第9話 嘘

 目が覚めたのは夜中だった。消毒液の臭いと、左肩の重い違和感、暗い中で枕元で光りながら定期的な音を打し続ける機材。腕から2本の管が伸び眼で追うと、ベッド脇に鈍く光を反射する点滴スタンドと、透明な液体の袋が二つ。

 そこでようやく、病院のベッドの上だと把握する。

 あのあとどうなったのか、それが脳内にひどく不安として浮かぶが眠気がまた襲い抗うことなく、僕はまた暗闇に沈んだ。


 次に目が覚めたあとが、色々と大変だった。あらゆる場所が痛みを訴え、寝返りをうつ度に目覚める日が続くなか、警察の事情聴取と被害届、各種検査、親との衝突、教師との一悶着など、二週間の入院中休む間が無い、そう思うほどに精神的に疲れる事となる。


 救いとしては、携帯とボイスレコーダーは証拠品として警察が保管していること。携帯が無事手元に返却されたのは退院前日だった。

 最悪なのは、退院後は無期自宅謹慎を言い渡されたこと、処分が正式に決まるまでと言うことだが、両親は被害者の僕が処分対象と言うのが納得できず、結局は学校にたいして提訴することとなった。

 実際はマスメディアが騒いでいるなか、登校されては周囲の目に『こいつが当事者だ』とバレさらに学校側も手が回らないから、勿論その際に僕が更に精神的に苦痛を伴うことになるから。と、退院日に校長が直接謝罪しに来たことで提訴は取り下げられることとなった。

 正直、僕自身どうでもよかった。だからこそ、謹慎を破り退院後直ぐにおじさんの元へと報告に向かった。


 僕は一軒家を前に立ち尽くした。

「ウソだろ」

 目の前の光景が信じられない。ついこないだまでココで稽古していたのに。場所が違うとか、そう言うことではなく、建物が無いわけでもない。ただ、門戸は締まり大きく白地の紙に『売家』の文字が並び、下には連絡先が記して有るだけだった。


 携帯を取りだし、おじさんの名乗った法人を検索する。液晶に表示されたのは『該当0件』その下に別の法人のホームページアドレスが並ぶ。

 僕の頭は一気に白くなり、考えが纏まらない。なぜおじさんは、僕に稽古をつけたのか?なぜおじさんの家が、売家になっているのか?なぜおじさんは、嘘をついたのか?

 なぜ?


 答えの出ない疑問が積み重なる。ふと山手を見ると寺が見える。昔から付き合いがあると言っていたが、親への証拠写真として、住職さんと写真を撮った時も親しげだった、顔見知りなのは間違いない。昔から付き合いが有るかは別として……


 そう思うとまだ痛む体を無視して寺に向かっていた。

 蝉の声が降りしきる中、ゆっくりと山を登る。思い立って直ぐに来たは良いが、夏の暑さは山の木陰だろうと容赦なく体力を削いでいく。

 痛みも波があるため、ひどく痛む時は休んで引いてきたらまた歩くを繰り返し、下の自動販売機で数本買った飲み物を、少しずつ飲みながら前回来たときの倍以上の時間を掛けてようやく寺の階段までたどり着く。


 その後、住職さんから聞けたのは檀家さんというだけだった。詳しいことは本人から聞いてくださいと。名前も教えて貰えずにただ失意のまま山を下り、帰宅した。


 僕はどうにも腑に落ちなくて、自室のベッドで疑問点と自分なりの答えを書き出す事にした。

『どうして嘘をつく必要があったのか?』『A.信用させるため?』

『どうして僕に色々してくれたのか?』

『A.わからない』

『そもそもなぜ僕だったのか?』

『A.たまたま見かけたから?』

 ここまで書いてふと、別の新たな疑問が浮かぶ。確かおじさんは『駅前で見かけて、あとをつけた』的なことを言っていた気がする。

 そもそも、その時に僕が死ぬ覚悟の表情だったとしても、偶然が過ぎる気がするし、なぜそこで声を掛けなかったのか?掛けられなかった?


 いや、それ以前に駅前で見かけてなんていない?だとしたら、あそこに行けば会えるかもしれない?


 そう閃いた時、頭の隅に何かが引っ掛かる感じを覚えたが頭を振り、明日の朝から張り込むため電気を消し、ベッドへ潜り込み瞼を閉じた。


 寝返りをうったときに、壁にまだ腫れの残る左肩が当たり痛みで目覚める。

 午前5時半を時計は指していた。


 少し早いが、着替えて例の場所へと向かう準備をし、家を出る。駅につき掲示板を見ると、直ぐに来ることを告げていた。

 電車に揺られ外を見る。既に明るくなり、日差しは眼を刺し、季節は夏なんだと、これでもかと訴える。


 目的の駅につき歩き出す。昨日の無理がたたり、既にどこが痛いかもわからない体を引きずりようやくたどり着く。


 一度は鳥になるべくたった場所へと。以前は感じなかったが、海風が心地よく、潮騒が蝉の声で疲れていた耳を優しくほぐす。

 風の香り、潮騒の音、蝉の声と、鳥の声、青というよりは、透き通るエメラルドグリーンに近い水面から、青々とした木々に眼をやる。

「そんなに追い詰められていたって事なのかな?」

 ぽつりと口をついて出た言葉。誰に言うでもなく、返事などもない。

「いいや、ただ生まれ変わっただけさ。君がね」

 少し驚いたが、むしろ、読みが当たった事の方が驚きだった。

「なぜまたココに?」

 僕は問いに答える前に、振り返り声の主を見る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る