第6話 主導権|《イニシアチブ》
講堂への移動時には何も起こらなかった。このまま何も起こらず済めば一番だけど、きっとそれはないだろう。なにしろそれは最悪な展開ではないからだ。僕は気を引き締めその時を待つ事にした。
もちろん恐怖はある、というよりも不安しかない。芯を強く持つなんて事はたかだか二週間程度では身につくはずがない。僕はそれを理解していた、恐怖というのはどうしても動きを悪くさせる。ただ、考え方ひとつで多少の誤魔化しもできる。
そう、これから先は鍛錬と思えばいいのだ。
講堂の壇上では校長のありがたい話がつづき、窓を全開にしているにも関わらず、全校生徒の熱と外気の熱風が重なり、不快指数を跳ね上げていた。
周囲からは、早く終われという空気と、無言の抗議の目が壇上に向いているのが分かるほどに、湿度、気温ともに気力とともに体力を削っていく。
ようやく、校長の話が終わり、抜き打ちの生活指導がはいり、周囲ではこの後どこにいく、などの会話がちらほら聞こえてくる。
耳を澄ますと後ろのほうから奴らの声も聞こえてきた。
「調子のってるみたいだから、軽く小突いてやろうぜ」
「だな、メッセもシカトしてたからな、あいつ」
「ま、生きてたからいいんじゃね?ほら、自殺でもしてて俺ら退学~なんてことになんなかったしさ」
「だな、まぁこれからも俺らの財布になってもらおうや」
どうやら、準備は無駄にならなかったみたいだ。あとは、仕掛けてくるのを待つだけ。
その時はすぐに起こることとなった。講堂からの移動時間に。
背中への不意の衝撃を受けた瞬間バランスを崩して僕は膝と手をつく。と、同時にスマホの待機アプリを起動し録音を始める。そうとも知らず奴らは続ける。
「おい、てめぇシカトしてんじゃねぇよ。夏休み入って調子乗ってんの?夏休みデビューってやつか?あ?」
どうやら自称空手バカが背中を蹴ったらしい。ついで刃物バカが続く。
「てめぇがシカトしてたせいで金欠なんだ俺ら、放課後逃げんなよ?」
「なにこいつブルってるぜ。みっともねぇ」
さらに、格闘バカが続いき三人が先をいく。唯一なにも言わない
震える膝を立て直し、何事も無かったように歩こうとするが、どうしても震えが止まらず、思うように歩けない。
教室には最後に着く事となり、席へ座る。担任は既に教卓で、待機しているなか入る。
「遅いぞ。高校生なんだから、もっと機敏に動けるようにならんと、社会じゃ通用しないからな」
特に気をとめるでもなく早く席に着けと続き、僕は軽い会釈をして席に着く。
これが終わると、あとはどこまでシミュレーション通りに動けるかの勝負になる。
未だ震える膝を叩き、大丈夫だ。そう言い聞かせる。
担任が解散を告げ、クラスメイトがざわつきながら帰っていくが、普段より帰りが遅い、未だに半数は教室内に留まったままだ。
そこで、ふと気付いた。残ってる奴らはヒソヒソと話ながら僕を見ているのだ。
背中に冷や汗が流れるのを感じる。僕が教室にたどり着く前、もしくはHR《ホームルーム》中にSNSで奴等が何かを回したのだろう。コイツらはギャラリー、いや、野次馬気取りで動画も録る準備しているやつまでいる。
僕は内心で、笑った。ここまで人は他人の不幸を喜べるものなのかと。そして、それが後にどういう事になるのか、自分の首を絞めるだけとわからないとは情けない。そう思うと、不思議と膝の震えが止まり、笑いが込み上げてくる。
既に流れはこちらに来ているのだと。そして、『やりすぎ』は心配いらないと。そう確信し、席で次の動作のために軽く腰を浮かせる。
四人が前後左右から僕の席を囲むようにやって来た。
「おい、シカトぶっこいてんなよ?なに調子のってんのか知らねぇけど、んなことしてタダで済むわけねぇってわからないのか?あ?」
左手から来た格闘バカが眉間を寄せ威嚇して、机を蹴る。けたたましい音をたて、隣の席の机すら巻き込み倒れた。
間髪入れず、前方の刃物バカが腹を蹴る。
「なに黙ってんだよ。あ?」
腰を軽く浮かせていた為腹筋は締まり、衝撃は大したことない。
「おいおい、お前らコイツビビってなんも言えないんだから加減してやれって」
右手の空手バカがおどけた口調でそう言いながら、襟首を掴み僕を立たせ続ける。
「で?なんか言うことは?」
僕は笑顔で、こう返した。
「何を言っても人の言葉が通じない君らに言うことはない」
次の瞬間、左頬に鈍い衝撃が襲い、目の前に星が散りながら僕は衝撃の力に沿うように後ろに飛んだ。
真後ろの格闘バカが避けてくれたお陰で、壁際まで椅子や机をなぎ倒しながら進むことが出来た。
痛い。熱い。でも、上手くいった。これで主導権は握れる。
「いいかい、複数相手のときはとにかく背中を守ること。壁際に逃げるんだ、そうすれば易々と動けなくなることはない。そして、目の前に来るやつを倒せばいいんだ。素手だろうと武器だろうと、銃以外なら正面から同時に複数攻撃というのは現実味ないからね。倒れた相手なら二人で蹴れても、立ってる相手には二人で殴りかかっても避けやすくなるだけだから、つまり、背後を取られないことが複数相手のときの重要な事なんだよ」
おじさんの教えが正しいかはこのあとわかる。まずは、信じて動かないと、震える足に拳を叩きいれて、立つことに専念する。
奴等が何か言いながら寄ってくる。なんとか立ったところで正面には三人がいる。空手バカは後ろでギャラリーに手を振り、ポーズをとって見せていた。
左手には倒れた机、椅子。右手は少しいけば教室の角。正面には木偶、左には刃物バカ、右には格闘バカ。距離で近いのは格闘バカ、さっきの蹴りからして刃物バカは大したことないから後回し、壁沿いに右へ移動して角に陣取る事に成功した。
「コイツ勝手にコーナーに追い詰められてやがるぜ。バカなんじゃねぇの?」
格闘バカがニヤつきながら寄ってくる。あと二歩。僕は集中しながら腰を落とす。あと、一歩。
「とりあえず、お前ボコ確定だから。死なないようにちゃんと、ガードしろよ。いや、マジで」
そう言いながら、一歩が詰まる。格闘バカが廻し蹴りを打つのがわかった。僕は腰を落として溜めた力を前進に全てのせて前へ出る。
「蹴りは遠心力と、脚力同時に使うから強力なんだ。遠心力を潰すなら、前に出て相手の腿辺りで受けると、脚力すら潰せるからダメージは皆無になる。その時は人体で硬いところで受けるんだ。肘の先を太股に刺すように受けると相手は五分まともに歩けなくなる。筋膜と筋繊維の間を刺すイメージで肘を突き出せ!そのあとは、急所を狙って仕留める事が重要だ」
思い出すより早く体が動いた。いや、条件反射なのかもしれない。と、腿を肘で受けた瞬間になぜだか、僕は冷静に考えていた。
腿を押さえて後ろに転がる格闘バカを見下ろし、冷静に股間へと体重をのせた踏み抜きをする。
格闘バカは泡を吹いて、痙攣した。
僕は気づけば声を出さず笑っていた。なんだ、こんなものか。と、いつの間にか震えも止まり頭が冴える。不意の反撃に、教室内は静まりかえり、残りの三人は呆けた顔をしている。
次は誰だ? 近くに迫るは木偶、刃物バカはまだ硬直している。
木偶が、襟首を掴もうと手を伸ばす。きっと僕が同じ立場、体格差、力差があるならやるだろう。
後方へステップし、手を避け、着地と同時に前へ出ながら、泳いだ木偶の薬指、小指を握りしめ捻り上げる。
木偶は顔を赤くしながらはずそうとするが、遅い。渾身の力と瞬発力で指を逆にネジ折る。掌に何かが折れる感触がするが、そのまま後ろへ腰を落としながら引く。木偶はなすすべなく前のめりに倒れ込もうとする。その勢いを使って、鼻に膝を入れ、倒れた先で脇腹を踵で蹴りつける。起き上がる気配が無いのを見て周りを見渡す。
残り二人。
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