第10話 理由
振り返った先には、少しくたびれたシャツを着たおじさんが、タバコをくわえ立っていた。
「探しましたよ。おじさん」
先程の問いの答えになるかはわからないが、なぜだか僕は口にしていた。
「やれやれ、こんなくたびれたおっさんなんかに、今の君に用なんてないだろう?」
煙を空に向け吐きながらおじさんは続ける。
「何より、おっさんの正体はわかってるんじゃないのかい?君に嘘だってついている。なのに、なぜ君を騙したおっさんを探す?」
海風が少し緩み、防風林で巻いたのか陸からタバコの薄れた臭いと共に頬をかすめる。
まずはここからだろう。僕は背筋を伸ばし息を吸い込み言葉にする。
「おかげさまで、自由を手にすることが出来ました。本当にありがとうございました」
しっかりと腰から上体を倒し礼をする。
「まさか、その為だけに探してたのかい?」
おじさんは、ポケットから携帯灰皿を取りだしタバコをねじ込み、またポケットへとしまう。
「はい。最初はそのつもりでした」
「つまり、今は違う……と」
「そうです、聞きたいことがあります」
「まぁ、だろうね。で、何を聞きたいんだい?」
弱まっていた海風が一瞬強く吹き抜ける。
「なぜ嘘をついてまで鍛えてくれたんですか?」
風の音に負けないように腹から声をだした、そのタイミングで風が弱まり一際大声で質問する形になった。
「そうか君は知らないのか。住職さんは言わなかったんだね。良いよ、話そう。とてもつまらない話でよければね」
岩壁の柵に手をかけおじさんは語りだした。
「おじさんはこう見えて結婚して、幸せな家庭を持っていたんだ。と、言っても妻が10年前に他界してからも幸せだったのか、いや、おじさんは幸せだと思えたが、娘はどうだったのか。それも嘘か、正直妻との別れが何かを狂わせたのかも知れない」
妻がなくなり5年が経ち娘は高校生へとなった。
その日の朝、普段と変わらず娘を送りだす。ちょうど終業式の日だ。忘れもしない。
そう呟くように言うと、おじさんはタバコに火をつけ柵に腰を掛け、伏せていた顔をあげ僕を見る。一息深くタバコを吸って吐き出すように短い言葉を続ける。
「その日、娘は帰らなかった」
その一言が何を意味して、おじさんがなぜここに来ていたのかをようやく理解する。
「君と同じく、いや、正確には君とは違い娘はここから飛んで、この世の人生を閉じたんだ」
5年前に、ここで自殺した人が居ることは知っていた。けど、それは遠い誰かで、名前も顔も、ましてや自殺した日なんて赤の他人の僕が知ることは本来無かったことだ。
興味もなければ、調べることすらしなかった。
例え調べたとして、日付、場所なんかは出てくるのかすらわからない。
でも、知ってしまった。
「だから君を見たとき、娘が止めてくれ。そう言ってる気がしたんだ、だから君を鍛えた」
僕は言葉が無かった。口を開いても音をなさない空気が漏れるだけ。それを見て感じとっているのか、タバコを指に挟みおじさんは続ける。
娘さんは小学生の頃から、護身のため合気道、古武術などを習い段位があったこと。
明るく朗らかな性格であったこと。
おじさんは当時はタバコを吸って無かったこと。
そして、事件後の話へと代わる。
「学校の対応はずさんだった。いじめは無かったことにされ、いじめてた奴等はそのまま在学し、娘だけが消えた。警察も頼りにならず民事事件として、被害届すら受理しようとさえしなかった。おっさんは堪えきれず、奴等の事を調べることにしたわけさ」
すこし遠くを見つめるように空を仰ぎ続ける。
「遺書で名前はわかっていた。あとは娘の友人、他のクラスだがその子に顔をカメラで撮って送ってもらい、盗聴器も仕掛けて貰った。既に違法行為だけどね」
おどけて見せたおじさんは笑っても居なかった。
「そのあとは、酷いものさ。いじめの内容や、大人がチョロいだとか、まぁ反省なんて無かった。だから、奴等の全員に復讐をすることにした。それが4年半前位のことさ」
おじさんは、既に短くなったタバコを携帯灰皿へとねじ込み、ゆっくりと話をつづける。
「家に突撃して、そいつらの前で家族を壊した。最初の奴は泣きわめき許しを、次の奴は怯えて失禁してたな。その次の奴が残念ながら最後になったが主犯の奴だった。痛め付けあとすこしで精神的に壊せた所で警察に捕まった。そのあとは、勾留、裁判、酌量つきで実刑は少しですんだ。まぁ、奴等への接近禁止命令があるから復讐をやり遂げることは叶わなかったが。で、こないだの裁判で賠償金のため親は家を売りにだし、今に至る。そんな感じさ」
僕は言葉が見つからないまま、呆然と立ち尽くした。
「つまらない。本当につまらない話だろう」
そう言うと、おじさんは花束を海へと投げ入れ続けた。
「娘の顔は妻に似て整っていた。親の贔屓目ではなく、本当にかわいい顔立ちだったんだ。でも、変わり果てた姿で無言の帰宅をした時、本当に娘なのか?そう思う程だったんだ。どんな死にかたであれ、親に死に顔を見せる子ほど残酷なものはない。本当に、だからおっさんは、君を救うためでなく、きっとおっさんが満足したかった。自分を救うために君に手を貸したんだろう。おかげで、今は少しスッキリしている。君の反撃は素晴らしかったからね」
まるで見ていたかの様に褒めるおじさんは、あのとき最後に道場で『ありがとう』そう言った時と同じ顔をしていた。
ふと、なぜ反撃が素晴らしいと評価出来るのか疑問がわく。
「なぜ僕が、反撃が上手くいった、そうわかるんですか?」
なにが面白かったのか、おじさんはふっと笑い。
「そりゃ、無料動画で配信されてるからさ。最初のライヴ配信で見てたけど、今はそれを誰かが加工して色んなサイトに上がってるよ。まさか、本人が知らないとはね。今じゃ君はネット内では勇者、英雄まぁ、そう言った言葉で評価されているよ」
ここに来て、衝撃的な事実がさらにあるとは思わず僕は空を仰ぎ呟いていた。
「なんだそりゃ」と。
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