エルフですが、九州でマタギ(?)やってます #エルマタ
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
第一章 山から下りられないんですか!?
神さまってロクデナシ
第一話 蝶よ花よと育てられました
──結論から言えば、生まれて初めて口にしたムカデは、ゲロマズだった。
§§
「うひひ……!」
あたしことリィル・イートキルは、にへらぁっとだらしない笑顔を浮かべた。
今日はあたしの、十六歳の誕生日だったからだ。
森の民と呼ばれるエルフは、平均寿命が三百歳。
なので、一人前は五十歳。
みんな立派になるべく、毎日森に入って狩りや弓矢づくりにいそしんでいる。
あくせく働きまくっている。
しかぁし! リィルちゃんは、そこのところが違う!
毎朝遅くに起きだしてきても、誰にも文句は言われないし。
チリンチリンと鈴を鳴らせば、十秒とかからず世話係が飛んできて、身の回りのことをやってくれる。
寝て起きれば朝食が、世を照らす二つのおひさまが空のてっぺんに来れば昼食が、日が暮れれば夕食が。
なんと全自動的に運ばれてくるのだ。
まさに蝶よ花よと愛でられて、お姫様のように大切に育てられてきたあたしは、若いながらも自他ともに認める一人前。
理由?
そんなのリィルちゃんが、プリチーでビューティホーだからに決まってるでしょ?
この金糸の髪と、若草色の瞳が目に入らぬか!
そんなあたしの誕生日が、特別じゃないわけがない。
特に今回は、長老が村を挙げて祝ってくれるとかで、昨日からテンションが爆アガリ。
実際、朝食はすごく豪華だった。
めったに食べられない、霊獣ディムカのサラダ!
殻はカリカリで、身はプチプチ。
とろけるような甘さとさわやかな酸味が、まるで果物みたいで、果物と違って皮をむかずに食べられるところが高得点。
「やっぱディムカは生っしょ! めちゃうまだわ! えへへへへ」
これにはあたしも有頂天。
テンションマックスで、これまで身に着けたことのない衣装を、いろいろ世話係に着せられていく。
新品の毛皮でできた、もこもこの服。
ジフの
額や腕に、褐色の絵の具で模様を描いてもらう。
誕生日を村全体が祝うから、着飾らないといけないらしい。
面倒くさいとは思うけれど、おしゃれはべつに、嫌いじゃない。
あと、ちやほやされるのは、まっこと気分がいい。
産まれてからこの方、欲しいと言えば、あたしはなんだってもらうことができた。
甘いハチミツも、花の蜜が入った水も。
服も食べ物も何でもだ。
ただ、村の外に出ることは、禁じられていた。
エルフの村は、大きな森の中にある。
周囲に木々や草花は、あたしの知る内側の世界。
世話係たちが暇つぶしに話してくれる、英雄や旅人のおとぎ話や。
古今や東西を問わない物語だけが。
あたしの知る外の世界だった。
もっとも、村の外に行きたいわけじゃない。
そりゃあ、世界を股にかける冒険者のお話とかあこがれるけれど。
危険なんてまっぴらごめんなので、これはこれで満足しているのだった。
色とりどりの宝石に、金銀細工のアクセサリーを身に着けると、あたしはまるっきりお姫様だった。
控えめに言って可愛い。えぇ、こんなに可愛くっていいのですか!
「リィル、行くぞ」
自分の可憐さにうっとりしているうちに、長老が迎えに来た。
はーいと返事をして、後に続く。
あたしの〝特別な一人前〟を祝う儀式が、村の外であるらしい。
頭を下げる世話係たちに手を振って──あたしは初めて、村の外に出た。
「うわぁ……」
村の外は、想像したとおりの場所だった。
そりゃあそうだ、村は森の真ん中にあるのだし、その匂いや色は見慣れている。
甘いにおいと、紫色の木々。
それでも肌で感じる森は、なによりも鮮やかで。
なんだか楽しくなってきたあたしは、長老の手を振り回す。
でも、なぜか長老はこっちを見てくれない。
なんだろう、ポンポン痛いのかな? かわいそー。あとあたしが主役なんだから、もっとかまってよ。
けたけた笑っているうちに、〝そこ〟へとたどり着く。
「ここはどこ?」
あたしが訊ねると、長老は無表情で、
「ここはね、神さまの家だよ」
と、言った。
「神様の家?」
「そうだよ、リィル。おまえはみんなのために生贄になるんだ」
イケニエ?
なにそれ、聞いたこともない。
「神さまの、お嫁さんになるってことさ」
「やだ、ちょーめんどくさいし」
そういうのは無し無し。
早く帰ろうと、長老の手を引いた瞬間だった。
「甘ったれるな、餓鬼が!」
「ひぐ!?」
衝撃が、頬を突き抜ける。
ほっぺたが、熱い。
頬を張られたのだと気が付くのに、ずいぶんと時間がかかった。
え?
あたし、殴られたの……?
「なんのために、今日までおまえを楽させてきたと思っている! 美味しくするために決まっているだろうが! 村のために、おまえは神さまに食べられるんだよ! ほら、ささといけ糞餓鬼が!」
「きゃっ」
頬を張られたことに、まだ呆然としているあたしは。
なんの抵抗もできずに、洞窟の中に放り込まれてしまった。
ようやく我に返り、振り返った時。
そのときにはもう──どういう仕掛けなのか──入り口は、閉じられようとしていた。
「ちょ、長老……!」
「せいぜい頑張って、神さまの腹を、長く満たしておくれ」
最後に見たのは長老の、いびつにひきつった昏い笑顔だった。
ぴしゃりと。
目の前で、入り口が完全に閉じる。
「うそ、でしょ?」
ありえない。
だってあたしは、みんなに愛されていたはずで、お姫様で、満ち足りていて──それがぜんぶ、イケニエとかいうもののためで……?
現実に追いつけないあたしは、そのままふらふらと後ずさって──
「──え? きゃあああああああああああ!?」
踏み出した先は奈落で。
どこまでも落ちていく、真っ暗闇の大穴だった。
恐怖と、パニックと、裏切り。
頭の中はメチャクチャで。
ぷつりと。
あたしはそのまま、気を失ってしまった。
§§
「いったたたた……」
落下の衝撃で、目を覚ます。
ものすごく長い時間落ち続けていたような気がしたけれど、実際はそうでもなかったのか、あたしは死んでいなかった。
「……痛い。すごく、痛いよぉ」
全然無事ではなくて、膝が
じくじくとそれが痛んで、すごくつらかった。
「う、ううう……」
呻きながら、おっかなびっくり顔を上げる。
かすかな光が、洞窟の奥から射しこんでいる。
「ひょっとして、出口かしら!」
現金なあたしは、さっきまで泣きべそをかいていたことも忘れて、光のほうへと急いだ。
眩しい光のなかへと飛び出す。
そこは。
「……森?」
洞窟を抜けると、そこは森だった。
だけれど、なにか強い違和感がある。
困惑を隠せなかったものの、いつまでも人食いの神さま(?)がいるらしい洞窟にはいたくなかったので、歩き出す。
歩いているうちに、膝を擦り剝いていたことを思い出して、泣きたくなった。
「うー……あーもう! もうやだ! なによこれ! うきぃいい!!」
その場に倒れ込み、バタバタと暴れる。
不条理だ、理不尽だ。
こんなことをして、あの長老ゼッタイ許さない。
「じわじわといたぶって……え?」
長老への嫌がらせを考えながら、空を見上げていて。
あたしは、そうして気が付く。
お空に、おひさまが一つしか浮かんでいないという事実に。
慌てて辺りを見渡せば、木々の色も違う。
あたしの知っている森は、紫色。
だけれどこの森は、緑色をしていた。
風の匂いが違う。
生えている植物が違う。
土の香りも、植生も。
「う、うそでしょ……?」
どうやらあたしは。
とんでもない状況に放り出されてしまったらしい。
§§
寂しさにくじけそうになりながら、なんとか村に帰ろうと、適当に歩き回っていると、辺りが暗くなってきた。
日暮れだった。
「ぐー……」
ひもじさとともに、お腹が悲鳴を上げる。
腹ペコだった。
だって、朝ごはんしか食べてないんだよ?
お昼ご飯食べてないんだよ?
そんなの、耐えられるわけないじゃん!
「探そう」
エルフは狩猟民族だ。
見限られたとはいえ──あんなクソども、こっちから願い下げだ──あたしにも、同じ血が流れている。
きっとなにか、食べ物を見つけられるはずだ。
きょろきょろと周囲を見渡してみるけれど、なぜか食べ物は見つからない。
おかしい、村の人たちは簡単に見つけてきていた気がするのに……食べ物って、探せば生えてくるんじゃないの?
仕方がないので、しゃがみこんだまま適当に、落ち葉や枯れ木をひっくり返す。
御伽噺の宝探しを真似してみようという寸法だ。
穴を掘ったり、遺跡を探索したり。
あたしには、そういうしんどい真似はできないけれど、適当に探せば見つかるはず!
ほとんど真っ暗闇の森の中。
半べそをかきながら必死で探していると、見つけた。
ついに見つけた!
ディムカ!
霊獣ディムカの子どもだと思われるやつを見つけたのだ!
身体のわきに生えたたくさんの黄色い足。
黒光りする無数の節と殻でできた、細長い身体。
うねうねと動く姿。
間違いない、ディムカだ!
朝も見たから間違いない。
思わぬごちそうを見つけて、あたしは喜びとともに飛びついた。
のだけど……
「痛い! おう!? めちゃ痛い!?」
噛みつかれた。
慌ててディムカを引っ張り、噛みついているのをはがす。
噛むのか、ディムカって噛むのか!?
ちょっとそんなこと知らないんだけど……情報はフェアに公開すべきじゃない!?
痛みと空腹で、だいぶ自棄になっていたあたしは、とにかく満たされたかった。
目の前には
あたしは、ディムカに噛みついて。
「──おろろろろろろ!」
盛大に、胃の中の物を吐き出した。
口の中でぐちゃ、ぷちゅっとつぶれるディムカ。
そのたびに滲む、酸っぱくて苦くて、めちゃくちゃ臭くて薬みたいな臭気。
殻は固いし、そのまま食べられるとか誰が言ったんだって感じで。
とにかくそれは、食べられたものじゃなかったんだ。
そう、結論から言えば。
初めて自力で口にしたディムカは、ゲロマズだった。
──こっちの世界で、ディムカがムカデと呼ばれているのを知るのは、もう少し先のことになるのだけれど。
あたしは、その場に崩れ落ち。
心の底から、こう思った。
ああ──
「いいからおうち、帰りたいよおおおおおおおおお!!」
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