第二話 おまえは誰だ!?

 庵に帰ってきた天狗さんは、なたを振り上げつつ、言う。


「ノウサギはこうやって、手足、頭、胴体と切り分ける」


 ドスっと振り下ろされる重たい鉈が、簡単にウサギの肉をぶつ切りにしていく。


「すっごいお肉だね、弾力もあるしおいしそう」


 病気を持っていなければ、だけれど。


「しっかり加熱すれば、問題ない」

「えー、ほんとー? ほんとに安全ー?」

「煮ても焼いても食えないと思うなら、そうしろ。疑うことをやめろというほど、俺は信心ってやつに重きを置いてない。無宗教だし。さて、足はせっかくだから、焼いて食べる。残りはウサギ汁にする」

「ウサギ汁……」


 タヌキ汁は……当たりはずれがあったけど、ウサギはどうだろう?


「ノウサギは旨いぞ、独特の香ばしさがある。肉も柔らかいながら歯ごたえがあって、鳥より引き締まっている」

「へー」

「ぶつ切りにした肉を湯がき、煮こぼす」

「煮こぼす?」

「水から湯がいて、湯がいた汁を捨てることを、煮こぼすという」


 なんで?

 もったいなくない?

 出汁とかでないの?


「出汁は出るが、それ以前にぬめりや臭み、灰汁といったものを取り除くための調理法だ。ノウサギは野兎病もヤバいから、三度は煮こぼす」

「煮こぼす、あたし覚えた」


 そうやってウサギを湯がいている間に、天狗さんはほかの食材を切り始めた。


「この薄い褐色のキノコはヒラタケだ。平べったいから、ヒラタケ。広葉樹──針っぽくない葉っぱの木だな──の倒木に広く生える。ツカの部分が短くて、根元に白い菌糸があるのが特徴だ。代表的な食えるキノコでな、おまえみたいに養殖のやつもいる。これ自体の味も、出汁も美味い」

「こっちの草は?」

「イワタバコだな」


 川べりの湿った日陰とか、岩壁とかに生える草らしい。

 葉っぱの形は、先っぽがとがった卵みたいな楕円形。

 しわがあって、みずみずしい。


「とるときは根っこから抜くなよ。若葉を、一株から一枚もらうんだ」

「なんで?」

「なかなか葉っぱをはやさないやつでな、取りすぎると枯れる。なんでもそうだが、取りすぎはダメだ。バランスが崩れる。味はほろ苦く、香りがいい。煮物の臭みを消してくれるので重宝する」

「こっちの細長いのは?」

「ノビルだ。根っこの部分は球根で、ここも食べれる。生のまま、味噌をつけて食うと絶品だ。全体的にひりっと辛い。まあ、薬味だな。これも臭みを取る。この鱗茎の球根と、葉っぱも切って入れる」


 えっと。


「ノウサギ、そんなに臭いの?」

「さっきも言っただろ、独特の香りはある。だが、タヌキ汁のような臭みはない。純粋になぁ、こいつらを入れると、肉の味が深まるんだよ。だから、一緒に煮込む。味付けは酒と砂糖。そして醤油」

「ショーユ! あたしショーユ大好き!」


 これは美味で確定ですな!

 ぐつぐつと火を通して、完成!


「特製ウサギ汁と、ウサギの足の丸焼きだ。こっちは塩をかけて焼いた」

「やったー!」


 本日の献立。

 ウサギの足の塩焼き。

 天狗さん特製ウサギ汁。


 塩焼きは、ぱちぱち脂がはじけるな感じが、すごい。

 ウサギ汁もいい匂い!


 出来上がった料理を見て、あたしはぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 では、さっそく。


「いただきます!」


 手を合わせて、命をいただく。

 まずは塩焼き。


「あちちち」


 両手で端っこを持って、中ほどにかぶりつく。


「んぉおおお!?」


 噛んだ瞬間、口の中に旨味があふれる。

 脂肪はあんまりない感じだけど、パサついているわけじゃない。

 肉はかなり弾力があって、噛むたびに香ばしい味が口の中に広がる。


「おいしい……!」


 思わず骨にまでしゃぶりついてしまうおいしさ!

 美味、美味!


「次は、ウサギ汁」


 見るだけでおいしそうな汁もの。

 鼻に近づけて、鼻腔びくういっぱいに香りを吸い込む。


「あー」


 口の中であふれる唾液。

 そのまま、口をつける。


「おほぉ、おぉ……」


 唸るほどうまい。

 胃袋に、しみこむようにして熱と旨味が広がる。

 ウサギの香りと、醤油の香りがベストマッチした結果、いくらでも飲めるおいしさに仕上がっている。


 お肉も口にしてみるけど、焼いた時とは違ってほろっとほどけた。

 噛んでいくと甘みが出てきて、デリシャス。


「頭はな、こうやってかぶりつき、肉をこそげ落として食べる。頭蓋骨を割って、脳みそも食べる。動物の脳みそは、実質脂身なので、体が温まる」


 むしゃむしゃと、かなりワイルドに頭を食べる天狗さん。

 ……うん、ムリ。


 ムリなので、あたしは野草のほうに箸を伸ばした。

 ノビルのシャキシャキとした歯触りもいいし、球根のホクホク感もたまらない。

 イワタバコは天狗さんの言うとおり、ほろ苦い。でも、すごく香りがよくて、これも面白い!

 ヒラタケも、香りはないけどすごくおいしい!


「ぷはぁ……ごちそうさまでした」

「はは、ごちそうだったか」

「天狗さん、あたし毎日ウサギ汁でもいい……」


 さすがにそれは飽きるだろう、と彼は笑う。

 でも、そのぐらい美味しかったんだよ!

 はずれのタヌキガチャとは格が違う……!


「あたし、泣いちゃいそう」

「弱っちいなぁ、おまえは。もっと臭くなれよ」

「だーかーらー! デリカシー!!」


 相変わらず勝手なことをいう天狗さんに、あたしが抗議をしようとした、そのときだった。

 ガラガラと、突然庵の入り口が開く。


 天狗さんが、腰の鉈を引き抜くより早く、


「──久しぶりね、伊原いはらくん? 頼まれたもの、持ってきたわよ?」


 ばさぁと、白衣を翻すメガネの

 坊主で、髭の剃り跡が青い、むくつけき男。

 筋肉達磨ダルマ


 あたしは思ったさ。

 ええ、思いましたとも。


「誰だおまえ!?」

「うふふ、だれーだ?」


 巨大なバックを背負った巨漢が、なぜか女ことばでしゃべりながら微笑む──!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る