!ヴィオレットちゃん」


 ルチアは、満面の笑みを浮かべていた。

 太陽のように。

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